4 / 142
アーモンド形の目(有栖視点)
しおりを挟む
ああ、イライラする。
俺の足は先程から貧乏揺すりが止まらない。
原因は簡単なことで、単純に渋滞に填まったからだ。
元々好きでやっているわけではない仕事だ。イライラが募るのは仕方のないこと。そう割り切っている。
運転手をしてくれているマネージャーに当たるのも筋違いだ。
なのだけど、どうしても誰かにぶつけたくなってしまう。
容姿は、生まれたときから整っていたらしい。看護師さんたちにちやほやされたと母が自慢げに話していた。
俺が望まなくても、こういう道に行くというレールは敷かれていた。
母も父もその他たくさんの人間も、俺の容姿を褒め、努力して手に入れた学力も運動神経も、
「才能だね」
の一言で片付ける。そのくせ”容姿の良い俺”に気に入られようと蛾のように群がってくる。
気色悪いったらありゃしない。
だけど、それをおくびにも出さないように努力している。ちょっとでも出すと、
「性格が悪い」
「失望した」
「こんな人だったの?」
だのと好き勝手レッテルを貼られるからだ。本当にウザい。
勝手にモデルにしたのは周囲だろうに、一体何を期待しているんだか。
いっそのこと俺がとんでもないナルシストで、自分の容姿が大好きだったなら良かったのにと何度思ったことか。
口から嘆息が漏れる。
「有栖、あんまりイライラしないで」
マネージャーの冴木が苦笑いしながら言ってきた。冴木は長年俺のマネージャーをやってくれているせいか、俺のことをそれなりに分かってくれている。
「すみません、つい」
「まあ、気持ちは分かるよ。次の仕事が迫ってるし」
「気分転換にスーパー寄るから、何か買っておいで。ただし急いで、ね」
「ありがとうございます」
冴木はここらで有名なスーパーに車を止めた。ここは目立つので普段使わないが、有事なので仕方ない。
俺は冴木を車に残して、何か探しに行った。サングラスをかけているとはいえ、身長が高いせいで目立ってしまう。さっさと済ませなければ。
「あのー、すみません。もしかしてモデルの……」
「人違いです」
数回声をかけられたが、全てに即答で返して、カゴに駄菓子を詰め込む。俺の好物なのだが、冴木はいつも微妙な顔をする。
好きな駄菓子をかき集めるとレジに向かった。一番空いているレジに並ぶ。
この列は店員の手際が良く、客がどんどん捌かれていった。助かる。
「いらっしゃいませ」
完璧な営業スマイルで俺を迎えたのは、比較的小柄な青年だった。男にしては長めの黒髪を耳にかけ、残りはさらりと頬にかかっていた。小動物を思わせるアーモンド形の黒目は、商品を精算するために忙しなく動いている。
「……?」
何か、変な気分だった。普通、人間からは嫌な気配しか感じない。
その主立った原因は目だ。
羨望、心酔、嘲笑、嫉妬、憎悪。
どんな人間も皆、目に感情が表れる。どれだけ偽の笑顔を浮かべても、どれだけ口で褒め称えても、目を見れば本当の気持ちなんてすぐ分かる。
ずっとそういう視線に晒されてきたのだから当たり前だ。
なのに、目の前の彼の感情は、全く分からなかった。
無、だった。
顔には完璧な営業スマイルが張り付いていて、動きも態度も人当たりの良い店員そのものであるのに、目だけが何の感情も映していない。暗い穴を覗き込んだときのような、でも恐怖ではなく魅入られるような、不思議な目だった。
無意識に声をかけようとしていたらしい。店員がコテンと首を傾げた。笑顔のまま傾けられる頭は、若干不気味だった。
「有栖! 早く!」
俺がどうしようか迷っていると、冴木の声が飛んできた。俺がモタモタしているから呼びに来たらしい。
思わず舌打ちをしてしまう。
言われなくても分かっている。
「今行く!」
俺は叫び返して店を後にした。
「また、駄菓子ばっかり……」
「安くて美味いので」
結局、撮影には遅刻して、相手方には、
「有栖君だからいいよ」
と媚びを売られた。
撮影後に急にアーモンドチョコレートを食べたくなって、コンビニに買いに行った。
俺の足は先程から貧乏揺すりが止まらない。
原因は簡単なことで、単純に渋滞に填まったからだ。
