憂いの空と欠けた太陽

弟切 湊

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嘘には嘘を Ⅲ(御園視点)

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物心ついたときから、オレは異常だということを理解していた。

オレと同じ性別の皆が好きになるのは、決まって女の子で。だけどオレは、オレと同じ性別の人しか好きになれなかった。
頑張って女の子を好きになろうとしてみたことも数回あった。ちょっと好きかな、って思った子に彼女になってもらったり、告白してみたり。

女の子は、賢い生き物だ。オレが彼女たちのことを愛せていないことなんて、すぐに見破られた。優しい子は丁寧にお断りしてくれて、自分に正直な子は辛辣な言葉を吐いて、オレの元から去った。
それでも心が痛まなかったことを考えると、やはり女性を愛すことはオレには無理なのだと悟った。

パソコンなどで調べてみると、オレみたいな人は一定数いるようで、どうやらゲイと呼ばれているようだった。
自分だけが変なのではないということに安堵感を覚えたことは、今でも記憶に残っている。
場合によっては差別の対象になることも。



遊沙と出会ったのは、そんなオレが高校二年になった時だった。一言で言うと、遊沙は変な奴だった。
本を読むことが好きで、いつもニコニコ笑っていた。そのくせ周囲に誰もいなくなると、ふっと感情が抜けて、冷淡な顔になる。それなりに勉強はできるのに、よくぼうっとしてうっかりミスをする。

ちぐはぐな様子が気になって目が離せなくなって、気付けばいつも彼と一緒にいた。彼のことを好きになってしまっていた。

そんな自分の気持ちに気付いたのは、オレの家に彼を呼んだときのことだった。
お金がないのか今にも崩れそうなボロアパートに住んでいる彼は、ゲームをやったことがないと言っていた。だからオレは、一緒にやってみようと誘ったのだった。

遊沙はそれなりに上手かった。彼は得意なものが少ないが、苦手なものも少ないようだった。どれも人並みにできて、だからといって突出してできるものもない。そんな人だった。

オレはふと、遊沙に言った。

「オレさあ、同性しか好きになれないんだよね」

どうして言ってしまったのか、自分でもわからない。最近LGBTQが認知されてきたとは言っても、倦厭けんえんされたり、奇異の目で見られたりすることなんて少なくない。
オレは言ってしまってから、遊沙との交友関係がなくなってしまうのではと恐れた。後悔した。
だけど、遊沙は、

「ふーん」

とだけ言った。オレが困惑していると、

「なに? そんなことで友人やめると思った?」

意味が分からない、というような顔をされた。その間も遊沙はゲーム機を離さない。オレが真剣に悩んでいるのに、遊沙はゲームの方が大事なようだった。

「じゃあ言うけど。僕、小中と学校で虐められてて、友達とかいなくて。家が唯一の居場所だったのに、去年喧嘩した矢先に二人とも事故で死んじゃってさ。人生踏んだり蹴ったりなの。そんなときに御園が声をかけてくれて、どれだけ僕が救われたか知ってる? 知らないでしょ」

いや、ホントに知らんわ。まじか、そんな暗い人生歩んできたのかよ。住処がボロいのはそういう事情か。

「これ、話したの御園が初めてだから」

オレだってゲイだと話したの、お前が初めてだよ。

結局オレの悩みなんて、トイレットペーパーみたいに簡単に流されて、だんだんどうでも良くなったんだ。

そこで、オレは悟った。

ああ、オレはコイツのことが好きなんだって。自分の悩みも全部打ち明けたいくらい好きだって。
そしてそれを何でもないことのように受け止めてくれる、そういうところも含めて大好きなんだって。

それからオレは、彼を絶対に幸せにしようって、もう辛い思いはさせないって、そう、決めたのに。


遊沙と連絡がつかなくなって、心配でこっそりアパートを見に行った。電気が付いていれば、疲れて寝ているのだろうから帰るつもりだった。だけど、電気どころか人のいる気配すらない。
バイトだって九時には終わっているはずで、遊沙はいつも寄り道しないからすぐ帰っているはずなのに。

不審に思ったけれどどうすることもできず、帰ろうとした時だった。

「何だったんだよ、さっきのグラサン野郎」
「てかお前、おれら置いてさっさと逃げやがったよな? お前が一番楽しんでたくせに」
「それな、言い出しっぺお前じゃん」
「は? お前らだって十分楽しんでただろうが」

同い年くらいの三人組が揉めながら歩いているのが見えた。不穏な会話をしている三人からさっさと離れようと、足早にすれ違った時。

「あーあ、もうちょっといたぶりたかったのにな」
「今度はもっと人来ないとこでやろうぜ」
「でも次はついて来ないんじゃね?」
「来るだろ、遊沙だし」

は? 遊沙? 見知った名前が聞こえてきた。こいつらが何かしたのか?
オレは奴らの後をつけながら話を盗み聞いて、ことの顛末を理解した。こいつらか。遊沙を虐めていたクソ野郎どもは。
パーカーのフードを深めに被る。大切な親友のためだし、ちょっとくらいやり過ぎても良いよな。
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