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冴木と遊沙
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重傷の彼は数日入院することになった。
俺が行くと目立つということで、冴木が院内に運んでくれた。俺は正義感とかで助けたわけじゃなく、単に見て見ぬ振りをして、翌日死んだなどというニュースが報道されたら寝覚めが悪いからそうしただけだ。だから、冴木のように良心を痛めている人が運んであげた方が、彼も嬉しいだろう。
親御さんに連絡した方が良いのではと思ったが、番号が分からないとどうにもならない。
回復を待つことにした。
冴木が面倒を見てくれるそうなので、俺は次の日からスケジュール通りに仕事に行った。
+++————————————————————————————————-+++
(冴木side)
まだ二十歳にもなっていないであろう青年は、穏やかな顔で横になっていた。身体には包帯が巻かれ、腕にはギプスがはめられていて痛々しい。
昨日有栖が突然車を降りて、かと思いきや彼を抱えて戻ってきたときは驚いた。息はあったけれども重傷なのは明らかで、有栖が助けなければどうなっていたかと思うとゾッとする。
一応警察には連絡したが、意識が戻ったら事情を聞くという。ついでに、スマホを開けて連絡先を調べられないかも聞いてみたが、傷の具合からそのうち意識を取り戻すだろうということで許可は出なかった。
大丈夫だとは思うが、もしこのまま目覚めなかったらどうしよう。
そんな考えが頭をよぎったちょうどその時。
「……ん」
彼の瞼がゆっくりと持ち上がって、その相貌に光が入った。眩しそうに瞬きをしている。
「あ、起きたかい?」
彼の目線はしばらく私の顔を不思議そうに見て、それから天上、壁、窓へと滑っていった。部屋を一周して再び私の顔へ。
「えっと……」
目はぼんやりしたまま困惑した表情を浮かべる。
「私は冴木というのだけど、君の名前は?」
「……あの、遊沙です。一木、遊沙」
意識ははっきりしているようだ。
「そう。ありがとう。遊沙くん、昨日何があったか、覚えているかな?」
怖がらせないように笑顔を浮かべて聞いてみる。
「あー……。えっと、確か、同級……えっと、知らない人に連れて行かれて、そこで蹴られたりしたような……」
「相手は、知らない人だったのかい?」
「その、はい。知らない人です」
知らない人間に、突然暴行されたのか。この辺りの治安は良いけれど、たまにそういうこともあるのかもしれない。きっととても怖かっただろうに、遊沙くんは随分落ち着いて見えた。
この分なら大丈夫だろう。有栖のことは伏せて、遊沙くんにかいつまんだ経緯を話す。
私のことも通りすがりの人間ということにしておいた。変に有栖のことを話して、混乱させるのは本意じゃない。
しばらくすると、遊沙くんと話しながら押しておいたナースコールのおかげで、看護師と医者と警察がやってきた。
遊沙くんは自力で起き上がってその四人ほどを迎えた。医者が彼を軽く診察する。……問題ないようだ。
医者たちが部屋を出て行くと、今度は警察が事情聴取を始めた。
聞いたのは大体私が聞いたことと同じだった。それに加えて、親御さんに連絡できるかどうかなど。
どれもしっかりと答えていて、どこかほっとする。
警察が帰った後、遊沙くんはスマホを起動した。そして小さく「うわっ」と言う。
「どうしたの?」
「いえ、ちょっと……」
遊沙くんは愛想笑いを浮かべて、左手でたどたどしく文字を打ち込んでいく。電話した方が早そうだ。
「遊沙くん、余計なお世話かもしれないけど、電話の方が早いかもしれないよ」
「あ、その、病院なので、電話しない方がいいかなと」
なるほど。それを気にしていたのか。
「確かにそうだけど、親御さん心配してるだろうし、かけてあげたら?」
「あ、親にはもう連絡してしまいました……。お気遣いしてくださったのにすみません……」
あ、もうしたのか。最近の子は文字を打つのが速い。申し訳なさそうな遊沙くんに気にしないでと伝えて、私も有栖に連絡を入れた。
返事は数分後に来て、「分かりました」とだけ。
助けたのは有栖なのだから、もう少し気にかければ良いのに。……仕事が忙しいから、仕方ないか。
私もたまには有栖の仕事を断って、オフの日を作ってみるべきかもしれない。
この際だ、遊沙くんが良くなる頃を見計らって、三人で息抜きでもしよう。遊沙くんには申し訳ないが巻き込まれてもらう。助けたのが有栖だと知ったら、遊沙くんはどんな反応をするだろうか。
有栖が他人を助けるなんて初めてのことで。偶然であっても期待してしまう。
