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神々の遊び
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「ゆ~さっ」
ドン、と後ろから抱き付かれて、僕は我に返った。
授業は終わっていて、皆がザワザワと談笑したり、帰って行ったりしている。授業中に考え事をしていて、終わったことに気付かなかったのだ。
「なに?」
僕はとりあえず返事をする。
「またボーッとしてたの?」
「うん」
「ったく、遊沙はボケッとしてるから将来心配だよ」
「それはどーも」
見上げると、ぴょんぴょん跳ねた灰色の髪が見える。
高校からの付き合いで、今のところ一番仲が良い友人の御園は、チャラチャラした見た目とは裏腹に面倒見の良い人だった。髪色と髪型から狼っぽいが、その挙動は重々しくなく、どちらかというとシベリアンハスキーといった感じだ。
「あれ以来、有栖に会ったか?」
「いや、全然」
有栖はあの一回以来、全く来店しなかった。綺麗だな、と思ったくらいで別段気にも留めていないので、正直気にならないのだが、御園は気になっているようだ。
「そっか。実際どんな人なのか会ってみたかったんだけどなー」
確かに最近の写真はいくらでも加工できるから、実際本当に綺麗なのか確かめたいのかもしれない。
彼が来ない理由はなんとなく分かる。
僕が働いているスーパーはかなり人が来るし、有栖みたいな有名人はキャーキャー騒がれて買い物どころじゃないのだろう。有名人というのも大変だ。
「遊沙は次授業だっけ?」
「うん。歴史学入門のやつ」
「あー、あれか。オレ、今日はもう授業ないけど、どうする? 一緒に帰るなら待ってるけど」
「ありがと。でも大丈夫。待ってる間暇だろうし、先帰って良いよ」
「おけ、じゃーまた明日なー」
「うん、ばいばい」
御園と僕は良く一緒に帰っているが、授業が合わなければ一緒に帰らないこともざらだ。
だから別に何とも思わなかったのだが、帰り道にそれは起こった。
「あれ、遊沙じゃん」
「ホントだ、おっひさ~」
「てか髪伸びた?」
一番聞きたくない声というのは、どうしてか耳に入ってきてしまう。
「あ……久しぶり」
僕はぎこちなく笑みを返した。
彼らは中学二年生の時、僕に無理矢理エロ本を見せようとした三人組だった。柔軟性のなかった僕は、全力で拒否して彼らの機嫌を損ねてしまった。
次の日、僕の引き出しからエロ本が見つかって、教室で先生から公開処刑された上に、女子たちからは冷ややかな目で見られた。その後中学を卒業するまで”ムッツリスケベ野郎”の烙印が押されたのは言うまでもない。
また、それによって、僕が彼らに何をされていようと、学校中に無視をされることになった。
「なー、久しぶりに会ったんだしさ、ちょっと遊んでいかね?」
「おー、いいな! ゲーセンとかどうよ?」
「いいんじゃね?」
僕が嫌な気分になっていることを知ってか知らずか、彼らはそんな提案をしてきた。あれからかなり経っているし、彼らの方はとっくに忘れているのかもしれない。身勝手だと思う気持ちと、どこかほっとした気持ちとが鬩ぎ合った。
断れなかったというのもあるけど、のこのこと彼らについて行った僕はきっと馬鹿なのだろう。
連れて行かれた場所は、ゲーセンなどではなかった。
薄暗い路地の奥で、肩を押されてよろける。背中に冷たいコンクリートの壁が触れた。
「あははっ! やっぱ遊沙は変わんないねー」
「それな、のこのこついてきちゃってさあ」
「遊沙で遊ぶの楽しいからさ、付き合ってくれるよな? なあ」
逃げ場のない状況で無理だとは言えなかった。
腹に蹴りが入って膝から崩れると、髪を掴まれて無理矢理顔を上げさせられる。後はひたすらサンドバッグ状態。
当時は慣れきっていた僕は、久しぶりに感じる痛みに懐かしさすら覚えていた。
仕返しはしない。確実に倍返しされるし、やり返さなければ誰かに助けられたときに100パーセント相手のせいにできるからだ。まあ、今まで助けられたことなんてないのだけど。
四方八方から浴びせられる蹴りに丸くなって耐えていると、一人がおもむろに僕の胸ぐらを掴んだ。
突然首が絞まった僕が慌てて起き上がる。そして、胸ぐらを掴む手を退かそうと手を上げると、一人が笑ったのが見えた。その意味を理解できないうちに、そいつの足が僕の腕に振り下ろされる。
僕の右側から歪な音が響いた。
一瞬遅れて息も出来なくなるような痛みが脳内を暴れ回った。
「~~っ!」
無言で悶えている僕を見て、彼らはぎゃははと楽しそうに嗤った。結局首は絞まったままで、意識が朦朧としてきた。
やりたいことはたくさんあるけれど、だからといって心残りもない。もうこのまま死んでもいいや。
