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第三章 森の薬師編
71 王子の熱病
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マナはテントの中でランプの明かりを頼りに本を開いた。
「今日は帰れなかった。ニイナさん、心配してるだろうなぁ。明日帰ったら謝らなきゃ」
マナの傍らで、メラメラが小さな毛布をかぶって寝ている。その姿が可愛らしくて、思わず笑みが零れる。
「せ、い、じゅん……に~」
変な寝言を言うメラメラに、マナは毛布を掛けなおしてから活字に目を落とした。
真実の書・第4節
フェアリーの噂が広がって、姉さんを師事する人が現れた。妹のレスティア・ミエルもその一人だ。体が不自由でろくに動けなかったレスティアだったけれど、フレイアのおかげで外に出かけられるようにもなった。性格も明るくなって、姉さん付いて学ぶのが楽しいようだ。妹は、わたしと違って勉強が出来る。体が不自由でなければ、姉さんと同じように王立学園にも行けただろう。それだけに、姉さんも期待している。
あれから1年程で、フェアリーの存在がシルフリア中で知られるようになった。そして、姉さんを師事してフェアリーの製造法を会得した人間は、フェアリークリエイターと呼ばれるようになった。
フェアリーを作るのは難しくて、誰でも出来るような事じゃない。それに、姉さんは人を選んでフェアリークリエイトを教えている。それでも心配になる。フェアリーという存在が、人間の世界にどんな影響を与えるのか未知数だ。
姉さんを初め、数人のフェアリークリエイターによって、数十体のフェアリーが生み出され、妖精使いの数も増えてきた。王侯貴族の中には、フェアリーを装飾品のように扱っている人間もいて、それを姉さんが悲しんでいた。止められない流れのようなものを感じる。
この日、教会から神殿騎士団がやってきて、姉さんを連れて行ってしまった。姉さんの意思などはお構いなし、ほとんど強制連行だ。何が起こっているのか、わたしにもレスティアにも分からなかった。わたし達は、姉さんを連れ去られて嘆く事しかできなかった。
それから間もなくして、わたしたちは姉さんが教皇に祀り上げられている事を知った。それまでの教皇は廃されて、教会の名前まで変わった。異常な事だ。新たな生命を生み出すという事が、わたし達の考えなど及ばない、途轍もない変革を引き起こしてしまった。
新たな人類ともいえるフェアリーを創造した姉さんは、生きた女神として崇められた。姉さんはそんな事、一つも望んじゃいない。けれど、教会の権力は決して姉さんを手放さないだろう。エリアノ・ミエルという存在が、それまでの教会の歴史を終わらせてしまった。
「これが本当の事だったら……」
マナは呻くように言った。自分という存在が怖い。マナの前世であるリリーシャ・ミエルは、女神エリアノの妹だった。
♢♢♢
マナが戦場から帰ってくると、ニイナから不穏な噂を聞かされた。
「王子が熱病らしい」
「アルカード様が、ご病気……?」
「今から城に行って様子を見てくるから、お前は留守番しててくれ」
「あの、良くないんですか?」
「症状を聞く限り、ちと特殊な薬草が必要かもしれん」
ニイナが出て行くと、マナはアルカードの事が気になってどうしようもなかった。心を落ち着けようとしても、王子の病気の事しか考えられなくなり、居ても立ってもいられずに薬草図鑑を開いた。
♢♢♢
城ではベッドで寝込んでいるアルカードを数人の侍女が囲んで看病していた。シェルリ王妃はその近くに立って気を揉んでいた。
「無理をさせ過ぎました。全部、わたしの責任です」
ベッドから少し離れて立っているレクサスが言うと、王妃はゆっくりと首を振る。
「いいえ、あなたに罪はありません。無理を通して稽古を続けたのは、王子自身ですからね」
王妃は苦しんでいる息子の顔を見ると、慈しむ感情が沸き上がった。
「剣を嫌っていたこの子が、これほどまでに必死になるなんて、そこまでマナの事を思っていたのですね」
「今日は帰れなかった。ニイナさん、心配してるだろうなぁ。明日帰ったら謝らなきゃ」
マナの傍らで、メラメラが小さな毛布をかぶって寝ている。その姿が可愛らしくて、思わず笑みが零れる。
「せ、い、じゅん……に~」
変な寝言を言うメラメラに、マナは毛布を掛けなおしてから活字に目を落とした。
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あれから1年程で、フェアリーの存在がシルフリア中で知られるようになった。そして、姉さんを師事してフェアリーの製造法を会得した人間は、フェアリークリエイターと呼ばれるようになった。
フェアリーを作るのは難しくて、誰でも出来るような事じゃない。それに、姉さんは人を選んでフェアリークリエイトを教えている。それでも心配になる。フェアリーという存在が、人間の世界にどんな影響を与えるのか未知数だ。
姉さんを初め、数人のフェアリークリエイターによって、数十体のフェアリーが生み出され、妖精使いの数も増えてきた。王侯貴族の中には、フェアリーを装飾品のように扱っている人間もいて、それを姉さんが悲しんでいた。止められない流れのようなものを感じる。
この日、教会から神殿騎士団がやってきて、姉さんを連れて行ってしまった。姉さんの意思などはお構いなし、ほとんど強制連行だ。何が起こっているのか、わたしにもレスティアにも分からなかった。わたし達は、姉さんを連れ去られて嘆く事しかできなかった。
それから間もなくして、わたしたちは姉さんが教皇に祀り上げられている事を知った。それまでの教皇は廃されて、教会の名前まで変わった。異常な事だ。新たな生命を生み出すという事が、わたし達の考えなど及ばない、途轍もない変革を引き起こしてしまった。
新たな人類ともいえるフェアリーを創造した姉さんは、生きた女神として崇められた。姉さんはそんな事、一つも望んじゃいない。けれど、教会の権力は決して姉さんを手放さないだろう。エリアノ・ミエルという存在が、それまでの教会の歴史を終わらせてしまった。
「これが本当の事だったら……」
マナは呻くように言った。自分という存在が怖い。マナの前世であるリリーシャ・ミエルは、女神エリアノの妹だった。
♢♢♢
マナが戦場から帰ってくると、ニイナから不穏な噂を聞かされた。
「王子が熱病らしい」
「アルカード様が、ご病気……?」
「今から城に行って様子を見てくるから、お前は留守番しててくれ」
「あの、良くないんですか?」
「症状を聞く限り、ちと特殊な薬草が必要かもしれん」
ニイナが出て行くと、マナはアルカードの事が気になってどうしようもなかった。心を落ち着けようとしても、王子の病気の事しか考えられなくなり、居ても立ってもいられずに薬草図鑑を開いた。
♢♢♢
城ではベッドで寝込んでいるアルカードを数人の侍女が囲んで看病していた。シェルリ王妃はその近くに立って気を揉んでいた。
「無理をさせ過ぎました。全部、わたしの責任です」
ベッドから少し離れて立っているレクサスが言うと、王妃はゆっくりと首を振る。
「いいえ、あなたに罪はありません。無理を通して稽古を続けたのは、王子自身ですからね」
王妃は苦しんでいる息子の顔を見ると、慈しむ感情が沸き上がった。
「剣を嫌っていたこの子が、これほどまでに必死になるなんて、そこまでマナの事を思っていたのですね」
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