有栖の友人となってくれるかもしれないと。
俺が行くと目立つということで、冴木が院内に運んでくれた。俺は正義感とかで助けたわけじゃなく、単に見て見ぬ振りをして、翌日死んだなどというニュースが報道されたら寝覚めが悪いからそうしただけだ。だから、冴木のように良心を痛めている人が運んであげた方が、彼も嬉しいだろう。
親御さんに連絡した方が良いのではと思ったが、番号が分からないとどうにもならない。
回復を待つことにした。
冴木が面倒を見てくれるそうなので、俺は次の日からスケジュール通りに仕事に行った。
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(冴木side)
まだ二十歳にもなっていないであろう青年は、穏やかな顔で横になっていた。身体には包帯が巻かれ、腕にはギプスがはめられていて痛々しい。
昨日有栖が突然車を降りて、かと思いきや彼を抱えて戻ってきたときは驚いた。息はあったけれども重傷なのは明らかで、有栖が助けなければどうなっていたかと思うとゾッとする。
一応警察には連絡したが、意識が戻ったら事情を聞くという。ついでに、スマホを開けて連絡先を調べられないかも聞いてみたが、傷の具合からそのうち意識を取り戻すだろうということで許可は出なかった。
大丈夫だとは思うが、もしこのまま目覚めなかったらどうしよう。
そんな考えが頭をよぎったちょうどその時。
「……ん」
彼の瞼がゆっくりと持ち上がって、その相貌に光が入った。眩しそうに瞬きをしている。
「あ、起きたかい?」
彼の目線はしばらく私の顔を不思議そうに見て、それから天上、壁、窓へと滑っていった。部屋を一周して再び私の顔へ。
「えっと……」
目はぼんやりしたまま困惑した表情を浮かべる。
「私は冴木というのだけど、君の名前は?」
「……あの、遊沙です。一木、遊沙」
意識ははっきりしているようだ。
「そう。ありがとう。遊沙くん、昨日何があったか、覚えているかな?」
怖がらせないように笑顔を浮かべて聞いてみる。
「あー……。えっと、確か、同級……えっと、知らない人に連れて行かれて、そこで蹴られたりしたような……」
「相手は、知らない人だったのかい?」
「その、はい。知らない人です」
知らない人間に、突然暴行されたのか。この辺りの治安は良いけれど、たまにそういうこともあるのかもしれない。きっととても怖かっただろうに、遊沙くんは随分落ち着いて見えた。
この分なら大丈夫だろう。有栖のことは伏せて、遊沙くんにかいつまんだ経緯を話す。
私のことも通りすがりの人間ということにしておいた。変に有栖のことを話して、混乱させるのは本意じゃない。
しばらくすると、遊沙くんと話しながら押しておいたナースコールのおかげで、看護師と医者と警察がやってきた。
遊沙くんは自力で起き上がってその四人ほどを迎えた。医者が彼を軽く診察する。……問題ないようだ。
医者たちが部屋を出て行くと、今度は警察が事情聴取を始めた。
聞いたのは大体私が聞いたことと同じだった。それに加えて、親御さんに連絡できるかどうかなど。
どれもしっかりと答えていて、どこかほっとする。
警察が帰った後、遊沙くんはスマホを起動した。そして小さく「うわっ」と言う。
「どうしたの?」
「いえ、ちょっと……」
遊沙くんは愛想笑いを浮かべて、左手でたどたどしく文字を打ち込んでいく。電話した方が早そうだ。
「遊沙くん、余計なお世話かもしれないけど、電話の方が早いかもしれないよ」
「あ、その、病院なので、電話しない方がいいかなと」
なるほど。それを気にしていたのか。
「確かにそうだけど、親御さん心配してるだろうし、かけてあげたら?」
「あ、親にはもう連絡してしまいました……。お気遣いしてくださったのにすみません……」
あ、もうしたのか。最近の子は文字を打つのが速い。申し訳なさそうな遊沙くんに気にしないでと伝えて、私も有栖に連絡を入れた。
返事は数分後に来て、「分かりました」とだけ。
助けたのは有栖なのだから、もう少し気にかければ良いのに。……仕事が忙しいから、仕方ないか。
私もたまには有栖の仕事を断って、オフの日を作ってみるべきかもしれない。
この際だ、遊沙くんが良くなる頃を見計らって、三人で息抜きでもしよう。遊沙くんには申し訳ないが巻き込まれてもらう。助けたのが有栖だと知ったら、遊沙くんはどんな反応をするだろうか。
有栖が他人を助けるなんて初めてのことで。偶然であっても期待してしまう。
有栖の友人となってくれるかもしれないと。
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