不思議と冷静なまま、僕は意識を手放した。
ドン、と後ろから抱き付かれて、僕は我に返った。
授業は終わっていて、皆がザワザワと談笑したり、帰って行ったりしている。授業中に考え事をしていて、終わったことに気付かなかったのだ。
「なに?」
僕はとりあえず返事をする。
「またボーッとしてたの?」
「うん」
「ったく、遊沙はボケッとしてるから将来心配だよ」
「それはどーも」
見上げると、ぴょんぴょん跳ねた灰色の髪が見える。
高校からの付き合いで、今のところ一番仲が良い友人の御園は、チャラチャラした見た目とは裏腹に面倒見の良い人だった。髪色と髪型から狼っぽいが、その挙動は重々しくなく、どちらかというとシベリアンハスキーといった感じだ。
「あれ以来、有栖に会ったか?」
「いや、全然」
有栖はあの一回以来、全く来店しなかった。綺麗だな、と思ったくらいで別段気にも留めていないので、正直気にならないのだが、御園は気になっているようだ。
「そっか。実際どんな人なのか会ってみたかったんだけどなー」
確かに最近の写真はいくらでも加工できるから、実際本当に綺麗なのか確かめたいのかもしれない。
彼が来ない理由はなんとなく分かる。
僕が働いているスーパーはかなり人が来るし、有栖みたいな有名人はキャーキャー騒がれて買い物どころじゃないのだろう。有名人というのも大変だ。
「遊沙は次授業だっけ?」
「うん。歴史学入門のやつ」
「あー、あれか。オレ、今日はもう授業ないけど、どうする? 一緒に帰るなら待ってるけど」
「ありがと。でも大丈夫。待ってる間暇だろうし、先帰って良いよ」
「おけ、じゃーまた明日なー」
「うん、ばいばい」
御園と僕は良く一緒に帰っているが、授業が合わなければ一緒に帰らないこともざらだ。
だから別に何とも思わなかったのだが、帰り道にそれは起こった。
「あれ、遊沙じゃん」
「ホントだ、おっひさ~」
「てか髪伸びた?」
一番聞きたくない声というのは、どうしてか耳に入ってきてしまう。
「あ……久しぶり」
僕はぎこちなく笑みを返した。
彼らは中学二年生の時、僕に無理矢理エロ本を見せようとした三人組だった。柔軟性のなかった僕は、全力で拒否して彼らの機嫌を損ねてしまった。
次の日、僕の引き出しからエロ本が見つかって、教室で先生から公開処刑された上に、女子たちからは冷ややかな目で見られた。その後中学を卒業するまで”ムッツリスケベ野郎”の烙印が押されたのは言うまでもない。
また、それによって、僕が彼らに何をされていようと、学校中に無視をされることになった。
「なー、久しぶりに会ったんだしさ、ちょっと遊んでいかね?」
「おー、いいな! ゲーセンとかどうよ?」
「いいんじゃね?」
僕が嫌な気分になっていることを知ってか知らずか、彼らはそんな提案をしてきた。あれからかなり経っているし、彼らの方はとっくに忘れているのかもしれない。身勝手だと思う気持ちと、どこかほっとした気持ちとが鬩ぎ合った。
断れなかったというのもあるけど、のこのこと彼らについて行った僕はきっと馬鹿なのだろう。
連れて行かれた場所は、ゲーセンなどではなかった。
薄暗い路地の奥で、肩を押されてよろける。背中に冷たいコンクリートの壁が触れた。
「あははっ! やっぱ遊沙は変わんないねー」
「それな、のこのこついてきちゃってさあ」
「遊沙で遊ぶの楽しいからさ、付き合ってくれるよな? なあ」
逃げ場のない状況で無理だとは言えなかった。
腹に蹴りが入って膝から崩れると、髪を掴まれて無理矢理顔を上げさせられる。後はひたすらサンドバッグ状態。
当時は慣れきっていた僕は、久しぶりに感じる痛みに懐かしさすら覚えていた。
仕返しはしない。確実に倍返しされるし、やり返さなければ誰かに助けられたときに100パーセント相手のせいにできるからだ。まあ、今まで助けられたことなんてないのだけど。
四方八方から浴びせられる蹴りに丸くなって耐えていると、一人がおもむろに僕の胸ぐらを掴んだ。
突然首が絞まった僕が慌てて起き上がる。そして、胸ぐらを掴む手を退かそうと手を上げると、一人が笑ったのが見えた。その意味を理解できないうちに、そいつの足が僕の腕に振り下ろされる。
僕の右側から歪な音が響いた。
一瞬遅れて息も出来なくなるような痛みが脳内を暴れ回った。
「~~っ!」
無言で悶えている僕を見て、彼らはぎゃははと楽しそうに嗤った。結局首は絞まったままで、意識が朦朧としてきた。
やりたいことはたくさんあるけれど、だからといって心残りもない。もうこのまま死んでもいいや。
不思議と冷静なまま、僕は意識を手放した。
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