元々好きでやっているわけではない仕事だ。イライラが募るのは仕方のないこと。そう割り切っている。
運転手をしてくれているマネージャーに当たるのも筋違いだ。
なのだけど、どうしても誰かにぶつけたくなってしまう。
容姿は、生まれたときから整っていたらしい。看護師さんたちにちやほやされたと母が自慢げに話していた。
俺が望まなくても、こういう道に行くというレールは敷かれていた。
母も父もその他たくさんの人間も、俺の容姿を褒め、努力して手に入れた学力も運動神経も、
「才能だね」
の一言で片付ける。そのくせ”容姿の良い俺”に気に入られようと蛾のように群がってくる。
気色悪いったらありゃしない。
だけど、それをおくびにも出さないように努力している。ちょっとでも出すと、
「性格が悪い」
「失望した」
「こんな人だったの?」
だのと好き勝手レッテルを貼られるからだ。本当にウザい。
勝手にモデルにしたのは周囲だろうに、一体何を期待しているんだか。
いっそのこと俺がとんでもないナルシストで、自分の容姿が大好きだったなら良かったのにと何度思ったことか。
口から嘆息が漏れる。
「有栖、あんまりイライラしないで」
マネージャーの冴木が苦笑いしながら言ってきた。冴木は長年俺のマネージャーをやってくれているせいか、俺のことをそれなりに分かってくれている。
「すみません、つい」
「まあ、気持ちは分かるよ。次の仕事が迫ってるし」
「気分転換にスーパー寄るから、何か買っておいで。ただし急いで、ね」
「ありがとうございます」
冴木はここらで有名なスーパーに車を止めた。ここは目立つので普段使わないが、有事なので仕方ない。
俺は冴木を車に残して、何か探しに行った。サングラスをかけているとはいえ、身長が高いせいで目立ってしまう。さっさと済ませなければ。
「あのー、すみません。もしかしてモデルの……」
「人違いです」
数回声をかけられたが、全てに即答で返して、カゴに駄菓子を詰め込む。俺の好物なのだが、冴木はいつも微妙な顔をする。
好きな駄菓子をかき集めるとレジに向かった。一番空いているレジに並ぶ。
この列は店員の手際が良く、客がどんどん捌かれていった。助かる。
「いらっしゃいませ」
完璧な営業スマイルで俺を迎えたのは、比較的小柄な青年だった。男にしては長めの黒髪を耳にかけ、残りはさらりと頬にかかっていた。小動物を思わせるアーモンド形の黒目は、商品を精算するために忙しなく動いている。
「……?」
何か、変な気分だった。普通、人間からは嫌な気配しか感じない。
その主立った原因は目だ。
羨望、心酔、嘲笑、嫉妬、憎悪。
どんな人間も皆、目に感情が表れる。どれだけ偽の笑顔を浮かべても、どれだけ口で褒め称えても、目を見れば本当の気持ちなんてすぐ分かる。
ずっとそういう視線に晒されてきたのだから当たり前だ。
なのに、目の前の彼の感情は、全く分からなかった。
無、だった。
顔には完璧な営業スマイルが張り付いていて、動きも態度も人当たりの良い店員そのものであるのに、目だけが何の感情も映していない。暗い穴を覗き込んだときのような、でも恐怖ではなく魅入られるような、不思議な目だった。
無意識に声をかけようとしていたらしい。店員がコテンと首を傾げた。笑顔のまま傾けられる頭は、若干不気味だった。
「有栖! 早く!」
俺がどうしようか迷っていると、冴木の声が飛んできた。俺がモタモタしているから呼びに来たらしい。
思わず舌打ちをしてしまう。
言われなくても分かっている。
「今行く!」
俺は叫び返して店を後にした。
「また、駄菓子ばっかり……」
「安くて美味いので」
結局、撮影には遅刻して、相手方には、
「有栖君だからいいよ」
と媚びを売られた。
撮影後に急にアーモンドチョコレートを食べたくなって、コンビニに買いに行った。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
23
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる