憂いの空と欠けた太陽

弟切 湊

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遊園地の話Ⅰ(有栖視点)

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「アンタ、ただでさえ目立つんだからもっとマシな格好出来なかったのか?」

俺に向かってそう言ったのは、癖のある灰髪の男。その口調から何から完璧なまでに不貞不貞しいそいつは、俺がこの世で一番会いたくない男だった。出来ることなら今すぐこの場を離れたい。そして遊沙と一緒にいたい。

恐らくそれは相手も同じだろう。

それが何故こんなことになっているかというと、それは少し前に遡る。



『遊園地?』

俺と遊沙が同時に首を傾げているのを面白そうに見ながら、冴木が頷く。

『そう、遊園地。遊沙くんはどうか分からないけど、有栖は行ったことがないだろう? ここ最近、あの騒動でバタバタしていたし、心的にも疲れたと思うんだ。そこで、遊園地で遊ぶのはどうかなって』

彼は柔らかく微笑んでそう提案してきた。これは遊沙と俺とのデートという訳ではなく、あくまで家族旅行的なものらしい。こういう所は人数が多いほど楽しいので、誰でも誘って良いとのことだ。
もちろん俺には誘う人間などいないので、遊沙と合法的にデート出来るということに浮かれ、その遊沙の方に誘う人間がいる可能性を考えもしなかった。

『もし行くなら、冴木さんは誰か誘うんですか?』

遊沙の質問に、冴木は、

『ああ、一人ね』

と何処か嬉しそうに言った。彼が時たま連絡を取っていた誰かを誘うつもりなのだろう。冴木が誰か連れてくるなら、それはもはやダブルデートと言っても過言ではない。ちょっとした口実で彼らと二手に分かれれば、互いに幸せというものだ。

『良いんじゃないか?』

当日の算段をしっかりと立てた俺は、行く気満々なのがバレないように返事をした。遊沙も冴木も異論はない様なので、平日で行ける日を探して各々のスケジュールを調整する。
せっかく行くのだし、完璧に楽しんで帰りたい。下調べは入念にしなければ。水族館でも喜んでもらえたし、今度もちゃんと楽しんでもらいたい。
俺は万全を期すため、行きつけの美容院に行って髪を黒く染めてもらった。髪型は変えずに色だけを変えたのだが、それだけでかなり目立たなくなる。髪の長さだけでなく、色まで遊沙とお揃いなのは心が躍った。
遊園地は平日でも人が多いようなので、万が一面倒なことになったり、遊沙との時間を邪魔されたりしないように目立たない感じで行きたい。

そんなこんなで上から下まで真っ黒の、オフの日の韓国アイドルみたいな、なおかつ遊沙と兄弟っぽい服装で当日を迎えたのだが。

そんな俺を待っていたのは、一生会いたくないと思っていた男だった。遊沙の手前双方にこやかに過ごしているが、影で足を引っ張り合っているのは言うまでもない。
遊沙に悪気がないのは分かっているが、やはりこういうことをしてしまうのは彼に恋愛感情がないからだろうか。もし俺に恋愛感情を抱いているなら、その他の男なんて眼中にないはずだし、誘おうとも思わないだろう。

冴木が誰かを誘っても良いよと言ったので、友達とワイワイしたいと思って呼んだのだろうが俺としては複雑だ。俺とあの男がモデルとファンとして仲が良いと勘違いしているのもあるかもしれない。実際は逆なのだが。
一方のあいつは「意図せずデートを邪魔してやったぜ」と勝ち誇ったような笑みを浮かべている。実に腹立たしい。

冴木が連れてきたのは何処かで見たことがある男で、連絡していた相手は女性ではなかったのかと少し驚いた。冴木の紹介で、彼がいつか遊沙を診てくれた医者であり、今では冴木の良き相談相手であることを知った。名前は可香谷というらしい。
可香谷は俺や遊沙をちらちらと見ていたが、特に何も言うことなく冴木の近くに留まった。

そして現在、遊沙はトイレに行き、冴木はチケットを買いに行き、可香谷は何処かへ姿を消し――。
結果的に俺とこの不貞不貞しい男だけが取り残される羽目になってしまったのだった。
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