憂いの空と欠けた太陽

弟切 湊

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独占欲(有栖視点)

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『今、どこにいる?』


俺と冴木が仕事から帰ってきたとき、遊沙は家にいなかった。明かりすらついておらず、当然ながら靴もない。

こんなことは初めてだった。
遊沙はいつも風呂と飯を用意して、「お帰りなさい」と言ってくれる。遊沙が倒れてから無理はさせないようにしているのだが、彼の性分なのか必ず家事を全て終わらせておいてくれるのだ。その分俺たちが休みの日は休ませるようにしているが。

だから、俺たちが帰ってくる時間に遊沙が帰っていないなんてこと、今までなかったのだ。まだ学期の半分も行っていないのだからカリキュラムが変わるはずもなく、そうであるならば大学がこんな時間まであるわけない。
ならば他の用事だろうが、それならLINEで連絡をくれるはずだ。そう思ってLINEを開いても、何の連絡も入っていなかった。


まさかと思うが、あいつらだろうか。
遊沙を路地に追い詰めて、怖くて痛い思いをさせた奴ら。

あり得なくはない。あの男の話に寄ると、奴らを俺が追い払った後に相当灸を据えたみたいだが、ああいう奴らはまた繰り返す可能性も低くない。
一応送ってみたLINEも返信どころか既読も付かない。


「クソっ……」


久しく覚えていなかった強い苛立ちを覚えながら、遊沙に電話をかけてみる。
しかし、何度かけても通じることはなかった。


「車、出そうか?」


俺があまりにイライラとスマホを握りしめているので、冴木が恐る恐るそう言った。冴木も遊沙のことを心配しているようだが、あまり重大なことだと受け止めていなかったらしく、俺の様子にびっくりしているようだ。

……まあ、確かに遊沙も大学生だし、夜遊びくらいするだろう。それは分かっている。それを妨害する権利が俺にはないってことも。

だけど、どうしてもそのまま放置する気にはなれなかった。
絶対に見つけなければならない。そんな気がした。

一度深呼吸をして苛立ちを発散する。

「いや……大丈夫だ。俺が探してくる。……仕事終わりで悪いが、あんたは風呂を湧かしておいてくれないか? 俺は帰りに惣菜でも買ってくる」

「……そう。分かったよ。遊沙くん、どこに行ってしまったのか見当はついているのかい?」

「いいや全く。通学路周辺を探してみるつもりだ」

「分かった。気をつけてね」

冴木は静かに微笑むと、俺を見送ってくれた。



車に乗り込むとすぐさま発進させる。事故を起こさないように気をつけながら、できる限りの速度で、周囲を見回しながら探していく。
大学までの道のりを目を皿のようにして探すが見当たらない。
もし路地などに連れ込まれていたら探しようがないし、その場合は警察に相談することも視野に入れて探す。

そんな中目に留まったのは、数人の男女がレストランの前で談笑する姿。いかがわしい集まりにも見えて眉を顰めた時、目の端に探していた人の姿が映った。
一瞬の安堵も束の間、目の前の光景に頭が真っ白になった。


遊沙は、一人の女性と一緒にいた。
随分仲良さそうに腕を組んでいる。遊沙も嫌がる気配はなさそうだ。

どういうことだ。
何をしている?
何だ、あれは。

イライラが募る。
俺はお前のことが心配で探しに来たのに。お前は楽しそうだな。
しかも誰だその女は。

女は笑顔で遊沙に何か話しかけながら、男女の輪から外れて何処かに行こうとする。

どこに行くつもりだ。
俺の遊沙から離れろ。

俺は車から降りて二人に近付く。

「遊沙。帰るぞ」

遊沙の腕を引いて女から引き離す。遊沙はよろめいてされるがままになった。女は驚いたように振り向く。

「え……誰よもう! …………って有栖!?」

そう言われて、俺は顔を隠すものを何も身につけていないことに気が付いた。女の声で男女の集まりもこちらを見る。

ああ、駄目だこれは。面倒くさい。うるさい。邪魔するな。

彼らが騒ぎ始めたのも無視して、俺は遊沙を車に押し込んで逃走した。
家まで無心で帰ってきて、不機嫌を隠さないまま遊沙を見て、そして気が付いた。

この子……酔ってるな…………。


背丈が小さいので思いつかなかったが、この子だってもう酒が飲める年齢なのだった。

「…………遊沙?」

「んえ? あー…………ああ、有栖かー……なんで?」

「お前、何してたんだこんな時間まで」

「んー……合コンなんだって。僕も行かないと駄目みたい」

「もう行ったんだろ……。で、あの女は誰だ?」

「おんな……? あーあの人。僕はねー、有栖の方が好き」

「いや、そうではなく……いや、そうなのか?」

微妙に話が噛み合わないが、俺の方が好きという言葉に深い安堵を覚える。

「歩けるか?」

「んーん、おんぶして」

「え……あ、ああ」

何だろうこれは。さっきまでの怒りやイライラは何処かに行ってしまって、ただ困惑だけが残った。
酔うと甘えたになるのか?

困惑しながらも言われたとおりにおぶって、家まで戻っていく。遊沙には女の香水の匂いがこびりついていて、とても嫌な気分だった。


なんとかシャワーを浴びさせて、二階に連れて行く。俺が惣菜を買い忘れたので、冴木は簡単に料理を作り始めてくれた。
遊沙をベッドに寝かせて、布団を掛けてやる。

「なあ遊沙」

「ん……?」

「なんで連絡しなかったんだ」

「……ごめん。努力はしたの。でもねー、流された」

酒が入っているからか、ふにゃっと無邪気に笑う遊沙に、言葉に出来ない感情が募った。
その感情のままに遊沙の首筋に顔を寄せると、これでもかと力を込めて、思いっきり噛みついた。

「……い゛っ」

遊沙が顔を顰めた後、今にも泣きそうな顔でこちらを見た。何をされたか分かっていないようだが、それでもそんな顔をされると少し傷つく。
遊沙はその顔のまま、目を閉じて眠ってしまった。限界だったのだろう。

遊沙の首筋にはくっきりと俺の歯型が付いていた。それを見て何かに満足した俺は、一階の冴木を手伝いに向かった。

あの感情をなんと呼ぶのか、俺はまだ分からなかった。
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