神造のヨシツネ

ワナリ

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第7話:源氏という家族(後編)

Act-02 空(から)の器

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 一同が声の方向に振り向くと、その男はズケズケとウシワカの隣まで来て、

「ヨリトモなんか放っといて、俺のとこに来い」

 と、いきなりその肩を抱いてそう言った。

 そんな大胆不敵な伊達男の正体は――もちろん木曽ヨシナカであり、彼は続けて、

「俺は都を任された。俺と一緒に平氏に代わって、ヒノモトを治めた方が楽しいぜ」

 と、まるで自分がもう天下を取った様な大言壮語で――それに顔を曇らせながら、隣にたたずむ妻のトモエをよそに――ウシワカを自軍に勧誘するべく言葉を重ねた。

 突然の事にウシワカは呆然とするが――微かな憧れを抱いたトモエが、心配そうに自分をじっと見つめているのに気付くと、その視線には少し頬を赤らめた。

 だが続けて発せられた、

「ヨリトモはお前を必要としていない。お前は俺のところに来た方がいい」

 というヨシナカの言葉に、ウシワカは気を取り直すと、

「私は、お姉ちゃんの妹だよ!」

 と、それに対して、血縁だけですべてがまかり通ると言いたげな、子供の理論で反論した。
 だが、ヨシナカの次の言葉で、ウシワカは源氏が抱える深い業を知る事になる。

「俺の親父のヨシカタは……兄貴だったヨシトモに――お前の親父に討たれたんだぜ」

 その事情を踏まえているベンケイやヒロモトはともかく、初めてそれを知ったウシワカたち子供にとって、それは驚くに値する話であった。

「ホウゲンの乱の時さ。その時ヨシトモは、俺たちの爺さんに当たる、みなもとのタメヨシも討った――」

 ウシワカが生まれるより前の、朝廷の皇位継承問題が発端となった争乱。そこで起こった源氏相克の歴史をヨシナカは口にすると、

「源氏ってのは、親兄弟がつるむとロクな事がねえ……だからウシワカ、お前はヨリトモのところじゃなく、俺のとこに来い」

 そう言って、この伊達男には珍しく、真剣な目でジッとウシワカを見つめた。

「では、私はこれで――」

 そこに話の腰を折る様に、いや確実にそれを狙って――ヒロモトが場を離れようとする。
 そのやり口が気に食わないヨシナカは、舌打ちをすると、

「ヨリトモは、ヤマトに出兵かい。まあお前らは平氏の残りカスでも、チマチマと掠め取ってな。キョウトは俺がいただいたからな」

 と、背を向けたヒロモトに向かって、虚勢とも取れる気勢をぶつける事で、その仕返しとした。

 だが、それにクスリと笑いながら、ヒロモトは顔だけで振り返ると、

「中身のない器で――せいぜい晩餐を楽しむとよろしいでしょう」

 と、意味深な物言いで、その眼鏡の奥の瞳を光らせると、ヨシナカを蔑む様に冷たく見つめた。

 その背中に向かって、

「ヒロモト! 私も後で行くから、お姉ちゃんに伝えておいて!」

 と、ウシワカは重ねてヨリトモ軍への参加を表明する。

 これによって、ヨシナカからの誘いは婉曲に断った形となり、ヒロモトとしては、これでウシワカが当面ヨシナカ軍に加入する事はないと確認でき、内心ほくそ笑むが、

「判断するのはヨリトモ様です。ですが、お伝えしておきましょう」

 と、表面上は注意深く、そう返答するにとどめて、その場を去っていった。

 そして、ウシワカに振られた形となったヨシナカだったが、

「まあいい。一度、ヨリトモの軍に行ってから考えるのもアリだ。俺はいつでも待ってるぜ」

 と、ヒロモトと対峙した時の険しさを消して、いつもの伊達男の顔で、ウシワカの肩をポンと叩いた。

「ありがとう、ヨシナカ」

 今回は姉を思う気持ちを優先したが、ウシワカもヨシナカの誘いは嬉しかったし、彼の向こう見ずな男気にも好感は持っていた。
 だから明るくそう答えたのだが、

「あなたは数奇な宿命を背負ってしまったのかもしれないけれど……今ならまだ間に合うかもしれない。やはり私たちのところに来ない?」

 そう言って、ウシワカに翻意を促してきたのは、ヨシナカの妻、トモエだった。

「あなたはこのまま進めば、きっと多くの血の道を歩む事になるわ。皇帝の娘、源氏の棟梁の妹――そんな『しがらみ』から離れて、一人の女の子として私たちと暮らさない?」

 ウシワカの返答を待たずに、トモエは一方的にしゃべり続ける。
 またもや突然の事に戸惑うウシワカだったが――ヨリトモとは異質の――まるで姉の様な、この思いやりには深く心を打たれた。

 だがトモエが危惧した本質を――ウシワカは命を落とすその時まで理解できなかった。

 今も憧れの女性から思いやられた事だけを、単純に喜んでいるだけであり、自身が置かれた立場について深く考えている様子は見受けられなかった。
 それが十五歳の少女であれば当たり前でもあるし、だからこそそんな少女に、トモエはたまらなく庇護欲をかき立てられてしまうのかもしれない。

 そんな中、ヨシナカ軍の伝令の姿が少し離れた場所に見えた。近付いてこないのは、その報告がウシワカたちに聞かれたくない内容なのだろう。それを察したヨシナカは、

「行くぞ――」

 と、妻であり腹心でもあるトモエにも、この場を離れる様に促した。

「トモエが機甲武者に乗っている姿、すごくカッコよかったよ!」

 去り際にかけられたウシワカからの言葉。それにトモエの胸はさらに痛んだ――この無垢さがあの子を、そしてすべてを滅ぼすのではないか、と。

 そして、ヨシナカたちにもたらされた報告も、深刻なものであった。

「ロクハラだけでなく、すべてのベースに物資がないっていうのか……?」

「はい。おそらく平氏は周到に都落ちを計画していたらしく、放棄したすべてのベースの物資を、事前に運び出していた模様です」

「…………!」

 伝令からの報告にヨシナカは絶句する。本拠地キソから長駆疾走してきたのは、キョウトを落とせばその膨大な物資が手に入り、帳尻が合うと見込んでいたからだった。

 だがそのアテが外れた。

 遠征先で補給が途絶えるのは、出征軍にとって死を意味する。兵站線を用意していないのなら、それを略奪で補うのがいくさの常道であるが、まさか皇帝から略奪を行う訳にはいかない。

 首都キョウトで軍を維持するには、さらなる出征が必要になった。その候補だった南方のヤマトは、ヨリトモがもう地固めをしている。残るは、西方のフクハラ――撤退した平氏本軍に戦を仕掛けるしかなくなった。

 ――中身のない器で、せいぜい晩餐を楽しむとよろしいでしょう。

 冷ややかにそう言った、ヒロモトの言葉が耳に蘇る。
 ヨリトモたちは、この事が分かっていて自分たちをこの局面に追い込んだのか――ヨシナカの顔に、初めて焦りの色が浮かんだ。



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