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第三章 森の薬師編

69 白き戦乙女

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 ゼノビアが白い兜を装備して手綱を引き絞る。騎馬が足を高く上げていななくと、前線に向かって快走を始める。ゼノビアに付いてきた護衛の騎士達は、予想もしていなかった御令嬢の行動に虚を突かれた。

「お嬢様、お待ち下さい!!」

 ゼノビアのライトメイルや兜は、あくま身を守る為だけのものであった。少なくとも護衛の騎士達はそうとしか考えていなかった。いくら腕が立つとは言え、侯爵令嬢が単騎で前線に向かうなど、誰が考えられようか。

 ゼノビアが空を仰ぐと、戦場を覆う煙よりも更に上に、暗雲が広がり始めていた。

「予定通りですね」  

 ゼノビアを乗せた馬が埃を上げながら黒煙の舞う森へと向かっていく。ゼノビアは馬術も卓越している為、護衛の騎士達はまったく追いつけなかった。

♢♢♢

 救護所でマナの手伝える事は多くはないが、それでも一生懸命に手伝った。薬を運んだり、布を水で濡らして怪我人の額に当てたり、包帯の巻き方はナスターシャが教えてくれた。

 次々と運び込まれる怪我人の中には、目を覆いたくなるような酷い外傷の者もいたが、マナは懸命に気を張って、姫やナスターシャと一緒に救護に励んだ。そして、救護所の内に外にと駆けずり回っていると、怪我人の中に黒っぽい防具や衣服ばかり着ている人と、そうでない人がいる事に気付いた。

「大怪我してるのは、黒っぽい服の人ばかりだ」

 マナが不思議に思ってティア姫に聞いてみると、

「黒い衣服を身に付けている者は帝国の兵士です」
「帝国って、敵っていう事ですよね」

「そうです。敵兵の治療に関しては、随分反対されました。けれど、怪我人に敵も味方もありません。それに、帝国軍には無理やり徴兵されて戦いに慣れてない人がたくさんいます。ここに運ばれてくる重傷者の殆どが帝国兵なのです。それを放っておく事が、どうしてできましょうか」

 マナは思う。こんな人が女王になったのなら、国の人々は幸せだろうなと。

♢♢♢

 最前線にて、騎士王エリオは迷っていた。同盟軍は燃え上がる森を前に足止めを喰らっている。それは帝国軍も同じだが、圧倒的に数の少ない同盟軍は、手をこまねいて見ている訳にはいかなかった。いずれ火の手がなくなれば後に残るのは焼け野原、そこでまともにぶつかれば同盟軍に勝ち目はない。かと言って戦線を後退すれば、さらに森を焼かれるだけ。

「白き戦乙女が降臨せし時、空より神の加護あらん」

 司令部より唐突に伝令があり、エリオはそれを口にした。上空には暗雲が広がっている。

「神の加護とはそういう事なのか」

 敵の不意を突くならば、いま突撃するべきだ。事が起こってからでは敵に警戒される。しかし、天気が思う通りにならなければ、皆焼け死んでしまう。司令部からの伝令が簡素なのは、詳しく伝える時間が無かったのだろう。

「天気を操るとでも言うのか? どうやって……」

 エリオが腕組みして考えていると、白き乙女が隊列の中央を突っ切ってくる。彼女は同盟軍の先頭に立つと、細剣を抜いて高らかに叫んだ。

「何を恐れる事があろうか!! 天は我々の味方である!!」

 乙女の姿を見た同盟軍の大隊長リチャードは仰天した。彼はヴァーミリオン家に仕える騎士であり、作戦参謀ルーテシア・ミク・ヴァーミリオンの腹心でもある。ルーテシアの娘のゼノビアが、何故か彼の目の前にいる。

「おいおい!? 何でお嬢様がいるんだ!!?」

 ゼノビアは、剣で敵軍のいる方向を指して手綱を引いた。

「進めーーーっ!!!」

 焦りまくったリチャードは、何も考えられなくなって、とにかくゼノビアを追いかけた。それに合わせて彼の隊も動き出す。

「冗談じゃない!! あのお方を何としてでもお守りしろ!! 傷一つでも付けたら、俺達の首は無いものと思え!!」

 同時にエリオも動き出す。

「突撃だ! 白い戦乙女に続け!」

 リチャードの部隊が動いてしまったので、そうせざるを得なかったとも言える。

 同盟軍は白き戦乙女の後を追うようにして、未だにくすぶり燃え続けている森に突入していく。大部隊の進むごとに火の粉を含んだ粉塵が舞い上がる。そこに、ポツリポツリと水滴が落ち、次の瞬間に滝のような雨が降り注いだ。

 急な雨に焦った帝国軍は、同盟軍に攻撃を仕掛けようと急ぎ陣形を整えていた。すると、激しい雨とまだ立ち昇る煙で視界の悪い前方から、白い戦乙女が飛び出してくる。それと殆ど同時にリチャードの部隊も現れて、帝国軍に突撃した。

 帝国軍の兵力は同盟軍の10倍あるが、同盟軍は帝国軍が攻撃準備している時に総攻撃を仕掛けてきた。寡兵かへいなど問題にならなかった。特にリチャードの部隊はゼノビアを護る為に必死で、鬼神の如き働きを見せた。帝国軍はほとんど何も出来ずに蹴散らされて敗走する破目になったのであった。
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