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第11話:シズカゴゼン
Act-09 予感
しおりを挟む天使争乱が終結し『神の時代』が終わってから一千年。
惑星ヒノモトは『人の時代』における最大の危機を迎えていた。
ヒノモト侵略を目論む異星の天使、タマモノマエの復活。
だがそれに唯一対抗できる神造兵器、三種の神器の発動要件である『人類の協調』を、この星の人類は果たす事ができなかった。
それに再び神は動き、ヒノモトの地神であるシズカゴゼンは、三人のツクモ神に『人間同士の決着』を示唆する。
――因縁に因縁を重ねてきた源氏と平氏。
その二大勢力の決着こそが、残された最後の道。
はからずも神ならざる人の意思もそこに向かい、その先の約束されざる未来に向け、時は動き出した――
時刻はまだ夜明け前。ヤシマベースへの奇襲に向かう源氏軍の空母から、ウシワカの独断で発進したシャナオウは、降り始めた雨の中でさらにその飛行速度を上げていた。
ヤシマは海上要塞といっても、その本営の規模は小さい。
水上都市の側面もあるヤシマはそのほとんどが居住区であり、本営もその中心にあるため、それ自体が大規模な武装をしている訳ではなかったのだ。
それよりも脅威なのは周辺に広く配置されている、対空と対艦を兼ねる浮き島砲台。
この二重三重に張り巡らされた砲台を突破できなければ、本営にいる平氏棟梁、平ムネモリを討ち取る事はできない。
加えて厄介なのは、そのまた周辺に布陣している百隻近い艦隊であった。
海戦を得意とする平氏が展開する――水陸両用機甲武者カイトも含めた――その第一次防衛ラインでさえ、それを突き崩すのは容易ではない。
まさに海の要塞の名に恥じない、恐るべき防衛能力であった。
だが、シャナオウを操縦しながらウシワカは考える。
(ヤシマは三百六十度、全周囲の布陣で一見強固に見えるが、その分防衛ラインが長い――一点突破で勝てる!)
源氏軍の狙いも概要は、ほぼ同じであった。
平氏軍の艦隊は、大陸部を制圧した源氏軍に向け、その方角である北方と東方に戦力を厚めに振り分けている。連日のフクハラベースへの夜討ち朝駆けも、その北方に布陣した部隊が行なっていたのだ。
ならばその裏をかいて、まず北方からウシワカのシャナオウが上空からの撹乱攻撃を仕掛け、それに平氏軍が戦力を寄せるタイミングで、梶原カゲトキ率いる本隊が手薄な南方から攻め寄せ、防衛ラインを突破する――
だが、ウシワカの考えは違った。
いくら撹乱攻撃を仕掛けたところで、本隊が南方で戦端を開けば、いずれそこに敵の援軍が来る。戦が長引けば、数の少ないこちらが必ず負ける。そんなものは奇襲ではない。
奇襲とは一撃必殺――それなら南方の防衛網を壊滅させればいい。
そしてポッカリ空いた南方から、本隊が敵本営に突撃を敢行する。これこそが奇襲である、と。
天才戦術家の怜悧なる計算による、勝利への方程式。
だが、きっと旗艦にいる梶原カゲトキは、この無断出撃にまた憤慨しているだろう。
――知った事か。自分は源氏棟梁である姉から直々に先鋒に指名された。戦とは結果である、勝てば良いのだ。私は勝ってみせる。
ウシワカのそんな思いを、シャナオウに同乗するツクモ神ベンケイも、以心伝心で共有する。
――この停滞した人類の争乱に、シズカゴゼンは決着を望んだ。ならば私も、自分が信じたこのウシワカという少女にすべてを託すのみ。
ベンケイもまた決意を新たにすると、近付く戦闘に向けその準備を始める。
まもなく機体はヤシマ南方の防衛ラインに到達しようとしていた。
その時、攻撃目標であるヤシマベースで異変に気付いた者が一人だけいた。
――来る。あの女が来る!
