憂いの空と欠けた太陽

弟切 湊

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川遊び

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川辺に降りてみると、改めてとても綺麗な川だということが分かった。深い緑や青にゆらゆら動く水面は、木漏れ日でキラキラ光って、海にも負けず劣らずの光景を見せてくれる。

足だけ浸けてみると、思ったより冷たくてびっくりした。森の空気はひんやりしているし、冷たいだろうなと予想はしてたのだけど。予想より上に行かれると驚くものだ。
水は井戸水みたいにさらさらしていて、手で掬って飲めそうなくらいだ。海水は何だかざらざらベタベタした感じだから、こちらの方が心地よくて良い。

「冷たい……」
「冷たいな」
「冷たいね」

僕が足首まで浸かって呟くと、とぷん、とぷん、と横で音がして、有栖と冴木さんも足を水に浸けて同意した。


それから数分間、誰も喋らなかった。全員同じように足を水に浸けて立ったまま、綺麗な水面を眺めていた。
川のせせらぎと鳥の声と、木々のざわめき。冷たく澄んだ風に運ばれてくる森の匂い。
そのままずっとここに立っていられそうなほど、安らいだ空間だった。


……だけど、せっかく来たのでそのままで終わるのは勿体ない。
僕らはかわりばんこに車に戻って水着に着替えた。全員性格的においそれと素肌を見せるタイプじゃないので、上半身には日焼けも防げるラッシュガードを着て、下半身は短パンタイプの水着だった。

三人分の浮き輪を空気入れで膨らませて、いつでも使えるように水辺に置いておく。
水が冷たすぎて心臓が悪くならないように慎重に歩を進めて、足がつかなくなったら泳いだ。
川は三人なんかじゃ足りないくらい広くて、デカい有栖が泳いでいる中で僕がボケっとしていても、全然邪魔にならなかった。

海が怖いから川にしたのだけど、まあ川なので魚は結構泳いでいて、僕はそれが何となく怖くて顔を浸けられなかった。
冴木さんはあまり泳ぎが得意ではないらしく、最初から浮き輪でぷかぷかと浮いていた。

僕も戻って浮き輪を取ってくると、冴木さんと並んでぷかぷかする。
有栖は一度こっちを恨めしそうに見たけど、まだしばらく泳ぐみたいだ。すいーっと気持ちよさげに泳いで行った。

彼が泳ぐとやっぱり絵になって、まるで人魚が泳いでいるようだった。まさに水も滴るいい男という感じで、この光景をファンの人が見たら卒倒するかもしれない。
彼は時折僕と冴木さんの周りを回って、さざなみを立てて離れていく。背の高い有栖でも足が届かないくらい深いので、ずっと立ち泳ぎしていて疲れないか心配だったが、逆に羽を伸ばすことが出来て気持ちよさそうだった。
楽しそうでなによりだ。

しばらくして有栖はこちらに近づいてくると、僕と冴木さんの浮き輪を片手に片方ずつ持って、押して泳ぎ出した。浮き輪組は押されるがままに水面を滑っていく。

「わー、速い」

冴木さんが柄にもなくはしゃいでいて、リラックスしていることが窺える。いつもの静かな微笑みじゃなくて、少し子供っぽい明るい笑顔だ。
世間的に言うと、段々とおじさんに近付いている冴木さんだけど、人生百年時代と言われている昨今では、まだ人生の半分も生きていないと言える。だから、ちょっと大人び過ぎている彼の幼い一面を見ると何だかほっとする。

「速いですねー」

僕も楽しくなって、冴木さんと一緒にはしゃいだ。有栖も二人分の浮き輪を押したり引いたりしながら、僕ら二人を楽しげに眺めていた。
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