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冬の足音
しおりを挟む猛烈な寒さで目が覚めた。
噛み合わない奥歯をカチカチさせながら起き上がると、スマホで時間を確認する。時刻は朝の四時半。
本当ならもう一眠りしたい時間だ。だけど、暖房も何もないこの部屋で二度寝はかなり難しい。
元々寒がりだし、最近の冬は冷え込みが激しいから暖房がとてもとても欲しいのだけど、如何せん高いのだ。それに、もし買えたとしても電気代がかかるので、きっとデカいだけの置物になるだろう。
スマホやパソコンの充電用とWi-Fiルーター用、そして電灯用の電気代、風呂沸かし用や料理用のガス代だって馬鹿にならないので、暖房なぞに割くお金はない。
震える手で湯を沸かして、買いだめしてあった半額の粉末スープを溶かす。今日のスープは「トマトとナスのお吸い物」。正直意味が分からない。売れ残りにはそれなりの理由があるということがありありと分かる。
沸かした熱湯は勿体ないので温くなった風呂の残り湯に入れて、それから少しだけ浸かった。温くても全身を寒さから解放してくれる風呂はこの時期とてもありがたい。
一応暖まった体が冷めてしまわないうちに、もう一度布団に潜り込む。母が使っていた羽毛布団は熱をしっかり逃がさないでくれる。すぐに眠くなって、安らかに眠りについた。
次に目が覚めると、七時半だった。いつも大学に行く時間だ。さっさと身支度をする。朝ご飯は昨日の残り物のもやしとニラと鶏肉の炒め物。8:2:1って感じの配合だが、これでもなかなか腹に溜るので問題ない。
家を出て戸締まりを確認すると、いつもの道を通っていつもの電車に乗る。電車内は暖房が効いていて快適だ。いっそ住みたい。
……ああ、そういえば秋学期分の学費、納金しないとなあ。頑張って公立に入ったから私立よりマシだけど、それでも高額な学費を払わなければならない。ここまで来て学費未納で退学処分とか最悪すぎる。
食費とか生活費とか時間とかを削りまくって貯めたお金があるから支払えると思うが、やはり納金完了までは安心できない。
奨学金という手もあるが、あれは借りると後が大変なのでなるべくしたくない。今もぎりぎりなのに将来返すとか無理だろう。
両親が死んじゃった後は親戚が僕を預かってくれたけど、気を遣ったり遣わせたりしないといけない環境や、その家の子とソリが合わなかったこと、彼らが「どうしてよその子をうちが」とありがちな文句を言っていたことなどから、大学に入ると同時に独り立ちをして、ついでに親戚とは縁を切った。それがなければちょっと援助とかしてもらえたかもしれないけれど、正直縁は切っておいて良かったと思う。両親はすごく良い人たちだったのに。
大学に着いて、中のコンビニにあるATMから入金を済ませる。レジ付近で売っている肉まんやおでんに後ろ髪を引かれながらも、我慢して講義棟へ向かった。
今日の講義は「HTML入門」。文字を打ち込んで自分のホームページを作る授業だ。別に難しくはないけれど、一文字でも全角文字が入っているとページが全く機能しないので、機能しなかった場合の間違い探しが大変な授業だった。御園も同じ授業に参加していたが、機械系は駄目らしく、何度やってもページが機能しないので僕がその都度手伝ってあげた。原因はスペースが全角になっていることがほとんどだった。
手伝ったお礼に、御園が肉まんを奢ってくれた。御園も同じものを頼んでいて、一緒に食べた。
彼の耳には僕があげたイヤーカフが光っていて、やはりよく似合っていた。
イヤーカフは御園の耳を傷付けないし、結構良い贈り物だったのではないかと思う。
僕はピアスを開けるとか、入れ墨を入れるとかを「親からもらった体を傷付けるなんて」って言って否定するつもりはない。僕としてもかっこいいと思うし、結局のところファッションには変わりないので好きにするべきだと思う。だけど、だからといってこちらからそういうものを贈るのはまた違うだろう。
御園の顔を見つめながら考えていると、顔に何かついているか、と聞かれたので、目と鼻と口がついていると答えておいた。
冴木さんから生活に困っていないかと定期的にLINEが来るので、「大丈夫です」とか「食べてます」とか送っているのだけど、御園が誰とLINEしているのかをしきりに聞いてきて、返答に困った。御園とは病室で会っているはずだし、言っても良いかもしれないけれど、有栖のマネージャーという立場の冴木さんから、万が一のことがないようにと口止めをされているのだ。御園には悪いけれど、僕みたいなのが有栖と繋がっているとバレて彼らに迷惑がかかるのも不本意だし、知り合いだと言って誤魔化すことにした。
有栖は今頃仕事だろうか。最近冬用新作コートやマフラー、裏起毛のズボンなどの広告用に仕事も増えているはずだ。住む世界が違うはずの人となんとなく知り合いだという事実がまだちょっと飲み込めなくて、でも彼が活躍しているのは何故だか嬉しかった。
小さく吐き出した息は、白い靄となって空中に消えていった。
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