憂いの空と欠けた太陽

弟切 湊

文字の大きさ
上 下
6 / 142

最悪な一日(有栖視点)

しおりを挟む
俺はまたイライラしていた。
こめかみに血管が浮かないように気を付けながら、ただひたすらニコニコする。

今日は朝から別のモデルとの合同撮影の日なのだが、その相手のモデルが一向に現れないのだ。
俺だってあの日遅れたのだから許容して然るべきなのだが、あまりに遅すぎる。
その上、連絡すらつかないというおまけ付き。イライラしない方がおかしい。

「ごめんね、有栖君。もうすぐ来ると思うから、もうちょっと待っててくれる?」

現場監督もかなり困っているようだ。そんなことを言ってくれているが、連絡もつかない相手がもうすぐ来る保証など全くない。

「いえいえ。きっと何か大事なご用事でもあるのでしょう」

いろんな人間のスケジュールが関わっている撮影に無断で遅刻できるような、そんな大事な用事がな。
俺は冴木と話したり、髪や衣装を直したりして時間を潰した。本当ならもっとのんびりしたかった時間を割いて、この撮影に参加しているというのに。良いご身分なもんだ。

結局、相手が来たのは撮影開始時刻から五時間後だった。

「すんません! 道路が渋滞してて、遅れました! 本当にすみません!」

顔を青ざめさせながら平謝りしてくる撮影相手。もうイライラも通り越して呆れていた。鏡見ろ。寝癖付いてるぞ。
彼は最近人気急上昇中の後輩モデルで、年も近いので、言わば俺のライバルだ。だけど、この分ならしばらく抜かされることはないだろう。助かる。収入が減るのは困るからな。

彼の準備に一時間ほど待たされて、撮影が始まったのはおやつの時間頃。撮影中も彼は強張ってばっかりでなかなか進まず、終わったのは五時頃だった。若いんだし、人間だから失敗もあるだろう。でも、そう言って笑って許せるほど、俺の心は広くなかった。

午後も撮影の予定が入っていたが、冴木がキャンセルした。ドタキャンにならなかっただけマシか。

「有栖はカルシウム摂った方がいいかもね。ちょっと苛つき過ぎ」

帰りの車で冴木が言った。笑っているが、目は心配そうだった。精神衛生上良くないと思っているのだろう。

「あー……、煮干し食べます」
「アハハ、猫じゃないんだから」

冴木は魚料理でも作るよ、と言ってくれた。
冴木のおかげで毒気が抜かれた俺は、窓を開けて外を見ていた。

赤信号で止まったのは、ただの偶然だった。

下品な笑い声が耳についた。眉をひそめながら見やると、路地の奥で三人の人間が何かを蹴りつけているのが見えた。とてもとても楽しそうに、蹴ったり踏みつけたり、水をかけたりしている。
何を蹴っているのだろうと、目を凝らした俺は、絶句した。
三人の足の間から、人の手のようなものが見えたのだ。

「冴木さん……」
「ん? どうしたの?」
「ちょっと車止めて」

敬語にするのも忘れて、俺はどう助けようかと考えていた。

「え? いいけど……。本当にどうしたの?」
「ちょっと用事」

困惑する冴木の荷物から帽子を奪い、髪を中に押し込む。自分のサングラスをかけると、道端に止まった車から飛び出した。
背後から静かに奴らに近付く。後ろから覗くと、小柄な青年がピクリとも動かずに倒れていた。

「おい」

俺が声に怒気を込めて話しかけると、三人はビクリと振り返った。先程までのハイテンションはなりを潜め、冷や水を浴びせられたかのような顔をしている。
一人が一目散に逃げ出した。取り残された二人はオロオロと慌てた後、悪態をつきながら逃げ去った。
俺はそれを見送って、そこにしゃがみ込むと被害者の様子をうかがった。

白いシャツはびしょびしょで薄汚れ、靴跡が大量についている。さらに、ところどころを何かで切り裂かれ、その下の肌から血が滲んでいた。ボサボサの髪からは毛が何本も抜け落ち、シャツの上に散らばっている。

