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墓参り
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僕が寝込んでからしばらく経って、毒からも過労からも完全に回復した。
あんなことを言ってしまった手前、そのうちゲームを買わないと変に思われるだろうと思うのだけど、学費もあるしバイトもあんまり入れられないし、買う余裕なんて欠片もない。
なんか自分の行動で自分の首を絞めているような感じだった。
ああ、もう。どうしてこうなるんだろう。
情けないことだけれど、普通言えるか? 僕の両親もう死んでて親戚とも縁切ってるから、学費のために働いてます、だなんて。言えるわけないだろう。
有栖のことだから、言ったら学費も出してくれるのだろうけど、そんなことをしたら僕は本当に金食い虫になってしまう。
こんな大きな家に住まわせてもらっているだけ、ものすごくありがたいことなんだから。
…………思い出したくなかったから色々考えてみたけど、このまま現実逃避も良くないな。早く会いに行かないと。
今日は母さんと父さんの命日だ。
中央線をはみ出したトラックと正面衝突して、即死どころか原型も留めていなかったそうだ。
親戚に止められて、僕は二人の遺体を見ていない。最期に見たのは二人が家を出た時の顔だけ。
どうしてよりによって喧嘩の後だったのだろう。
神様が意地悪じゃなきゃ、もうちょっといい顔で別れられたのに。
『行ってらっしゃい』も言えなかった。
不思議と葬式の時も涙は一つも出なくて、親戚に白い目で見られたっけ。
僕の感情がもう少し豊かだったら、色々と違っただろうけど。
「何処か行くのか?」
僕が支度をしていると、有栖が声をかけてきた。今日は仕事がないらしく、一日家にいるという。
「ちょっと友達のところに」
「…………友達って、あいつのことか?」
「あいつ?」
「前に、お前の手を引っ張っていた」
「…………ああ、御園? ……えーっと、今日は違う人」
「…………そうか」
行き先がバレるとまずいので、友達に会うと誤魔化したのだが、有栖はなんだか不服そうだった。
しかしそれ以上は追求してこず、「気をつけて」と言ってくれた。
両親の墓は少し遠い霊園にある。
二つも建てる金銭的な余裕がなかったので、二人で一つのお墓に入ってもらっている。
親孝行で良いお墓に、という考えがなかった訳じゃないけど、子供には出来ないことがたくさんあるから仕方ない。
それに、死んだ後に親孝行されても…………という感じもある。
戦死で二階級昇進とか、死んだ後に曲や絵が売れたりとか評価されたりって、死んだ本人からしたら全然嬉しくないだろうし。生きている間にやれよって感じ。
冬だから冷えるけど、たまにしか来ないから水で墓石を清めよう。
木の桶に水を汲んで、桶の中に柄杓を刺して持って行く。柄杓で水を掬って、上から丁寧にかけていく。
ほんの少し積もった土埃が、静かに流れていった。
変な筋が残らないように念入りに清めて、桶の水がなくなったら桶を片付ける。
濡れたままの墓に、来る途中で買った花束と線香を手向けた。
良い香りを漂わせながら立ち上る煙を眺めながら、心の中で語りかける。
今ね、母さんよりも綺麗な男性と一緒に住んでるんだ。もちろん母さんも綺麗だったけど、上には上がいるんだなって。
それで、その人はモデルなんだよ。
…………びっくりした?