それは皇女アントク。彼女は源氏軍が制圧したフクハラベースに、朝駆けを仕掛ける部隊を激励した後、まだ夜明け前にもかかわらず、そのまま司令室に詰めていたところだった。
「私のカイトを用意してください!」
突然、声を上げるアントクに一同が驚く。
「アントク様、どうされたのです?」
平氏一門を統べる、アントクの外祖母である平トキコの言葉に、
「お祖母様、源氏が来ます。急ぎムネモリ殿を起こし、迎撃の準備をしてください」
そう言い残し、立ち去ろうするアントク。
だが、彼女の意識に何か予感めいた光が走ると、
「御座船に乗ってはなりません。よいですね、必ずですよ!」
呆気にとられるトキコにそう言って、今度こそアントクは機甲武者の格納庫に向け、司令室を後にした。
――さあ来い、源ウシワカ。私が殺してやる!
そう念じたアントクの五体からは、その強大なる魔導力が憎悪と共にあふれ出していた。
それを知る由もないウシワカは、ヤシマの防衛ライン到達前に、飛行形態のシャナオウを急上昇させていた。
降り出した雨が嵐に変わったおかげで、敵の哨戒レーダーにもかかる事なく、ここまで到達できた。あとは奇襲の仕上げにかかるだけである。
百、二百、三百メートル。上昇を続けるシャナオウの中で、
「ウシワカ、どうする気なの⁉︎」
たまらずベンケイが叫んだ。
ツクモ神である自分はともかく、人間であるウシワカの体は気圧の変化に、相当な負担を強いられているはずであったが、
「大丈夫、まだいける!」
ウシワカは歯を食いしばりながら、まだ上昇を続けていく。
四百、五百メートル。おそらくこれが機体の限界高度であろう地点で、ようやくウシワカはシャナオウを人型形態に変型させ、その動きを止めた。
「ウシワカ……」
シート後方からウシワカを抱くベンケイが、心配そうに声をかける。
「サウザンドソードを打つ」
それにウシワカは、短くそう答えた。
サウザンドソード――かつてウシワカが初めてシャナオウに乗った時、平氏の追撃部隊を一瞬で葬った大技。
それをここで再度打つと、ウシワカは宣言したのである。
「ここでいいの?」
ベンケイはそれに懐疑的な声を上げた。
現在の位置は、ヤシマの南方防衛陣のちょうど中心。
予定通りの行動だが、魔導力からなる千本の刃を叩き落とすなら、本営を直接狙うという手も考えられたからである。
だがウシワカは、「ここでいい」と首を横に振った。
その理由は予感。
――これ以上、近付くと狩られる。
それはウシワカが感じた直感であった。
その時ヤシマ本営の南端では、赤字に金色の装飾が施された機甲武者カイトがただ一機、その主力兵装であるランサー――三叉槍トライデントを上空に向け構えていた。
コクピットにいるのは皇女アントク。
ヤシマ滞在中の短期間で機甲武者の操縦をマスターした彼女は、両手に握る操縦桿の球体に魔導力を送り込み、カイトをまるで人間の様に躍動させていた。
それはシャナオウさえ手をかざしただけで動かした、アントクの強大な魔導力と復讐に燃える戦士への覚醒がなせる業であった。
皇女の魂が乗り移った、全長八メートルの半魚人型の機体には、嵐の中でも上空五百メートルにいる緑の機甲武者が見えていた。
(そこか……!)
アントクがさらにカイトに魔導力を送り込むと、狙いを定めたトライデントが禍々しい光を放つ。
同時に、シャナオウのコクピットでも詠唱が始まっていた。
「八百万の神々よ。天の理、地の霊脈をもって、このヒノモトに数多の雷を落とす力を今、与えたまえ!」
ツクモ神ベンケイがそう言い終えると、セイバーを天に構えるシャナオウの周りに、放射状に『千本の刃』が現出する。狙うはヤシマ南方の浮き島砲台、及び周囲に布陣する艦隊群。
「いっけーっ!」
咆哮と共に光刃を打ち落とすウシワカ。その時、彼女は声を聞いた。
――死ねいっ、ウシワカ!
鈴の音の様に麗しく、しかし憎悪に満ちた声。それは間違いなく、皇女アントクのものだった。
次の瞬間、闇を切り裂き、迫り来る光にウシワカは恐怖した。
Act-09 予感 END
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