これは酷いな。

俺はため息をつきながら身体の下に手を入れ、そっと抱き起こした。首に鬱血した痕がある。首まで絞められたのか。

「大丈夫か?」

揺すりながら声をかけると、小さく呻いた。死んではいないようだ。ほっとして、お姫様抱っこの要領で抱き上げると、彼が身を捩って苦しそうな声を出した。何処か痛むのかと身体を確認して、右腕が明らかにおかしな方向に曲がっているのが見えた。
確実に折れている。痛いはずだ。

腕をあまり動かさないように気を付けながら、車内に戻る。

「有栖、その子……」
「そこで、襲われてて」
「……分かった。すぐに病院に向かうよ」
「ありがとう。……ございます」
「いえいえ」

腕の中の青年を見下ろして、はっとする。
いつかのスーパーの店員ではないか。外は薄暗くなっていて、全く気付かなかった。
こんな偶然があるとは、世の中不思議なものだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

その瞳の先

sherry
BL
「お前だから守ってきたけど、もういらないね」 転校生が来てからすべてが変わる 影日向で支えてきた親衛隊長の物語 初投稿です。 お手柔らかに(笑)

心からの愛してる

マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。 全寮制男子校 嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります ※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください

春を拒む【完結】

璃々丸
BL
 日本有数の財閥三男でΩの北條院環(ほうじょういん たまき)の目の前には見るからに可憐で儚げなΩの女子大生、桜雛子(さくら ひなこ)が座っていた。 「ケイト君を解放してあげてください!」  大きなおめめをうるうるさせながらそう訴えかけてきた。  ケイト君────諏訪恵都(すわ けいと)は環の婚約者であるαだった。  環とはひとまわり歳の差がある。この女はそんな環の負い目を突いてきたつもりだろうが、『こちとらお前等より人生経験それなりに積んどんねん────!』  そう簡単に譲って堪るか、と大人げない反撃を開始するのであった。  オメガバな設定ですが設定は緩めで独自設定があります、ご注意。 不定期更新になります。   

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

甘々彼氏

すずかけあおい
BL
15歳の年の差のせいか、敦朗さんは俺をやたら甘やかす。 攻めに甘やかされる受けの話です。 〔攻め〕敦朗(あつろう)34歳・社会人 〔受け〕多希(たき)19歳・大学一年

嫌われ者の僕が学園を去る話

おこげ茶
BL
嫌われ者の男の子が学園を去って生活していく話です。 一旦ものすごく不幸にしたかったのですがあんまなってないかもです…。 最終的にはハピエンの予定です。 Rは書けるかわからなくて入れるか迷っているので今のところなしにしておきます。 ↓↓↓ 微妙なやつのタイトルに※つけておくので苦手な方は自衛お願いします。 設定ガバガバです。なんでも許せる方向け。 不定期更新です。(目標週1) 勝手もわかっていない超初心者が書いた拙い文章ですが、楽しんでいただければ幸いです。 誤字などがありましたらふわふわ言葉で教えて欲しいです。爆速で修正します。

学園の天使は今日も嘘を吐く

まっちゃ
BL
「僕って何で生きてるんだろ、、、?」 家族に幼い頃からずっと暴言を言われ続け自己肯定感が低くなってしまい、生きる希望も持たなくなってしまった水無瀬瑠依(みなせるい)。高校生になり、全寮制の学園に入ると生徒会の会計になったが家族に暴言を言われたのがトラウマになっており素の自分を出すのが怖くなってしまい、嘘を吐くようになる ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿です。文がおかしいところが多々あると思いますが温かい目で見てくれると嬉しいです。

いとしの生徒会長さま

もりひろ
BL
大好きな親友と楽しい高校生活を送るため、急きょアメリカから帰国した俺だけど、編入した学園は、とんでもなく変わっていた……! しかも、生徒会長になれとか言われるし。冗談じゃねえっつの!

処理中です...