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第三章 森の薬師編
最終話 温かさと思いやりと召喚
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「あなたは少し他の人とは違っていて、それは他人に理解してもらえないかもしれない。そのせいで辛いこともあるでしょう。それでもあなたの清純な心が、あなたを幸せにしてくれる。決して嘘を言わずに清純に生きなさい。それだけが、あなたを幸せにするものなの、どうかそれを忘れないで」
マナの母が亡くなる前に言った言葉だ。マナはその言葉通りに生きてきた。そして、それが正しかったのだと今は実感している。
王太子アルカードの婚約者としてお城に戻ったマナは、聖メディアーノ学園に復学して、充実した学園生活を送っている。マナがアルカードの婚約者である事は学園中に知れ渡り、もうちょっかいを出してくる令嬢もいない。ただ、アルメリアがマナの教育係に任命されて、その厳しい指導に涙が出そうになる事が一度や二度ではなかった。けれど、マナはアルメリアという人が心から好きになっていたので、辛いとは思わなかった。おかげで成績もめきめき上がって、一年生の終わる頃には上位十番以内が見えるところまで来ることができた。少しはアルカードと釣り合う女の子になれて、自分の好き度も上がってきている。
そんなある日の事だった。シャルがどうしても話したい事があると言って、アルカードと一緒にマナを城に連れ出した。
「一体、何だって言うんだい?」
城門に着き、馬車を降りたところで、何事か分からないアルカードが不興気に言った。
「何だって言われると困っちゃうんだけどさ。もう、黙っていられないわけよ」
「何言ってるんだ~、シャル~?」
メラメラがマナの傍らで羽をぱたつかせて言った。マナも取り留めのないシャルの話に首を傾げてしまった。
「とにかく、王妃様に会うんだよ! わたしの口からじゃ言えない事だからさ!」
それからシャルは、マナをぐいぐい引っ張っていって謁見の間に進んだ。後から付いて行くアルカードは、不信そうな顔をしていた。
「よっしゃ、着いたーっ! これで溜飲がやっと降りるよ! もう言っちゃおうかって、喉まで出かかった事が何度あった事か!」
謁見の間の扉の前で騒いでいるシャルを見て、マナは何だか怖くなった。
「言ったら、そんなに大変な事なの?」
「いや、大変とか、そういうんじゃないんだ。王妃様の口から言うべき事だから、わたしは我慢して黙ってたってだけ。決めたのは王妃様だからね」
そこまで聞いて、アルカードは思う所があったようで、表情から不信が消えていた。
「母上が待っているのだろう、行こう」
3人で謁見の間に入ると、シェルリ王妃が玉座に待っていた。
「あの、今日はお話があるそうで……」
マナがおずおずと話しかけると、頷いた王妃が少し困ったような顔をしていた。
「言わなくても良い事なので黙っていようと思っていたのですが」
「ごめんなさい!」
シャルが先手を取って頭を下げた。王妃が苦笑いしつつ話を続ける。
「この子がどうしてもマナに伝えたいと言うので、お話します。あなたの召喚に関する事です」
「召喚ですか? 確か、わたしはシャルの魔法でここに来たんですよね?」
「そうです。異世界からの召喚は、三つの条件の下に行われます」
一瞬、水底のような静けさに包まれた。マナは今まで考えた事もなかったが、自分がどのようにしてこの世界に召喚されたのか、固唾を飲むような気持で聞いていた。
「一つ、この世界の人間と深き縁があること。一つ、フェアスティアと深き因果を持つ人間であること。そして最後の条件は、王妃としての器を持っていること」
「え? 王妃としての、器……」
最後の条件に関しては違和感しかなかった。自分がそんな器で無い事は、マナが一番よく知っている。それだけは声を大にして違うと言えた。マナがここまでやってこられたのは、弛まぬ努力に加え、ずば抜けた能力の友人達が支えてくれているからだ。
困惑しているマナにシャルが言った。
「実はね、王妃様は最後の条件を変えたんだよ。そんなの今までにない事だから、わたしは驚いちゃって、本当にそれでいいのか何度も聞いたよ」
そう言うシャルは、とても嬉しそうだった。彼女は、どうしてもマナに知ってほしかったのだ。
「王妃様は最後の条件をこういうふうにした。異世界で一番不幸な目にあってる女の子って」
マナの輝石のような瞳が湖面のように輝き、シェルリ王妃を見つめる目に涙が溜まっていく。
「どうして、そんな、事を……」
「王妃としての器ならば、あなた以外の4人の妃候補が十分に持っていました。それならば、一人の不幸な少女を助けたいと、わたくしは思ったのです。これは、わたくしの我儘でした。ロディスの歴史の中で幾度か行われた召喚の儀で、そんな事をした人はいません。けれど、それが正しかったのです。だって、マナは今アルカードと一緒にいるのですから」
「王妃様っ……」
マナは涙が抑えきれなくなると感情のままに動いて、シェルリ王妃の胸に飛び込んでいった。その人は正真正銘、マナのもう一人の母親だった。だって、マナはこの世界に来た瞬間から、シェルリ王妃の愛情に包まれていたのだから。
「マナ、よかったね~」
メラメラが飛び上がって、バンザイするように両腕を上げて言った。マナはその小さな家族をつかまえて抱きしめた。メラメラとの出会いを与えてくれたのも、シェルリ王妃の愛情だったのだ。
自分はこの世界に生きるべき人間なのだ。シェルリ王妃の愛情の下に、マナはそれを強く自覚した。
マナの母が亡くなる前に言った言葉だ。マナはその言葉通りに生きてきた。そして、それが正しかったのだと今は実感している。
王太子アルカードの婚約者としてお城に戻ったマナは、聖メディアーノ学園に復学して、充実した学園生活を送っている。マナがアルカードの婚約者である事は学園中に知れ渡り、もうちょっかいを出してくる令嬢もいない。ただ、アルメリアがマナの教育係に任命されて、その厳しい指導に涙が出そうになる事が一度や二度ではなかった。けれど、マナはアルメリアという人が心から好きになっていたので、辛いとは思わなかった。おかげで成績もめきめき上がって、一年生の終わる頃には上位十番以内が見えるところまで来ることができた。少しはアルカードと釣り合う女の子になれて、自分の好き度も上がってきている。
そんなある日の事だった。シャルがどうしても話したい事があると言って、アルカードと一緒にマナを城に連れ出した。
「一体、何だって言うんだい?」
城門に着き、馬車を降りたところで、何事か分からないアルカードが不興気に言った。
「何だって言われると困っちゃうんだけどさ。もう、黙っていられないわけよ」
「何言ってるんだ~、シャル~?」
メラメラがマナの傍らで羽をぱたつかせて言った。マナも取り留めのないシャルの話に首を傾げてしまった。
「とにかく、王妃様に会うんだよ! わたしの口からじゃ言えない事だからさ!」
それからシャルは、マナをぐいぐい引っ張っていって謁見の間に進んだ。後から付いて行くアルカードは、不信そうな顔をしていた。
「よっしゃ、着いたーっ! これで溜飲がやっと降りるよ! もう言っちゃおうかって、喉まで出かかった事が何度あった事か!」
謁見の間の扉の前で騒いでいるシャルを見て、マナは何だか怖くなった。
「言ったら、そんなに大変な事なの?」
「いや、大変とか、そういうんじゃないんだ。王妃様の口から言うべき事だから、わたしは我慢して黙ってたってだけ。決めたのは王妃様だからね」
そこまで聞いて、アルカードは思う所があったようで、表情から不信が消えていた。
「母上が待っているのだろう、行こう」
3人で謁見の間に入ると、シェルリ王妃が玉座に待っていた。
「あの、今日はお話があるそうで……」
マナがおずおずと話しかけると、頷いた王妃が少し困ったような顔をしていた。
「言わなくても良い事なので黙っていようと思っていたのですが」
「ごめんなさい!」
シャルが先手を取って頭を下げた。王妃が苦笑いしつつ話を続ける。
「この子がどうしてもマナに伝えたいと言うので、お話します。あなたの召喚に関する事です」
「召喚ですか? 確か、わたしはシャルの魔法でここに来たんですよね?」
「そうです。異世界からの召喚は、三つの条件の下に行われます」
一瞬、水底のような静けさに包まれた。マナは今まで考えた事もなかったが、自分がどのようにしてこの世界に召喚されたのか、固唾を飲むような気持で聞いていた。
「一つ、この世界の人間と深き縁があること。一つ、フェアスティアと深き因果を持つ人間であること。そして最後の条件は、王妃としての器を持っていること」
「え? 王妃としての、器……」
最後の条件に関しては違和感しかなかった。自分がそんな器で無い事は、マナが一番よく知っている。それだけは声を大にして違うと言えた。マナがここまでやってこられたのは、弛まぬ努力に加え、ずば抜けた能力の友人達が支えてくれているからだ。
困惑しているマナにシャルが言った。
「実はね、王妃様は最後の条件を変えたんだよ。そんなの今までにない事だから、わたしは驚いちゃって、本当にそれでいいのか何度も聞いたよ」
そう言うシャルは、とても嬉しそうだった。彼女は、どうしてもマナに知ってほしかったのだ。
「王妃様は最後の条件をこういうふうにした。異世界で一番不幸な目にあってる女の子って」
マナの輝石のような瞳が湖面のように輝き、シェルリ王妃を見つめる目に涙が溜まっていく。
「どうして、そんな、事を……」
「王妃としての器ならば、あなた以外の4人の妃候補が十分に持っていました。それならば、一人の不幸な少女を助けたいと、わたくしは思ったのです。これは、わたくしの我儘でした。ロディスの歴史の中で幾度か行われた召喚の儀で、そんな事をした人はいません。けれど、それが正しかったのです。だって、マナは今アルカードと一緒にいるのですから」
「王妃様っ……」
マナは涙が抑えきれなくなると感情のままに動いて、シェルリ王妃の胸に飛び込んでいった。その人は正真正銘、マナのもう一人の母親だった。だって、マナはこの世界に来た瞬間から、シェルリ王妃の愛情に包まれていたのだから。
「マナ、よかったね~」
メラメラが飛び上がって、バンザイするように両腕を上げて言った。マナはその小さな家族をつかまえて抱きしめた。メラメラとの出会いを与えてくれたのも、シェルリ王妃の愛情だったのだ。
自分はこの世界に生きるべき人間なのだ。シェルリ王妃の愛情の下に、マナはそれを強く自覚した。
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