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番犬(有栖視点)
しおりを挟む今日の撮影は、珍しく昼で終わった。いつかに俺を苛立たせたモデルとの合同撮影だったのだが、そのモデルが集合時間一時間前から準備しており、俺が着いたときには準備万端だったことがその理由だ。
話を聞いてみると、どうやらあの撮影が初やらかしだったらしく、よりにもよって相手が俺だったことがトラウマになって寝坊出来なくなったらしい。……寝坊しなくなったのは大変結構だが、不眠症とかになられたら困るので、今日は存分に褒めちぎっておいた。
そのおかげか撮影もつつがなく進み、雰囲気も和やかだった。うん、良いことだ。
早く帰ったら遊沙が驚くだろうが、いつも色々任せっきりなのでたまには手伝おうか。結局なんだかんだ忙しくてあまり話せていないし、団欒の時間を作っても良いかもしれない。
冴木に車を頼んで乗り込むと、家に向かってもらう。今の時間、遊沙は大学か家、若しくは下校途中だろう。このスタジオと彼の大学は同じ方向にあって、道がほとんど同じなので、見かけたら途中で拾ってあげよう。電車代も浮くしな。
車に乗ってしばらく経ったときのこと。見知った人影が見えた。
「冴木、車止めてくれないか?」
「ん? どうしたんだい?」
「遊沙を見つけたから乗せていく」
「あ、ほんと? 分かった、止めるよ」
「助かる」
見えた辺りからちょっと通り過ぎたところで車を止めてもらって、俺は彼の元へ。だが、たどり着く前に足を止めた。遊沙は一人ではなかったのだ。
相手は見たことのない男で、灰色のくせ毛が特徴的だ。黒いパーカーを着た遊沙の腕を強く掴んで、何か詰め寄っている。一方遊沙は困った様子でたじろいでいた。半年ほど前に遊沙を襲っていた三人とは違うようだし、ぱっと見暴力なども加えられていないようだが、それでも心がざわついた。灰色髪の男は粗野な見た目で、雰囲気もどことなく暴力的だった。遊沙がぶつかったか何かでいちゃもんを付けられているのかもしれない。
助けないと。前みたいに怪我をさせられたらたまらない。
俺は遊沙を後ろに庇って、二人の間に割って入った。男は目を見開いて俺を見て、それからその薄茶色の相貌をナイフのように尖らせた。憎悪と苛立ちと嫉妬をぐちゃぐちゃに混ぜ合わせたような目だった。それでも口元には笑みを浮かべ、「俺のファンだ」などと言いながらペラペラと話してくる。正直不気味だったので、一刻も早く遊沙を連れて逃げなければ。
遊沙が横から「その人は友達だ」と言い、男も「高校時代の親友だ」と言った。この状況でそんなの信じられると思うか? 事情は後で遊沙に聞けば良い。
男は言いたいことがあると言い、ポツリと一言、
「……ああ、本当に。一緒に住めるなんて本当に羨ましいです」
と言った。……それが誰に向けた言葉か、考えなくても分かる。男は遊沙が俺と住んでいることに対して羨ましいと言っている訳ではない。俺が遊沙と一緒に住んでいることに対して羨ましいと言ったのだ。その俺に対して殺気だらけの目を見れば分かる。
その言葉は言うまでもなく俺の心をざわつかせ、何か暴力的な気分にさせた。ふん、友人だか何だか知らないが、遊沙があんなところに住んでいるのを知っているくせして放っておいたお前が悪い。そっちの事情なんて知ったことじゃないからな。
間違いなくこの男は、遊沙に対して友情以上の感情を抱いている。それが何故だが猛烈に癪に障って、苛立たしい気分になった。遊沙は俺にとって初めて出来た冴木以外の大事な人で、それをこんな獰猛な肉食獣みたいなやつにホイホイと渡したくなかった。
俺は一言だけ早口で言い返して、遊沙を連れて冴木の車に戻った。遊沙があいつに手を振ったことから、友人というのは本当らしい。
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫。有栖早とちりだよ、あの人は僕の友達で、悪い人じゃないんだ。僕が有栖と住んでることをなかなか言い出せなかったから、傷付けちゃっただけ」
「そうだったのか、悪い」
遊沙はあいつに対して申し訳なさそうな顔をする。遊沙が気に病むことなんてないだろうに。俺は思ってもいない謝罪を口にした。遊沙は悪いやつだと思っていないみたいだが、俺からしたらヤバいやつ確定だ。さっきの対応で問題ないだろう。
家について、遊沙が昼飯を用意してくれた。バイトに行くからとさっさと用意して慌ただしく出て行ってしまったので、結局団欒の時間は作れなかった。冴木と二人の昼食だ。
「有栖、遊沙くんの腕に鬱血した痕があったけど、また何かあったのかい?」
「……ああ。友人だとかいう相手に掴まれた痕みたいだが」
ほんと、どんな強さで掴んでたんだよ。イライラして貧乏揺すりをしてしまう。
「うーん。遊沙くんの雰囲気的には本当に友人みたいだけど、喧嘩でもしたのかもしれないね。それはさておき、有栖またイライラしているけど、どうかしたかい? 最近なかったのに」
確かに最近はイライラすることはほとんどなかった。だけど、あいつに会ってから変だった。あいつの顔を思い浮かべるだけでイライラして、何だかよく分からない感情でいっぱいになる。
「なあ、冴木。誰かの顔を思い出す度にイライラすることってあるか?」
「え、うーん。よほど嫌いな相手ならあるかもしれないけど、少なくとも私はないよ」
俺は先程の出来事を話して、その時の男に無性に苛つくことを話した。男が遊沙に妙な感情を抱いているかもしれないことは言わなかった。
「なるほどねえ…………」
「分かるか? 原因」
「それはね、有栖。きっと嫉妬だよ」
「嫉妬?」
「ああ。遊沙くんは有栖にとって初めて出来た友人だろう? だけど、その遊沙くんには既に友人がいて、きっと有栖よりも一緒にいる期間が長い。だからね、有栖はそのことに対して嫉妬しているんじゃないかって思うんだ。そうじゃなかったら、遊沙くんがその人に取られるかもって怖くなったのかもしれないね」
…………なるほど。一理あるな。仕事のせいで友達なんて出来たことなかったし、遊沙は年も近くて話しやすいから、あいつが邪魔してくるんじゃないかって気がかりなのかもしれない。それにもし本当にあいつが遊沙のことを恋愛対象として見ているなら、大切な友達をそんなやつに渡したくないと思うのも道理だろう。
少しすっきりした。
明日からの仕事中は多分気が気ではなくなるので、正直遊沙には一歩も家から出て欲しくないが、大学を休ませるわけにもいかない。何か対策を考える必要がありそうだ。
大切な友人のためだからな。
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