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猟犬(御園視点)
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正直な話、もう限界だった。
オレは遊沙のことを本当に好きで、愛していて、愛おしいと思っている。出来ることならずっと一緒にいたいし、自分のものにしたいとすら思っている。
だけど、この気持ちはずっと仕舞っておかなければならない。…………もし異性だったなら、こんな気持ちにならないで済んだだろう。変な相手に目を付けられる前に、ちょっとずつ囲って自分のものにすればいいのだから。遊沙の気持ちを無視する気は毛頭ないけれど、自分の気持ちを譲る気もない。
でも、彼は男で、オレも男だ。遊沙はそんな偏見ないって言ってくれたけれど、周囲はそうではない。親だって”普通”の子供を求めている。男を好きになる男なんて、きっと願い下げだ。
そう思って、この想いをずっと押し殺してきたけれど。そんなことを知らない遊沙は、こちらの気を揉ませるようなことばかりする。
本当は遊沙から話してくれるのを待ちたかったけれど。ここまで焦らされたら我慢の限界がくるのも時間の問題だった。相手が誰なのかももちろん気になるけれど、それ以上に、彼と一番仲が良いと自負していたのに何も打ち明けてもらえないのが辛かった。ちょっとした悩みだって打ち明けてもらったら、オレも相談に乗ってあげようと思っていたんだ。それが勉強のことでも、友人のことでも、……例え彼女のことでも。
だけど彼は話してくれない。待てども待てども誤魔化してばかり。ならもうこちらから聞くしかない。
今日もいつも通りそそくさと帰路についた彼の後を、こっそり付ける。人気のない場所で彼の腕を掴むと、彼は驚いたように振り返った。同居人について問い質すと、しどろもどろになって謝ってくる。今欲しいのは謝罪ではなく情報だ。
溢れてくる感情は止まらなくて、想いの丈をぶつけた。言いたいこと全てを言ったわけではないけど、彼には想いが伝わったらしい。決意した表情で、はっきりと「彼女が出来たわけではない」と言ってくれた。
…………とりあえず危惧していた内容ではなかったことにほっとして、オレの予想通り親戚だったのかと聞いてみた。しかし、それも違うという。
では誰だ? 彼女でもなくて親戚でもないなんて。
その答えが聞けるかどうか、という所で、思わぬ邪魔が入った。答えが自分から歩いてきたとも言えるのだが。
「お前、俺の連れに何か用か?」
それは雑誌で嫌というほど目にした顔だった。帽子を被り、サングラスをかけて、雑誌とは大幅に雰囲気が違うが、その憎らしいほど綺麗な顔は見間違えようがなかった。地の底から響くような低音には怒りのような感情が込められている。
それは、最悪の展開だった。同居人が、まさか男だっただなんて。
遊沙があれほど言い淀んでいた理由がやっと分かった。
思えば、遊沙とこの男の最初の出会いからその兆しはあったのだ。遊沙は他人の話を滅多にしない。それも個人のことを取り立てて気にするということは今までなかったのだ。それが、あの時は遊沙から話し始めた。スーパーの客で気になった人がいる、と。とても綺麗な人だったと。
珍しいこともあるものだと思ったけれど、相手が相手だっただけにあまり気にしなかった。まあもしもう一度スーパーに来ることがあったら、その時は一言言ってやろうと思っていたけど。遊沙はオレのだ、って。本当か嘘かは知らないしどうでも良いが、この男には女たらしという噂があるし、気まぐれに男に手を出す可能性だって無きにしも非ずだからだ。結局来なかったのと、その後遊沙が暴行されたことで正直そんなこと忘れてしまっていたが。
あと、冴木とかいう男が遊沙と一晩一緒にいたということに対して嫉妬して、そこまで気が回らなかったというのも事実だ。
そこから遊沙が知らない誰かとメッセージを交換し始めて、誰かと聞いてもはぐらかされて。今まで休んだことのないバイトを休んでまで土日に何処かに出かけた。さらにいつの間にか引っ越していて、一緒に帰ってもくれないし、遊びの誘いに乗ってもくれない。
その時の相手がこの男だったとは言えないけれど、タイミング的にも状況的にもこの男じゃない方がおかしい。
この男――モデルの白沢有栖は、テレビで見かける好青年っぽい雰囲気とは打って変わって、つっけんどんな口調で冷たい瞳をしていた。美人は凄むと怖いというが、どうやら本当らしい。
一瞬怖じ気づいてしまったが、それよりも「俺の連れ」という言葉にカチンときた。
は? お前のじゃねーし。オレの方がお前よりずっと遊沙と一緒にいて、お前よりずっと遊沙のこと知ってるのに。ぽっと出のくせに調子に乗んなよ。
口から吐き出しそうになった暴言を、遊沙の前であることを思い出して飲み込む。オレはファンのフリを装って、この場は切り抜けることにした。認めたくはないが、ガタイからしてもその他諸々にしてもオレに勝ち目はない。同居人についてバレたんだから、遊沙も明日から普通に接してくれるだろうし。たまには引くことも必要だ。
だけど、次は引かない。覚えてろ、遊沙の相手はオレだ。遊沙の意思を尊重したいけど、これだけは譲れない。相手が女の子ならともかく、男じゃ見逃せない。
この男が遊沙の手を引いて去って行ったことに殺意に似た激情を覚えながらも、それを押し殺して見送る。遊沙がそれにちょっと抵抗して手を振ってくれたことが、少し救いになった。…………あれだけ気を揉まされたけど、やっぱり可愛いな。