僕もびっくりしたよ。だって何の変哲もない、何もかも平凡で取り柄のない僕と一緒に住みたいだなんて、変わってるもんね。
だけど、おかげで幸せなんだ。マネージャーさんも優しくて、とても良い人だし。
ああそうそう。御園の話は前にしたよね。僕の初めての友達。今も仲良くしてくれてるんだ。
僕は今まであったことを、細かく話した。
聞こえているかも分からないし、そもそももう魂なんてものもないのかもしれない。
それでも、やはり聞いて欲しかった。
霊園に来てから一時間くらい経って、僕はそろそろ帰ることにした。話したいことも話したし。
また来るね、と言って、僕は踵を返した。
そこで僕の体は、ピタリと止まった。
振り返った所に、とても見知った顔が、ここでは見たくない顔があったからだ。
この場所に不釣り合いな程整った顔に、水色の髪。
僕の心拍数は一気に上がった。
これはバレたな。うん。
誤魔化しようがない。
いつから見ていたのか分からないけれど、ものすごく気まずく、そして申し訳なさそうな顔をしているあたり、有栖はこれが誰の墓なのか分かってしまっているだろう。
誤魔化しの言葉は次から次へと生まれてくるが、どれも陳腐なものばかりで右から左へと抜けていってしまう。
ああ、どうしよう。
あんなことを言ってしまった手前、そのうちゲームを買わないと変に思われるだろうと思うのだけど、学費もあるしバイトもあんまり入れられないし、買う余裕なんて欠片もない。
なんか自分の行動で自分の首を絞めているような感じだった。
ああ、もう。どうしてこうなるんだろう。
情けないことだけれど、普通言えるか? 僕の両親もう死んでて親戚とも縁切ってるから、学費のために働いてます、だなんて。言えるわけないだろう。
有栖のことだから、言ったら学費も出してくれるのだろうけど、そんなことをしたら僕は本当に金食い虫になってしまう。
こんな大きな家に住まわせてもらっているだけ、ものすごくありがたいことなんだから。
…………思い出したくなかったから色々考えてみたけど、このまま現実逃避も良くないな。早く会いに行かないと。
今日は母さんと父さんの命日だ。
中央線をはみ出したトラックと正面衝突して、即死どころか原型も留めていなかったそうだ。
親戚に止められて、僕は二人の遺体を見ていない。最期に見たのは二人が家を出た時の顔だけ。
どうしてよりによって喧嘩の後だったのだろう。
神様が意地悪じゃなきゃ、もうちょっといい顔で別れられたのに。
『行ってらっしゃい』も言えなかった。
不思議と葬式の時も涙は一つも出なくて、親戚に白い目で見られたっけ。
僕の感情がもう少し豊かだったら、色々と違っただろうけど。
「何処か行くのか?」
僕が支度をしていると、有栖が声をかけてきた。今日は仕事がないらしく、一日家にいるという。
「ちょっと友達のところに」
「…………友達って、あいつのことか?」
「あいつ?」
「前に、お前の手を引っ張っていた」
「…………ああ、御園? ……えーっと、今日は違う人」
「…………そうか」
行き先がバレるとまずいので、友達に会うと誤魔化したのだが、有栖はなんだか不服そうだった。
しかしそれ以上は追求してこず、「気をつけて」と言ってくれた。
両親の墓は少し遠い霊園にある。
二つも建てる金銭的な余裕がなかったので、二人で一つのお墓に入ってもらっている。
親孝行で良いお墓に、という考えがなかった訳じゃないけど、子供には出来ないことがたくさんあるから仕方ない。
それに、死んだ後に親孝行されても…………という感じもある。
戦死で二階級昇進とか、死んだ後に曲や絵が売れたりとか評価されたりって、死んだ本人からしたら全然嬉しくないだろうし。生きている間にやれよって感じ。
冬だから冷えるけど、たまにしか来ないから水で墓石を清めよう。
木の桶に水を汲んで、桶の中に柄杓を刺して持って行く。柄杓で水を掬って、上から丁寧にかけていく。
ほんの少し積もった土埃が、静かに流れていった。
変な筋が残らないように念入りに清めて、桶の水がなくなったら桶を片付ける。
濡れたままの墓に、来る途中で買った花束と線香を手向けた。
良い香りを漂わせながら立ち上る煙を眺めながら、心の中で語りかける。
今ね、母さんよりも綺麗な男性と一緒に住んでるんだ。もちろん母さんも綺麗だったけど、上には上がいるんだなって。
それで、その人はモデルなんだよ。
…………びっくりした?
僕もびっくりしたよ。だって何の変哲もない、何もかも平凡で取り柄のない僕と一緒に住みたいだなんて、変わってるもんね。
だけど、おかげで幸せなんだ。マネージャーさんも優しくて、とても良い人だし。
ああそうそう。御園の話は前にしたよね。僕の初めての友達。今も仲良くしてくれてるんだ。
僕は今まであったことを、細かく話した。
聞こえているかも分からないし、そもそももう魂なんてものもないのかもしれない。
それでも、やはり聞いて欲しかった。
霊園に来てから一時間くらい経って、僕はそろそろ帰ることにした。話したいことも話したし。
また来るね、と言って、僕は踵を返した。
そこで僕の体は、ピタリと止まった。
振り返った所に、とても見知った顔が、ここでは見たくない顔があったからだ。
この場所に不釣り合いな程整った顔に、水色の髪。
僕の心拍数は一気に上がった。
これはバレたな。うん。
誤魔化しようがない。
いつから見ていたのか分からないけれど、ものすごく気まずく、そして申し訳なさそうな顔をしているあたり、有栖はこれが誰の墓なのか分かってしまっているだろう。
誤魔化しの言葉は次から次へと生まれてくるが、どれも陳腐なものばかりで右から左へと抜けていってしまう。
ああ、どうしよう。
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