憂いの空と欠けた太陽

弟切 湊

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オフの日 Ⅱ(有栖視点)

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「というわけで、私は冴木拓人たくとだよ。よろしくね」
「一木遊沙です」
「……白沢しろさわ有栖」

ニコニコした冴木と、何かと縁のある青年と、状況の飲み込めない俺は三人でテーブルを囲んでいた。
ここは何処かの山奥にある夏用のコテージで、冴木からは一泊二日で息抜きをするという説明しかされないまま案内されたところだ。
朝から出て、こちらに付いたのは昼頃。俺が車で居眠りしている間に、いつの間にか三人になっていた。

アーモンド型の目を持つスーパーの店員こと、俺が気まぐれで助けた相手は遊沙というらしい。それは分かった。しかし、なぜ彼がここにいるのか。
冴木の気持ち悪い笑みを見る限り、奴の仕業なのは明らかだが、意図が全く分からない。
遊沙も遊沙で納得している訳ではなさそうだが、さりとて俺に興味津々とかそんなことも全くなく、ただあの無感情な目でこちらを見ているだけだった。


「あの時君を助けたのはね、本当は有栖なんだ」

冴木が何故か得意そうに言う。有栖は有名だから言わなかったけど、と付け足す。

「そうなんですか」

遊沙は柔らかい笑みを浮かべると、こちらに向かって礼を言ってきた。
遊沙の瞳には、僅かながら喜びの色が浮かんでいた。あんなに無感情だったのに、純粋な感謝の色が揺らめく瞳は、不思議と目が離せなかった。媚びも下心も、邪念すらも感じない瞳に見つめられるのは、変な気分だった。

調子が狂う。

「……別に。たまたま……だし」

思わず目を逸らしてしまう。本当だったら笑顔を浮かべて「当たり前のことをしただけだよ」とか、綺麗事を言ってこちらも媚びを売るのに、何故だかそれができなかった。
ただただ感謝されるということが、今までほとんどなかったからかもしれない。

目の端に、にまにましている冴木が映って余計気まずい。

「じゃあ、私は私で好きにしているから」

冴木は妙に嬉しそうなまま何処かに行ってしまった。やめろ、この子と二人っきりにするな。
しん……と沈黙が流れる。見合いだってもっとマシな空気だぞ。どうしてくれるんだ。

遊沙もこんなよく分からない状況に放り出されて困っているらしく、何か言おうと口を開きかけたり、以前の作り笑いを浮かべてみたりしていた。

「なあ」

遊沙が笑顔のままこちらを向く。

「無理に笑わなくていいから」

その笑顔が、カチンと固まった。

「えっ……と、すみません。不快でしたか?」
「違うし、敬語もいらない」

遊沙は困惑した様子で、作り笑いをやめた。ようやく瞳と釣り合う無表情になった。

「その、作り笑い、下手くそでし……下手くそだった?」

どことなく不安げだ。別に下手ではない。ただ俺は表情と目が合ってなかったから気付いただけで。
これだけその笑顔を浮かべるということは普段から使っているのだろうし、それを指摘されたから不安になったのだろう。

俺は目の話をした。スーパーで会った時から気になっていたことと、そのせいで作り笑いだと分かったということ。

「目、か……。目ってどうやったら笑えるの?」

「さあな。笑いたくなったら自然に笑えるだろ」

「なるほど」

また沈黙。せっかく話題を見つけたのに。




「ねえ、えっと、有栖?」

「ああ、いいよ有栖で」

「分かった。有栖は、休みたくてここに来てるんだよね」

「そうだ」

「だったら、僕にはかまわないで休んできて良いよ。置物とでも思ってくれたら良いから」

それは無理がある。だが、確かに無理して話す必要もないな。俺は少し悩んで、部屋で仮眠を取ることにした。

「お前は? どうするんだ?」

「僕は少し、散歩」

「そうか」

この子は元々声に感情が乗っていない。そこから作り笑いまで取ってしまったものだから、若干、というかかなりとっつきにくかった。
失敗だったか? いや、しかしずっとあの笑顔をされたらこっちまで疲れる。これで良かったはずだ。

俺は遊沙の背中を見送って、自室としてあてがわれた二階の部屋へ向かった。

ログハウスのような内装に、赤い絨毯。ベッドと机が一式ずつあって、ベッドの真上には天窓があった。木の良い香りがする。仕事続きだったというのもあるが、なんだか猛烈に眠くなってベッドにダイブした。車内で居眠りしたのにな。まあたまには気が済むまで寝てもいいか。

俺は右手を下にして横になり、枕を抱いて眠りについた。
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