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出会い
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「合計で、3570円になります」
僕が営業スマイルを貼り付けてそう言うと、客は5000円を出して釣り銭を貰って帰って行った。
次の客に移る。
僕は自宅近くのスーパーでレジ打ちをしていた。仕事中は仕事人スイッチが入るから、完璧な営業スマイルとハキハキした話し方ができ、さらにはコミュニケーション能力まで向上する。
大学の友人が見に来た際に、
「なんか気持ち悪い」
と言われた。失礼だ。
このスーパーは好立地にあるせいか、ものすごく儲かるが、代わりに仕事量がえげつない。
商品の陳列から始まって、一日中レジ打ちをしたあとに商品の補充。客が多ければクレーマーも多いので、その対応。
大学がない日は本当に一日中働かされる。
まあ僕みたいな人間が路頭に迷わないだけありがたいことなのだが。
仕事をしながら考え事をするのは悪い癖で、客を何人捌いたか分からなくなった。それ自体は別に問題ないのだが、ちゃんと会計金額が合っているかが若干心配だ。
友達がいなかったせいもあって、勉強はそれなりにできる方ではある。文系だが、数学も高校一年くらいの内容までならできる。計算問題はいつも考え事をしながらやっていて、大抵はいつの間にか全部解き終わっていることが多かった。答えもほとんど合っていたし、きっとレジ打ちも何とかなっているだろう。
クビになったら行くところがないのでもっと真面目にやるべきなんだろうが、こういう性分だから仕方ない。
何人目か分からなくなった客を送り出した後、次の客を笑顔で迎えた。
それは、はっとするほど綺麗な人だった。
薄水色に染められた絹糸のような髪は無造作にハーフアップにされ、長い睫毛に縁取られた伏し目がちで切れ長な瞳は妖艶な気配を放っている。サングラスをかけていなければそこら中の人が釘付けになっていただろう。
一見女性にも見紛われそうだが、骨格はしっかり男のもので、身長も僕より20㎝くらい高かった。
一瞬止まりそうになった手を動かして、商品の精算を始める。何があっても営業スマイルを崩すわけにはいかない。
「ポイントカードはお持ちでしょうか?」
僕が笑顔で尋ねると、相手は無言でトレーに置いた。
「いつもご利用ありがとうございます」
結局相手は一言も発しないまま、金額ぴったりを払った。無言の客は少なくないので、別段気分を害したりはしない。僕が頭を下げてお礼を言うと、彼はちらりとこちらを見て何か言いたげだった。
僕が首を傾げていると、
「有栖! 早く!」
何処かからか男性の声が聞こえた。目の前の美貌からチッと舌打ちの音がする。そして、
「今行く!」
その細い首のどこから出ているんだと思えるほどドスの利いた声が響いた。彼の喉はトンネルにでも通じているのだろうか。
僕が思わず呆気に取られていると、有栖と呼ばれた彼はスタスタと行ってしまった。
妙に存在感のある人だったな。
僕が営業スマイルを貼り付けてそう言うと、客は5000円を出して釣り銭を貰って帰って行った。
次の客に移る。
僕は自宅近くのスーパーでレジ打ちをしていた。仕事中は仕事人スイッチが入るから、完璧な営業スマイルとハキハキした話し方ができ、さらにはコミュニケーション能力まで向上する。
大学の友人が見に来た際に、
「なんか気持ち悪い」
と言われた。失礼だ。
このスーパーは好立地にあるせいか、ものすごく儲かるが、代わりに仕事量がえげつない。
商品の陳列から始まって、一日中レジ打ちをしたあとに商品の補充。客が多ければクレーマーも多いので、その対応。
大学がない日は本当に一日中働かされる。
まあ僕みたいな人間が路頭に迷わないだけありがたいことなのだが。
仕事をしながら考え事をするのは悪い癖で、客を何人捌いたか分からなくなった。それ自体は別に問題ないのだが、ちゃんと会計金額が合っているかが若干心配だ。
友達がいなかったせいもあって、勉強はそれなりにできる方ではある。文系だが、数学も高校一年くらいの内容までならできる。計算問題はいつも考え事をしながらやっていて、大抵はいつの間にか全部解き終わっていることが多かった。答えもほとんど合っていたし、きっとレジ打ちも何とかなっているだろう。
クビになったら行くところがないのでもっと真面目にやるべきなんだろうが、こういう性分だから仕方ない。
何人目か分からなくなった客を送り出した後、次の客を笑顔で迎えた。
それは、はっとするほど綺麗な人だった。
薄水色に染められた絹糸のような髪は無造作にハーフアップにされ、長い睫毛に縁取られた伏し目がちで切れ長な瞳は妖艶な気配を放っている。サングラスをかけていなければそこら中の人が釘付けになっていただろう。
一見女性にも見紛われそうだが、骨格はしっかり男のもので、身長も僕より20㎝くらい高かった。
一瞬止まりそうになった手を動かして、商品の精算を始める。何があっても営業スマイルを崩すわけにはいかない。
「ポイントカードはお持ちでしょうか?」
僕が笑顔で尋ねると、相手は無言でトレーに置いた。
「いつもご利用ありがとうございます」
結局相手は一言も発しないまま、金額ぴったりを払った。無言の客は少なくないので、別段気分を害したりはしない。僕が頭を下げてお礼を言うと、彼はちらりとこちらを見て何か言いたげだった。
僕が首を傾げていると、
「有栖! 早く!」
何処かからか男性の声が聞こえた。目の前の美貌からチッと舌打ちの音がする。そして、
「今行く!」
その細い首のどこから出ているんだと思えるほどドスの利いた声が響いた。彼の喉はトンネルにでも通じているのだろうか。
僕が思わず呆気に取られていると、有栖と呼ばれた彼はスタスタと行ってしまった。
妙に存在感のある人だったな。
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