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第三章 森の薬師編

79 メラメラの進撃

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 マナは呆然とそれを見ている事しか出来なかった。この状況よりも、フレイニィの雰囲気の異様さに心を痛めていた。

「どうして…あんな…何で……?」

「異端の娘以外は座れ! 動くな! 少しでも動けば殺す!」

 マナは村人達以上にアクスウェルの怒号に震えた。フレイニィを手足のように使役するこの男が、どうしようもなく恐ろしかった。

「お前は誰だ? 誰の記憶を持っている?」

 そう言うアクスウェルを通して、マナは教会の途方もない悪意を見つめた。今も持っている真実の書がマナの胸に訴えかけてくる。マナは胸に手を置いて目を閉じた。

 ――この人たちは同じだ。エリアノを、かつてのわたしのお姉さんを殺した者と同じ存在。

 目を開けたマナの雰囲気が変わって、アクスウェルの厳つい顔が戸惑いの色に染まる。

「まさか、女神本人の記憶、なのか……?」

 マナは何も言わない。もう恐怖などない。ただ、目の前にいる者たちが許せなかった。エリアノの無念を思うと、怒りと共に戦う勇気が湧いた。

「語るつもりもないか。どの道、転生者のお前はここで処刑する。誰の記憶を持っていようと関係ない」
「……転生者って何ですか? わたしは何なのですか?」
「自分が何者かも知らずに死ぬのも不憫だな、教えてやろうか」

 アクスウェルは、マナを見下し、にやついた顔で話し始めた。

「女神エリアノが姿を消してから十数年経った頃、女神と同じ瞳の赤子が生まれた。その者は成長すると、教会の思想に異を唱えて人々を混乱させた。そいつはすぐに捕らえられて処刑されたが、それ以降、女神と同じ瞳の子が各所で生まれるようになり、その誰もが例外なく教会に楯突いた。そして、その者達が女神かそれに近しい者の記憶を保持している事も分かった。以来、女神と同じ瞳の子は見つけ次第殺す事になっている。お前がどうして今まで生きてこられたのかは分からんが、ここで終わりだ」

「それは、エリアノの意思がこの世界に通じているんだと思います。間違った事をしている教会を正そうとしているんだ」

「黙れ! 戯言を! 貴様ら転生者はいつもそうだ、何もかも分かったような口をきく!」
「エリアノ教会が、女神エリアノの記憶を持っている人を殺すなんて狂ってる」
「黙れと言った。お前には仕置きが必要なようだな」

 アクスウェルはマナの後ろにいる村人たちに視線を投げて叫んだ。

「この中に異端の娘の話を聞いた者はいるか! 正直に手を上げねば命はないぞ!」

 円座に参加していた村人達が震える手を上げると、アクスウェルが口角を上げて宣言した。

「貴様らは全員、異端者だ。異端の村は焼き払わねばならぬ」

 アクスウェルが杖を高く掲げ、炎の輝石が光を帯びる。それに呼応してフレイニィが朱の光弾を八方に撃ち、村の家々が燃え上った。
 マナの近くにいた村人達は呆然とし、または声を張り上げて家族を助けに走り、アクスウェルの暴力に恐怖して動けない者もいた。マナの耳に人々の悲鳴が貼り付き、目には燃え広がる火に必死にあがなう哀れな村人の姿が映った。そして、夢に見た記憶がフラッシュバックする。

「止めて!! こんなのどうかしてる!!」

 マナが激すると、その胸で緑が燃え上がった。

「うああぁーーーっ!」

 マナから力を受け取ったメラメラが雄叫びを上げる。アクスウェルは慌てて杖をマナの方に向けた。

「フレイニィ、やれ!」

 灼熱を操るフェアリーが手を上げると、高温のエネルギーが収束して太陽のように輝く。それがマナに向かって投げつけられようとする瞬間、メラメラが視線に力を込めた。
 フレイニィの放った小さな太陽が粉々になって熱が拡散する。それに一瞬遅れて、黒いものが礫のように飛んできて、フレイニィが弾け飛んだ。

「なんと!!?」

 アクスウェルが声を上げた時には、メラメラは吹っ飛んだフレイニィを追撃していた。一瞬の事で、人の目では何が起こったのか分からなかった。メラメラはフレイニィに体当たりしていたのだ。

「このぉーっ!」

 フレイニィに追いついたメラメラは、相手の首を両手で掴み、急降下して畑に突っ込んだ。噴き上がった土が黒い大波になり、赤子のように小さなフェアリーの力で地面が引き裂かれた。
 地面にめり込んだフレイニィは、メラメラに押さえつけられて動けなくなっていた。それを目の当たりにしたアクスウェルは唖然としていた。今まで逆らう者をフレイニィという絶対的な力でねじ伏せてきた彼が、今はまったくの無力とさえ言える。

「何という事だ、フレイニィをこうも簡単に抑えてしまうとは……」

 マナのキャッツアイの輝きが、人々の目に鮮やかに映る。神殿騎士団の面々は、呆然としていた。

「メラメラ、もう止めて、その子は何も悪くないの」

 メラメラが、ぐったりして動かなくなったフレイニィを運んでくると、マナがそれを抱いて小さな少女の虚ろな瞳を見つめる。

「どうしてこの子は何も言わないの? 笑ったり、怒ったりできないの?」

 マナが悲しみに暮れて涙を流すと、零れ落ちた涙がフレイニィの頬で弾けた。その時、ほんの少しだけフレイニィの表情が動いた。

「何を泣いている、愚か者め! フェアリーは人の為に生まれた存在、人に尽くすのが使命なのだ! 感情など不必要だ!」

「フェアリーは人の幸せの為にいるんだよ。一緒に笑ったりお話したりできるから、一緒に幸せになれるのに、あなた達がそれを全部壊したんだ」

 アクスウェルはマナの話になど耳を貸さずに、杖を振り上げた。フレイニィはマナのすぐ近くにいる。もはやマナの命を握っているも同然、これで仕事は終わりだ。彼はそう思っていた。

「なんだっ、これは!? 契約の宝石が反応しない!!?」

 いくら杖を振っても、ファイアオパールが輝かない。アクスウェルの背筋が凍った。

「バカな、フェアリーとの契約をどうこう出来るのはマスターの意志だけだ。それは不変の法則のはず。あの娘がそれを歪めているのか!?」

 アクスウェルは完全に狼狽えていた。彼は今までに、転生者と呼ばれる者を何人か処刑してきたが、マナ程の力を持った者に出会うのは初めてだった。

 ――やはり、女神本人なのか? そうでなかったとしても、女神に近しい者の生まれ変わりだ。だとすれば、

 彼は強く思うあまり、思考を声に出した。

「何としても、ここで消さねばならん!!」
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