あのムカつく野郎からどうやって取り返すか考えないと。……ああ、オレが実家暮らしじゃなかったら、アイツより先に遊沙と一緒に暮らしたのに。
オレは遊沙のことを本当に好きで、愛していて、愛おしいと思っている。出来ることならずっと一緒にいたいし、自分のものにしたいとすら思っている。
だけど、この気持ちはずっと仕舞っておかなければならない。…………もし異性だったなら、こんな気持ちにならないで済んだだろう。変な相手に目を付けられる前に、ちょっとずつ囲って自分のものにすればいいのだから。遊沙の気持ちを無視する気は毛頭ないけれど、自分の気持ちを譲る気もない。
でも、彼は男で、オレも男だ。遊沙はそんな偏見ないって言ってくれたけれど、周囲はそうではない。親だって”普通”の子供を求めている。男を好きになる男なんて、きっと願い下げだ。
そう思って、この想いをずっと押し殺してきたけれど。そんなことを知らない遊沙は、こちらの気を揉ませるようなことばかりする。
本当は遊沙から話してくれるのを待ちたかったけれど。ここまで焦らされたら我慢の限界がくるのも時間の問題だった。相手が誰なのかももちろん気になるけれど、それ以上に、彼と一番仲が良いと自負していたのに何も打ち明けてもらえないのが辛かった。ちょっとした悩みだって打ち明けてもらったら、オレも相談に乗ってあげようと思っていたんだ。それが勉強のことでも、友人のことでも、……例え彼女のことでも。
だけど彼は話してくれない。待てども待てども誤魔化してばかり。ならもうこちらから聞くしかない。
今日もいつも通りそそくさと帰路についた彼の後を、こっそり付ける。人気のない場所で彼の腕を掴むと、彼は驚いたように振り返った。同居人について問い質すと、しどろもどろになって謝ってくる。今欲しいのは謝罪ではなく情報だ。
溢れてくる感情は止まらなくて、想いの丈をぶつけた。言いたいこと全てを言ったわけではないけど、彼には想いが伝わったらしい。決意した表情で、はっきりと「彼女が出来たわけではない」と言ってくれた。
…………とりあえず危惧していた内容ではなかったことにほっとして、オレの予想通り親戚だったのかと聞いてみた。しかし、それも違うという。
では誰だ? 彼女でもなくて親戚でもないなんて。
その答えが聞けるかどうか、という所で、思わぬ邪魔が入った。答えが自分から歩いてきたとも言えるのだが。
「お前、俺の連れに何か用か?」
それは雑誌で嫌というほど目にした顔だった。帽子を被り、サングラスをかけて、雑誌とは大幅に雰囲気が違うが、その憎らしいほど綺麗な顔は見間違えようがなかった。地の底から響くような低音には怒りのような感情が込められている。
それは、最悪の展開だった。同居人が、まさか男だっただなんて。
遊沙があれほど言い淀んでいた理由がやっと分かった。
思えば、遊沙とこの男の最初の出会いからその兆しはあったのだ。遊沙は他人の話を滅多にしない。それも個人のことを取り立てて気にするということは今までなかったのだ。それが、あの時は遊沙から話し始めた。スーパーの客で気になった人がいる、と。とても綺麗な人だったと。
珍しいこともあるものだと思ったけれど、相手が相手だっただけにあまり気にしなかった。まあもしもう一度スーパーに来ることがあったら、その時は一言言ってやろうと思っていたけど。遊沙はオレのだ、って。本当か嘘かは知らないしどうでも良いが、この男には女たらしという噂があるし、気まぐれに男に手を出す可能性だって無きにしも非ずだからだ。結局来なかったのと、その後遊沙が暴行されたことで正直そんなこと忘れてしまっていたが。
あと、冴木とかいう男が遊沙と一晩一緒にいたということに対して嫉妬して、そこまで気が回らなかったというのも事実だ。
そこから遊沙が知らない誰かとメッセージを交換し始めて、誰かと聞いてもはぐらかされて。今まで休んだことのないバイトを休んでまで土日に何処かに出かけた。さらにいつの間にか引っ越していて、一緒に帰ってもくれないし、遊びの誘いに乗ってもくれない。
その時の相手がこの男だったとは言えないけれど、タイミング的にも状況的にもこの男じゃない方がおかしい。
この男――モデルの白沢有栖は、テレビで見かける好青年っぽい雰囲気とは打って変わって、つっけんどんな口調で冷たい瞳をしていた。美人は凄むと怖いというが、どうやら本当らしい。
一瞬怖じ気づいてしまったが、それよりも「俺の連れ」という言葉にカチンときた。
は? お前のじゃねーし。オレの方がお前よりずっと遊沙と一緒にいて、お前よりずっと遊沙のこと知ってるのに。ぽっと出のくせに調子に乗んなよ。
口から吐き出しそうになった暴言を、遊沙の前であることを思い出して飲み込む。オレはファンのフリを装って、この場は切り抜けることにした。認めたくはないが、ガタイからしてもその他諸々にしてもオレに勝ち目はない。同居人についてバレたんだから、遊沙も明日から普通に接してくれるだろうし。たまには引くことも必要だ。
だけど、次は引かない。覚えてろ、遊沙の相手はオレだ。遊沙の意思を尊重したいけど、これだけは譲れない。相手が女の子ならともかく、男じゃ見逃せない。
この男が遊沙の手を引いて去って行ったことに殺意に似た激情を覚えながらも、それを押し殺して見送る。遊沙がそれにちょっと抵抗して手を振ってくれたことが、少し救いになった。…………あれだけ気を揉まされたけど、やっぱり可愛いな。
あのムカつく野郎からどうやって取り返すか考えないと。……ああ、オレが実家暮らしじゃなかったら、アイツより先に遊沙と一緒に暮らしたのに。
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