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遊紗の異変(有栖視点)
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仕事からの帰り道、遊紗から冴木に連絡があった。
何でも、自分は晩飯を適当に食べてしまったので、俺たちの分の主菜だけ買ってきて欲しいということだそうだ。
「遊紗くんが先に食べているなんて珍しいですね。いつもは待っていてくれるので申し訳ないと思っていたのですが」
「……そうだな」
何か疲れることでもあったのかもしれない。遊沙は文句の一つも言わないけれど、家のことを全てやってくれていて、きっと大変に違いない。今までずっとそうだったから疑問に思いもしなかったが、冴木だって俺のために家のことをやってくれて、でも俺は手伝いもしなかった。冴木はいつもにこにこと何でもこなして、疲れていてもそういう素振りを見せない人だから、俺もこんな我が儘なやつに育ったのかもな。
彼には悪いことをした。
それを気付かせてくれた遊沙にも感謝しないとな。
「冴木、明日の仕事って、確かそれほど重要じゃなかったよな?」
「ん? ああ、まあそうだね。先方も予定が空いていたら頼むってことだったし」
「じゃあ、疲れているとこ悪いんだが、断りの連絡を入れてくれないか?」
「え? いいけど……。どうかしたのかい?」
「いや、たまには何もない日があってもいいだろ。あんたもたまには休めば良い」
冴木は目を丸くして、それからふっと笑った。
「そうだね。ありがとう、有栖」
「…………別に」
妙に照れくさくて、どことなく気まずかった。
†――――――――――――――――――――†
家に着くと、遊沙が主菜以外の晩飯を配膳してくれているところだった。
元々白い肌を持っている彼だが、今日の顔色は一層青白く、体調が悪いだろうということはすぐに分かった。俺が無理に笑うなと言った日からほとんど見なかった作り笑いを浮かべているし、これは気付かないふりをした方が良いだろうか。
ふと部屋の隅に積み上がった箱の山が目に入った。大量の包装紙も置いてあることから、ファンからの贈り物を整理してくれていたのだろう。
その推測は合っていたようで、遊沙から手紙やら何やらを渡された。
…………あ、まさかこの子。
「まさかと思うが、包みに入ってた食べ物食ってないよな?」
聞いてみると、
「た、食べてないよ」
と答えた。しかし目は明らかに泳いでいるし、そわそわと落ち着きなさそうで、どう見ても食べていることが丸わかりだった。
俺は遊沙に今までもらったおぞましい贈り物の話をした。もらった飲み物にボンドとか、気色の悪い液体が入っていた話とか、食べ物に毒が入っていて体調を崩したことなども。その液体が何かは口にしたくもないので言わなかった。
もう食べるなよという警告のつもりで言ったが、彼には効果覿面だったらしく、そそくさと寝に行ってしまった。余計気分を悪くさせてしまっただろうか。
明日、休みにしておいて良かった。
次の日の朝、俺が一階に降りると、出してあったこたつに遊沙が潜り込んでいて、顔だけにゅっと出しているのが見えた。顔色は若干良くなったが、まだ悪いままだった。
「何をしているんだ?」
「こたつむり」
…………? 何だ、今の。なんか心臓がきゅっと締め付けられるような、心が温かくなるような、妙な感覚がした。
俺の知らない感情だ。
考えても結局分からなかったので、首を傾げて遊沙の隣に座った。
「体調悪いのか」
「……ううん。寒いだけ」
「そうか」
このマンションは空調設備がしっかりしていて、今も暖房が入っているので凄く寒いという訳ではないが、彼くらい小柄だと寒いと感じるのだろう。理由はそれだけじゃない気もするが。
遊沙は相当弱っているようで、こたつむり状態のままウトウトし始めた。俺はその辛そうな様子に、ついそっと彼の頭を撫でてしまってから、はっとして手を引っ込めた。何しているんだ俺は。
こんなことしてないで、早く病院に連れて行ってあげた方がいいんじゃないか?
冴木は…………まだ寝ているか。俺は免許を取っていないから車を運転できない。今の感じだと命に関わるようなことはないとは思うが、自分の何も出来ない感じがやるせなかった。
しばらくすると、遊沙はこたつから出て朝ご飯を作ろうとし出した。
「おい、今日はいいから。休んでいろ」
俺の制止の声も聞かなかったので、服の裾を引っ張って止めると、遊沙はふらりと腕の中に倒れ込んできて、そこにすっぽり収まった。目を閉じてぐったりしている。
どうしよう。これは本格的にダメなやつでは?
