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山へ
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「有栖、寝ちゃったね」
動く車の中で、運転席に座っている冴木さんが微笑みながら言う。僕はそうですねと言いながら後部座席を覗き込んだ。
有栖は座席に横たわって、すやすやと気持ちよさそうに寝ている。背が高いので、後部座席を占領してもまだ狭そうだ。
彼は僕との動画を撮られた事件以来仕事を減らしていたが、最近騒動が鎮火してきたこともあって少しずつ復帰し始めていた。昨日はその仕事が入っていたのでとても疲れているのだろう。
冴木さんも疲れてはいると思うのだけど、楽しげに運転する横顔はそれを全く感じさせない。
疲れている彼らを乗せてこの車がどこに向かうかというと、都心から離れた場所にある山だった。
トランクにはバーベキューのセットやら水着やらタオルやら、その他諸々のアウトドアグッズがしこたま積んである。
世間が大抵海に向かうこの季節に、なぜ僕らは山を目指しているかというと、僕や有栖は海が苦手だからだ。
僕はどんな生き物がいるかも知れない塩水に入るのが怖く、有栖は潮風で肌が荒れるのが嫌で匂いも嫌いなのだ。
それでもどこかで泳ぎたい。プールは塩素が入っていて嫌だ。
……そんな我儘な要望に応えてくれるところは、山の中にあった。
川だ。
下流の方は浅くて、もしかしたら汚いかもしれない川も、山の中にある上流に行けば深くて綺麗だ。深い場所は流れも緩やかなので、気を付けていれば事故の心配も少ない。
今向かっているのは登山用に解放されている山で、きちんと後片付けをすれば川沿いでのバーベキューも可能との事だった。電話で許可をとった際に教えてもらった良いポイントは、人も少なく川がいい感じに深く、おまけにバーベキューが出来る河原もあるとのことだ。
仕事の息抜きと、“夏といえば海”の代わりとして僕らは山に行くことにしたのだった。
冴木さんの安全運転で進む車は、次第に舗装されていない道に進入した。速度を落として、でこぼこと揺られながら山を登る。
揺れで有栖が起きるのではないかと思ったが、全くそんなことはなかった。電車が揺れていても起きずに寝過ごすのと同じだろう。
15分くらいその状態が続いて、
「ここら辺かな」
冴木さんが周囲を見回しながら車を停めた。ここからは歩いて獣道を降りて、今は見えないがすぐ近くにある川へと向かう。
「有栖、起きて。着いたよ」
冴木さんが荷物を降ろしてくれている間に僕は有栖を起こす。
「……んー」
うっすら目を開けて眠そうな有栖のほっぺたを
「起きてー」
僕は両手で挟んで揺らした。
「ううん……」
「起きないと置いてっちゃうよ」
「……起きた」
「うん、おはよう」
「……おはよ」
有栖は寝ぼけ眼で僕に抱き着いてくる。寝起きのくせに力が強いので僕はされるがままだ。
そのまままた寝ていきそうな有栖を起こしながらもたもたしていると、
「ふふ、本当に仲が良いね。とても可愛いけれど、そのままだといつまで経っても目的地に着かないから、こちらも手伝ってくれるかい?」
僕らを覗き込んだ冴木さんが目を細めて優しげに言った。小動物同士のじゃれあいを微笑ましく見ているような目だ。
僕たちが付き合いだした頃は悩ましげだったことを考えると、だいぶ慣れてきたんだろうなと思う。
彼を困らせるのは本意ではないし、有栖を引っ張って一緒に荷物を降ろした。
――――――――――――✝︎
(端書き)
更新遅れてすみません。いつも読んでくださりありがとうございます。
動く車の中で、運転席に座っている冴木さんが微笑みながら言う。僕はそうですねと言いながら後部座席を覗き込んだ。
有栖は座席に横たわって、すやすやと気持ちよさそうに寝ている。背が高いので、後部座席を占領してもまだ狭そうだ。
彼は僕との動画を撮られた事件以来仕事を減らしていたが、最近騒動が鎮火してきたこともあって少しずつ復帰し始めていた。昨日はその仕事が入っていたのでとても疲れているのだろう。
冴木さんも疲れてはいると思うのだけど、楽しげに運転する横顔はそれを全く感じさせない。
疲れている彼らを乗せてこの車がどこに向かうかというと、都心から離れた場所にある山だった。
トランクにはバーベキューのセットやら水着やらタオルやら、その他諸々のアウトドアグッズがしこたま積んである。
世間が大抵海に向かうこの季節に、なぜ僕らは山を目指しているかというと、僕や有栖は海が苦手だからだ。
僕はどんな生き物がいるかも知れない塩水に入るのが怖く、有栖は潮風で肌が荒れるのが嫌で匂いも嫌いなのだ。
それでもどこかで泳ぎたい。プールは塩素が入っていて嫌だ。
……そんな我儘な要望に応えてくれるところは、山の中にあった。
川だ。
下流の方は浅くて、もしかしたら汚いかもしれない川も、山の中にある上流に行けば深くて綺麗だ。深い場所は流れも緩やかなので、気を付けていれば事故の心配も少ない。
今向かっているのは登山用に解放されている山で、きちんと後片付けをすれば川沿いでのバーベキューも可能との事だった。電話で許可をとった際に教えてもらった良いポイントは、人も少なく川がいい感じに深く、おまけにバーベキューが出来る河原もあるとのことだ。
仕事の息抜きと、“夏といえば海”の代わりとして僕らは山に行くことにしたのだった。
冴木さんの安全運転で進む車は、次第に舗装されていない道に進入した。速度を落として、でこぼこと揺られながら山を登る。
揺れで有栖が起きるのではないかと思ったが、全くそんなことはなかった。電車が揺れていても起きずに寝過ごすのと同じだろう。
15分くらいその状態が続いて、
「ここら辺かな」
冴木さんが周囲を見回しながら車を停めた。ここからは歩いて獣道を降りて、今は見えないがすぐ近くにある川へと向かう。
「有栖、起きて。着いたよ」
冴木さんが荷物を降ろしてくれている間に僕は有栖を起こす。
「……んー」
うっすら目を開けて眠そうな有栖のほっぺたを
「起きてー」
僕は両手で挟んで揺らした。
「ううん……」
「起きないと置いてっちゃうよ」
「……起きた」
「うん、おはよう」
「……おはよ」
有栖は寝ぼけ眼で僕に抱き着いてくる。寝起きのくせに力が強いので僕はされるがままだ。
そのまままた寝ていきそうな有栖を起こしながらもたもたしていると、
「ふふ、本当に仲が良いね。とても可愛いけれど、そのままだといつまで経っても目的地に着かないから、こちらも手伝ってくれるかい?」
僕らを覗き込んだ冴木さんが目を細めて優しげに言った。小動物同士のじゃれあいを微笑ましく見ているような目だ。
僕たちが付き合いだした頃は悩ましげだったことを考えると、だいぶ慣れてきたんだろうなと思う。
彼を困らせるのは本意ではないし、有栖を引っ張って一緒に荷物を降ろした。
――――――――――――✝︎
(端書き)
更新遅れてすみません。いつも読んでくださりありがとうございます。
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