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第10話:イチノタニの空
Act-01 天狗の血
しおりを挟むヘイアン宮、皇帝御座所――
木曽ヨシナカの御所襲撃から遅れること一日――トモエを筆頭とする、木曽軍残党の急襲をかわしたヨリトモは、ツクモ神マサコだけを伴い、皇帝ゴシラカワの要請により、急ぎ参内していた。
見渡すかぎり御座所には、僧形の摂政シンゼイをのぞいて、廷臣は誰もいない。
その事が、自身が呼ばれた理由がただならぬ内容なのであろうと、ヨリトモは表情を固くする。
その傍らに寄り添う、源氏のツクモ神マサコも、トキワという前名の――亡き前棟梁ヨシトモの後妻であった過去を持つ――女帝からの招集に、警戒心を抱いていた。
それはシンゼイも同様であり、自身が奉戴を狙った皇女アントクを擁する平氏を、わずか一年で西に駆逐し、その後の覇を競った同胞のヨシナカをも葬った――今や天下人に一番近い――この若き源氏の女棟梁が、朝廷をどう扱おうとしているのか、不安であった。
だが偶然ながら、『そのすべてがこの謁見ではっきりする』であろうと、三者は思いを一にしていた。
そして運命の鍵を握る女帝の、玉座にかかる御簾が静かに上がった。
「――――!」
作法にのっとった最敬礼の後、顔を上げたヨリトモが絶句する。
なぜなら玉座におわす女帝の顔が、ひどくやつれたものになっていたからであった。
昨日、ヨシナカが急襲をかける前に、謁見した時とは別人の様になっている。なぜわずか一日でこうもゴシラカワが衰弱したかが分からず、ヨリトモは動揺を隠せなかった。
「醜態をさらしてすまぬな……」
それでもゴシラカワは、彼女の癖である薄笑いを浮かべながら、そう言った。
ゴシラカワと対立しているはずのシンゼイも、今は女帝の虚勢を心配そうに見つめている――その事に、ヨリトモはさらに違和感を覚え、何も言葉が出てこない。
そんな若き女棟梁を気遣う様に、
「キソの残党に襲われたそうだな」
と、ゴシラカワは、御所到着前に遭遇した変事について、ヨリトモに問いかけた。
「はい……ですが、ウシワカに救われました」
ヨリトモが、なんともいえぬ苦い顔で、そう答える。
危機を救ってくれたのは事実だが――銃の乱射という――一歩間違えれば自身も殺されかねなかった異母妹のやり口は、やはりヨリトモには理解できなかった。
だが、天下人となるために『それ』を越えるとヨリトモは決意した。
裏を返せばそれは、ウシワカはすでに障壁と化したという事であるが、そんな思いをマサコ以外に公然と表に出せる訳もなく――それゆえの複雑な表情であった。
「そうか……」
ゴシラカワの返答にも、万感の思いがある。
源ウシワカ――自身が皇帝に即位する以前、源氏棟梁、源ヨシトモとの間にもうけた一人娘。
平氏の都落ちに際し、朝廷のツクモ神であるベンケイに託した彼女は、表舞台に出るやここまで華々しい活躍を続けてきた。
神造兵器シャナオウによる、平氏の機甲武者群の駆逐。神の眷属であるツクモ神トキタダとの互角の戦い。そして、源氏軍に加入してからも、ヤマト平定戦を経て、朝敵となった木曽ヨシナカとその妻トモエを討伐――と、それは朝廷と源氏にとって、それぞれの局所における重要な功績であった。
だがその手口は――いちいちが悪辣すぎた。
平氏戦はともかくとして、トキタダ戦では皇女アントクを餌にする戦術を用い、その後も度重なる独断専行の末、支援を表明したヨシナカを手のひら返しで討ち取り、ついさっきもその妻トモエを退ける際には、棟梁であるヨリトモをもろともに殺しかけた。
ウシワカの行動は、常に結果につながる『最善の合理性』に基づいているのだが、問題はそこに『人間性』が欠落している点であった。
身動きならぬ玉座にいながらも、そのすべてを把握しているゴシラカワは、世上で『大天狗』と揶揄されている自分の血が、やはりウシワカにも流れているのかと、自嘲せざるを得なかったが、それを見透かした様な、