何でも、自分は晩飯を適当に食べてしまったので、俺たちの分の主菜だけ買ってきて欲しいということだそうだ。
「遊紗くんが先に食べているなんて珍しいですね。いつもは待っていてくれるので申し訳ないと思っていたのですが」
「……そうだな」
何か疲れることでもあったのかもしれない。遊沙は文句の一つも言わないけれど、家のことを全てやってくれていて、きっと大変に違いない。今までずっとそうだったから疑問に思いもしなかったが、冴木だって俺のために家のことをやってくれて、でも俺は手伝いもしなかった。冴木はいつもにこにこと何でもこなして、疲れていてもそういう素振りを見せない人だから、俺もこんな我が儘なやつに育ったのかもな。
彼には悪いことをした。
それを気付かせてくれた遊沙にも感謝しないとな。
「冴木、明日の仕事って、確かそれほど重要じゃなかったよな?」
「ん? ああ、まあそうだね。先方も予定が空いていたら頼むってことだったし」
「じゃあ、疲れているとこ悪いんだが、断りの連絡を入れてくれないか?」
「え? いいけど……。どうかしたのかい?」
「いや、たまには何もない日があってもいいだろ。あんたもたまには休めば良い」
冴木は目を丸くして、それからふっと笑った。
「そうだね。ありがとう、有栖」
「…………別に」
妙に照れくさくて、どことなく気まずかった。
†――――――――――――――――――――†
家に着くと、遊沙が主菜以外の晩飯を配膳してくれているところだった。
元々白い肌を持っている彼だが、今日の顔色は一層青白く、体調が悪いだろうということはすぐに分かった。俺が無理に笑うなと言った日からほとんど見なかった作り笑いを浮かべているし、これは気付かないふりをした方が良いだろうか。
ふと部屋の隅に積み上がった箱の山が目に入った。大量の包装紙も置いてあることから、ファンからの贈り物を整理してくれていたのだろう。
その推測は合っていたようで、遊沙から手紙やら何やらを渡された。
…………あ、まさかこの子。
「まさかと思うが、包みに入ってた食べ物食ってないよな?」
聞いてみると、
「た、食べてないよ」
と答えた。しかし目は明らかに泳いでいるし、そわそわと落ち着きなさそうで、どう見ても食べていることが丸わかりだった。
俺は遊沙に今までもらったおぞましい贈り物の話をした。もらった飲み物にボンドとか、気色の悪い液体が入っていた話とか、食べ物に毒が入っていて体調を崩したことなども。その液体が何かは口にしたくもないので言わなかった。
もう食べるなよという警告のつもりで言ったが、彼には効果覿面だったらしく、そそくさと寝に行ってしまった。余計気分を悪くさせてしまっただろうか。
明日、休みにしておいて良かった。
次の日の朝、俺が一階に降りると、出してあったこたつに遊沙が潜り込んでいて、顔だけにゅっと出しているのが見えた。顔色は若干良くなったが、まだ悪いままだった。
「何をしているんだ?」
「こたつむり」
…………? 何だ、今の。なんか心臓がきゅっと締め付けられるような、心が温かくなるような、妙な感覚がした。
俺の知らない感情だ。
考えても結局分からなかったので、首を傾げて遊沙の隣に座った。
「体調悪いのか」
「……ううん。寒いだけ」
「そうか」
このマンションは空調設備がしっかりしていて、今も暖房が入っているので凄く寒いという訳ではないが、彼くらい小柄だと寒いと感じるのだろう。理由はそれだけじゃない気もするが。
遊沙は相当弱っているようで、こたつむり状態のままウトウトし始めた。俺はその辛そうな様子に、ついそっと彼の頭を撫でてしまってから、はっとして手を引っ込めた。何しているんだ俺は。
こんなことしてないで、早く病院に連れて行ってあげた方がいいんじゃないか?
冴木は…………まだ寝ているか。俺は免許を取っていないから車を運転できない。今の感じだと命に関わるようなことはないとは思うが、自分の何も出来ない感じがやるせなかった。
しばらくすると、遊沙はこたつから出て朝ご飯を作ろうとし出した。
「おい、今日はいいから。休んでいろ」
俺の制止の声も聞かなかったので、服の裾を引っ張って止めると、遊沙はふらりと腕の中に倒れ込んできて、そこにすっぽり収まった。目を閉じてぐったりしている。
どうしよう。これは本格的にダメなやつでは?
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