憂いの空と欠けた太陽

弟切 湊

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アーモンド形の目(有栖視点)

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ああ、イライラする。

俺の足は先程から貧乏揺すりが止まらない。
原因は簡単なことで、単純に渋滞に填まったからだ。


元々好きでやっているわけではない仕事だ。イライラが募るのは仕方のないこと。そう割り切っている。
運転手をしてくれているマネージャーに当たるのも筋違いだ。
なのだけど、どうしても誰かにぶつけたくなってしまう。


容姿は、生まれたときから整っていたらしい。看護師さんたちにちやほやされたと母が自慢げに話していた。
俺が望まなくても、こういう道に行くというレールは敷かれていた。

母も父もその他たくさんの人間も、俺の容姿を褒め、努力して手に入れた学力も運動神経も、

「才能だね」

の一言で片付ける。そのくせ”容姿の良い俺”に気に入られようと蛾のように群がってくる。
気色悪いったらありゃしない。
だけど、それをおくびにも出さないように努力している。ちょっとでも出すと、

「性格が悪い」
「失望した」
「こんな人だったの?」

だのと好き勝手レッテルを貼られるからだ。本当にウザい。
勝手にモデルにしたのは周囲だろうに、一体何を期待しているんだか。
いっそのこと俺がとんでもないナルシストで、自分の容姿が大好きだったなら良かったのにと何度思ったことか。



口から嘆息が漏れる。

「有栖、あんまりイライラしないで」

マネージャーの冴木さえきが苦笑いしながら言ってきた。冴木は長年俺のマネージャーをやってくれているせいか、俺のことをそれなりに分かってくれている。

「すみません、つい」
「まあ、気持ちは分かるよ。次の仕事が迫ってるし」

「気分転換にスーパー寄るから、何か買っておいで。ただし急いで、ね」
「ありがとうございます」

冴木はここらで有名なスーパーに車を止めた。ここは目立つので普段使わないが、有事なので仕方ない。
俺は冴木を車に残して、何か探しに行った。サングラスをかけているとはいえ、身長が高いせいで目立ってしまう。さっさと済ませなければ。

「あのー、すみません。もしかしてモデルの……」
「人違いです」

数回声をかけられたが、全てに即答で返して、カゴに駄菓子を詰め込む。俺の好物なのだが、冴木はいつも微妙な顔をする。
好きな駄菓子をかき集めるとレジに向かった。一番空いているレジに並ぶ。
この列は店員の手際が良く、客がどんどん捌かれていった。助かる。

「いらっしゃいませ」

完璧な営業スマイルで俺を迎えたのは、比較的小柄な青年だった。男にしては長めの黒髪を耳にかけ、残りはさらりと頬にかかっていた。小動物を思わせるアーモンド形の黒目は、商品を精算するために忙しなく動いている。

「……?」

何か、変な気分だった。普通、人間からは嫌な気配しか感じない。
その主立った原因は目だ。

羨望、心酔、嘲笑、嫉妬、憎悪。

どんな人間も皆、目に感情が表れる。どれだけ偽の笑顔を浮かべても、どれだけ口で褒め称えても、目を見れば本当の気持ちなんてすぐ分かる。
ずっとそういう視線に晒されてきたのだから当たり前だ。

なのに、目の前の彼の感情は、全く分からなかった。

無、だった。

顔には完璧な営業スマイルが張り付いていて、動きも態度も人当たりの良い店員そのものであるのに、目だけが何の感情も映していない。暗い穴を覗き込んだときのような、でも恐怖ではなく魅入られるような、不思議な目だった。

無意識に声をかけようとしていたらしい。店員がコテンと首を傾げた。笑顔のまま傾けられる頭は、若干不気味だった。

「有栖! 早く!」

俺がどうしようか迷っていると、冴木の声が飛んできた。俺がモタモタしているから呼びに来たらしい。
思わず舌打ちをしてしまう。
言われなくても分かっている。

「今行く!」

俺は叫び返して店を後にした。

「また、駄菓子ばっかり……」
「安くて美味いので」

結局、撮影には遅刻して、相手方には、

「有栖君だからいいよ」

と媚びを売られた。

撮影後に急にアーモンドチョコレートを食べたくなって、コンビニに買いに行った。
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