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帰宅(有栖視点)
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2日はあっという間に過ぎた。
自分がモデルであるということも忘れて、周りの目も気にしないで過ごせたのは久しぶりのことで。今まで休みと言える休みがなかっただけに、ちゃんとした休日は一瞬で終わってしまった。
車内の俺の隣で寝ている遊紗の顔も、心做しか安らかに見えた。行く時は冴木の隣に座っていたようだが、帰りは俺の隣に座ってくれた。
俺も彼には何となく他の人と違う何かを感じていて、この2日でさらに距離が縮まったような気がしていた。
俺が彼の顔から目線を外すと、満足そうな顔の冴木がバックミラーに映っていた。結局この人の目的は何だったんだ。親心だか何だか言っていたが。
俺がジト目で見ると、彼は苦笑いしていた。
窓から見える景色は、山から平地へ、そして段々と見覚えのある風景へと移っていった。周りから自然が見えなくなって、帰ってきたという実感が湧いた。少し残念な気持ちになる。
明日からまた仕事だ。
冴木の車が細い路地を通って、どこかよく分からない場所に出る。そしてゆっくりと止まった。
「遊紗くん、着きましたよ」
寝起きのいいらしい彼は、その一言でむくりと起き上がると、くわっと欠伸をした。
「ありがとうございます」
礼を言って車から降りる。俺も見送りをしようと外に出ると、冴木も付いてきた。
「?」
周りを見渡してみるが、彼の家はそれらしいものが見当たらなかった。
「遊沙の家ってどこにあるんだ?」
遊沙がものすごく不思議そうな顔をした。
「え、あれだけど」
彼が指さす先にあったのは、今にも崩れそうな、家と呼べるかも怪しい何か。二階建てでそれぞれに五部屋ずつ、合計十部屋あるようだが、人が住んでいる気配はない。鉄筋はむき出しで、その鉄筋すら赤銅色に錆び付き、二階に上がる階段は登るのにかなり勇気がいるだろう。およそ人が住める建物ではなかった。
「廃屋……?」
「わお、失礼」
思わず出てしまった言葉を、遊沙は怒った風でもなく受け止めた。俺ははっと口元を抑えたが、彼は特に気にしていないようだった。
「住めば都、っていうでしょ」
いや、確かに言うがこれはちょっと無理がないか……? 雨風を凌ぐにしてもちゃんと防げているのか謎である。
「するよ。雨漏り」
するのかよ。防げてねえじゃねえか。住んでいても濡れる家は都と呼べるのか? 俺がそう聞くと、彼は水の都だよと言った。やかましいわ。
こんな家(?)に住んでいるということは、やはり食生活も切羽詰まっているのだろう。エビで喜ぶわけだ。
「普段何食べてるんだ?」
「んー、もやしかなー」
なるほどな。飼っている生き物が飼い主に似てくるというように、同じものばかり食っていると食品に似てくるのかもしれない。
「なんかまた失礼なこと考えてない?」
「いや、単純に筋肉ねえな、って思っただけだ」
「あるよ、ちゃんと」
ほら見てよこの力こぶ、と無感情で出された二の腕は、残念ながら欠片も盛り上がらなかった。なんだかだんだん哀れに思えてきて、この話はやめた。
若干の心配はあるものの、彼は今までここに暮らしてきたわけだし、今日明日で住処をなくす、なんてことはないだろう。余計なお節介はここまでにして、俺は彼と別れた。
遊沙はとんとんと階段を上っていく。……よりによって二階かよ。
「有栖、私が勝手に予定を立ててしまいましたが、ちゃんと休めましたか?」
車に戻って家へ向かう途中、冴木はそう聞いてきた。
「あ、はい。……なんか、遊沙といると調子狂いましたけど」
「アハハ、仲よさそうで安心したよ」
仲よさそうだったか? 俺は心の中で首を傾げながらも、悪い気はしなかった。
「また会いたくなったら、いつでも言ってね」
なんでこの人はこんなノリノリなんだ。本当にこの人はたまに何を考えているか分からない。
俺はため息を吐きながら、日が傾いてきた外を眺めていた。
自分がモデルであるということも忘れて、周りの目も気にしないで過ごせたのは久しぶりのことで。今まで休みと言える休みがなかっただけに、ちゃんとした休日は一瞬で終わってしまった。
車内の俺の隣で寝ている遊紗の顔も、心做しか安らかに見えた。行く時は冴木の隣に座っていたようだが、帰りは俺の隣に座ってくれた。
俺も彼には何となく他の人と違う何かを感じていて、この2日でさらに距離が縮まったような気がしていた。
俺が彼の顔から目線を外すと、満足そうな顔の冴木がバックミラーに映っていた。結局この人の目的は何だったんだ。親心だか何だか言っていたが。
俺がジト目で見ると、彼は苦笑いしていた。
窓から見える景色は、山から平地へ、そして段々と見覚えのある風景へと移っていった。周りから自然が見えなくなって、帰ってきたという実感が湧いた。少し残念な気持ちになる。
明日からまた仕事だ。
冴木の車が細い路地を通って、どこかよく分からない場所に出る。そしてゆっくりと止まった。
「遊紗くん、着きましたよ」
寝起きのいいらしい彼は、その一言でむくりと起き上がると、くわっと欠伸をした。
「ありがとうございます」
礼を言って車から降りる。俺も見送りをしようと外に出ると、冴木も付いてきた。
「?」
周りを見渡してみるが、彼の家はそれらしいものが見当たらなかった。
「遊沙の家ってどこにあるんだ?」
遊沙がものすごく不思議そうな顔をした。
「え、あれだけど」
彼が指さす先にあったのは、今にも崩れそうな、家と呼べるかも怪しい何か。二階建てでそれぞれに五部屋ずつ、合計十部屋あるようだが、人が住んでいる気配はない。鉄筋はむき出しで、その鉄筋すら赤銅色に錆び付き、二階に上がる階段は登るのにかなり勇気がいるだろう。およそ人が住める建物ではなかった。
「廃屋……?」
「わお、失礼」
思わず出てしまった言葉を、遊沙は怒った風でもなく受け止めた。俺ははっと口元を抑えたが、彼は特に気にしていないようだった。
「住めば都、っていうでしょ」
いや、確かに言うがこれはちょっと無理がないか……? 雨風を凌ぐにしてもちゃんと防げているのか謎である。
「するよ。雨漏り」
するのかよ。防げてねえじゃねえか。住んでいても濡れる家は都と呼べるのか? 俺がそう聞くと、彼は水の都だよと言った。やかましいわ。
こんな家(?)に住んでいるということは、やはり食生活も切羽詰まっているのだろう。エビで喜ぶわけだ。
「普段何食べてるんだ?」
「んー、もやしかなー」
なるほどな。飼っている生き物が飼い主に似てくるというように、同じものばかり食っていると食品に似てくるのかもしれない。
「なんかまた失礼なこと考えてない?」
「いや、単純に筋肉ねえな、って思っただけだ」
「あるよ、ちゃんと」
ほら見てよこの力こぶ、と無感情で出された二の腕は、残念ながら欠片も盛り上がらなかった。なんだかだんだん哀れに思えてきて、この話はやめた。
若干の心配はあるものの、彼は今までここに暮らしてきたわけだし、今日明日で住処をなくす、なんてことはないだろう。余計なお節介はここまでにして、俺は彼と別れた。
遊沙はとんとんと階段を上っていく。……よりによって二階かよ。
「有栖、私が勝手に予定を立ててしまいましたが、ちゃんと休めましたか?」
車に戻って家へ向かう途中、冴木はそう聞いてきた。
「あ、はい。……なんか、遊沙といると調子狂いましたけど」
「アハハ、仲よさそうで安心したよ」
仲よさそうだったか? 俺は心の中で首を傾げながらも、悪い気はしなかった。
「また会いたくなったら、いつでも言ってね」
なんでこの人はこんなノリノリなんだ。本当にこの人はたまに何を考えているか分からない。
俺はため息を吐きながら、日が傾いてきた外を眺めていた。
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