「アンタの娘の『小天狗』のせいで、ヨリトモは殺されかけたわよ」
という、その事に怒りを隠さないマサコの当意即妙な非難に、かえって救われる思いがした。
「許せ……とは言わん……」
ゴシラカワが、やつれた顔に薄笑いを浮かべる。
「許す気なんて、さらさらないけれど――」
マサコもすぐにそう言い返すと、
「まさかアンタが皇女だったとはね……一条ナガナリのとこで養われてるって時点で、何かおかしいとは思ってたけど」
と、かつての主ヨシトモの後妻となり、ウシワカを産んだ女の過去に言及した。
そして、しばしの沈黙の後、
「先帝タカクラ……あ奴は、私の双子の弟だった」
「陛下――⁉︎」
突然、己の出自を告白し始めた女帝に、シンゼイが慌てた――余人のいない状況ではあるが、それは朝廷の秘事であり、摂政である彼としては、それが明かされる事に動揺するのも無理はなかった。
「双子……」
「そう、不吉を呼ぶといわれる畜生腹だ。そして私は女――だから産まれてすぐに、廷臣である一条ナガナリのところに捨てられたのさ。まあ殺されなかったのは、我が父トバ帝の温情だったな」
宙に浮いたまま、神妙な面持ちになるマサコに、ゴシラカワは乾いた声でそう言った。
その頃、ウシワカはヘイアン宮の二の丸ともいえる、御所周辺の市街地をトボトボと歩いていた。
木曽軍の最後の強襲を退けた後、ヨリトモと共に都入りした彼女だったが、ヨシナカに続きトモエを討った心の傷は、さすがに深かった。
加えてシャナオウを撃破された喪失感もあり――それもあって、今は軍の中に居たくなかったのである。
当てがある訳ではない。ただヘイアン宮の東を、何も考えずに歩いていた。
その後ろには、親友の伊勢サブローと常陸坊カイソンも続いている。
彼女たちも源氏軍の都入りには末席ながら同行していたので、最前線ではなくとも、ウシワカがトモエを討った一部始終は見ており――それだけに無言の友にかける言葉が見つからず、同じ様にただ通りを歩いているだけだった。
ヘイアン宮の周囲は碁盤の目の様に、規則的に区画が整理されている。
その市街地の一角に、通りの名を示す標識を見つけたサブローが、
「へーっ、ここ『一条通り』っていうんだー」
と、ようやく言葉を発するキッカケができたとばかりに、声を上げる。
だがウシワカは、チラリと顔を上げただけで、特にその事に興味は示さない。
まあ特に変わった事がある訳でもなし、その反応で当然か、とサブローは隣のカイソンと顔を見合わせ苦笑するが――
顔を上げたウシワカは、その視線の先に自分の顔を――驚いた様に見つめる――一人の老人の姿を見つけた。
――なんだろう?
と、ウシワカはその老人に向かって歩いていく。サブローとカイソンも何事かと、その後に続き、ウシワカと老翁が相対する形となった。
見たところ上級の元廷臣かと思われる、気品あふれる姿の老人は、小さく肩を震わせると、
「トキワ…………」
と、か細い声で呟いた。
(――――⁉︎)
今上帝であるゴシラカワの旧名、同時に『自分の母である女』の名を口にした老人に、ウシワカは驚き身構える。
そこに、
「ウシワカーっ!」
と、聞き覚えのある怒声が、背後から聞こえてきた。
声の主は、もちろんツクモ神ベンケイであり、
「もう、じっとしてなさいって言ったのに!」
と、宙を飛びながら苦言を吐くと、ウシワカの背後につくやいなや、
「あなたのその『抜け出し癖』、なんとかならないの!」
と言いながら、例によって羽交い締めの姿勢から、こめかみを拳でグリグリするという『おしおき』を執行した。
「痛い、痛いってベンケイ!」
絶叫の声を上げるウシワカ。それを見つめる老人の口から、
「う、ウシワカじゃと⁉︎ それに、お主はベンケイか⁉︎」
と、またも驚きの声が漏れると、
「一条……ナガナリ……!」
ベンケイはその老人の正体に気付き――彼女もまた、その運命の再会に絶句してしまった。
Act-01 天狗の血 END
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