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第三章 森の薬師編
67 魔女達の集い
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マナはメラメラと一緒に、庭の薬草に水やりをしていた。小さな如雨露を持ったメラメラが、縦横無尽に飛んで水を降らせていく。その時、遠くから聞こえてきた馬蹄の響きが近づいて、やがて家の前で止まった。マナがそちらの方を見ると、胸を打たれてしまった。二人の護衛騎士を引きつれて、純白のライトメイルの乙女が馬上からマナを見つめていたのだ。
「かっこいい、正に戦乙女……」
「おお~」
マナが呆けていると、乙女が馬から降りてくる。
「わたしをお忘れですか?」
「あ、ゼノビア様!? 素敵すぎてぼーっとしちゃってました」
「貴方も妃候補ですので、お伝えしておきます」
ゼノビアは未だにマナを妃候補と認めていた。マナはその気持ちが少し嬉しかった。
「あの、何かあったんです?」
「ティア姫様が行方不明だった事は、シャルから聞いていますね」
「はい」
「これから姫様を迎えに行きます、戦場に」
「え? 戦場って……」
「あの方が何を考え、何を成そうとしているのかは分かりません。確かな事は、相当な覚悟をもって戦場にいるという事です」
あの優しいティア姫が戦場にいる。マナは、たまらなく姫に会いたくなった。一国の姫でありながら、平民のマナに分け隔てなく接し支えてさえくれた。そんな彼女が戦場で何を見ているのか、マナはどうしても知りたい。
「あの、わたしも一緒に連れて行って下さい」
「連れて行くのは構いませんが、覚悟をして下さい。貴方は今までに知らない惨状を見る事になるでしょう」
マナは逡巡はしたが、はっきりと言った。
「ゼノビア様と一緒に、行きます」
ゼノビアは頷くと、マナを自分の前に乗せる。
「おい、どこに行くつもりだ!」
「ごめんなさいニイナさん、友達を迎えに行きます」
ニイナにろくに説明できないまま、マナを乗せた馬が走り出す。後に残されたメラメラは飛翔すると、勢いの増した馬に簡単に追いついて、マナの手に拾われていた。
一日近く走って、最前線に近い森まで来ると、先に空を覆い尽くす程に濃い煙が見えた。焼け焦げる臭いまでマナの鼻に付いてくる。
「あれって、火事?」
「帝国軍が森を焼き払っているのです。ロディス同盟軍は、度重なる戦いで森の地形を利用し、帝国軍に対して優位に戦ってきました。それをさせまいとする苦肉の策です。この作戦のせいで戦いが長引き、敵味方共に犠牲が増えています」
「そんな、森を焼くなんて、酷い……」
「帝国軍は大陸統一を目指す余り暴走しているようです」
黒煙に曇る空を見上げるマナは、いよいよ戦場の匂いを感じて緊張してくるのだった。
♢♢♢
魔女が魔法の箒で空を駆けて、風が寄越した煙に巻かれる。
「ゲホッ、ゴホッ、まったく酷いなぁ」
シャルはぶつくさ言いながら、戦場に程近い小高い丘に急行した。そこには魔法使いや魔女が集まって、先頭にいる漆黒の魔女が、瑠璃色の長い髪を風になびかせ、瑠璃色の目を光らせて煙の上がる戦場を見下ろしていた。
「うわ、こんなに集まってんの!?」
上からの声に皆が振り仰ぐと、たちまち空気が変わって親しみのある声が上がった。
「お嬢! お久しぶりです!」
魔法使い達が、次々とそんな言葉を発してシャルを迎える。先頭の黒い魔女だけは、黙してシャルを気に入らないような目で見ていた。
「いやあ、みんな元気そうだね」
「……あんた、何で魔法の箒もってんの? 学園に行く前に取り上げたはずだけど」
「あ、お母さん、これには深い訳がありまして……いいっしょ、この箒のおかげでこうして間に合ったんだからさ」
シャルに厳しく言う黒い魔女が、母親のメイルーダである。彼女は言い訳する娘に強い眼差しのままで言った。
「それもそうね。でも、この仕事が終わったら取り上げるから」
「えーっ、そりゃないよぉ」
シャルは、この箒だけは絶対に死守しようと思いながら、母と同じように戦場を見つめる。
「こんなに魔法使い集めて、何するつもり? ってか、お母さんが動くって相当だよね」
「公爵令嬢のお願いじゃあ、無下には出来ないからね」
「公爵令嬢!? もしかして、あいつか!?」
「あいつなんて言うんじゃない、失礼だよ」
「お母さんでも、身分とか気にするんだねぇ」
「当たり前だよ。常識も弁えられないようじゃ、一人前の魔女には程遠いね」
母に痛い所を突かれて、シャルは嫌な顔で黙った。
「何をするつもりと言ったね。これから、わたし達の魔法で戦争を終わらせる」
「えええぇっ!!? まさか、ここから敵の陣地に向けて魔法を撃つとか!?」
「馬鹿っ、そんなの論外だ! 天気を変えるんだよ!」
「天気を変える!? マジで!? ……それでこの面子かぁ」
納得したシャルが、すぐに意味不明という顔になった。
「天気を変えて何で戦争が終わんの?」
「それは現場次第だねぇ。わたし達はやれる事を全力でやる。シャルも手伝いなさい」
「わかった! 何か良くわかんないけど、燃えてきたよ!」
「よし! やるよ、お前たち!」
大魔女メイルーダが天に向かって手を上げると、他の魔法使いも倣って杖やタクトを上に翳した。
「かっこいい、正に戦乙女……」
「おお~」
マナが呆けていると、乙女が馬から降りてくる。
「わたしをお忘れですか?」
「あ、ゼノビア様!? 素敵すぎてぼーっとしちゃってました」
「貴方も妃候補ですので、お伝えしておきます」
ゼノビアは未だにマナを妃候補と認めていた。マナはその気持ちが少し嬉しかった。
「あの、何かあったんです?」
「ティア姫様が行方不明だった事は、シャルから聞いていますね」
「はい」
「これから姫様を迎えに行きます、戦場に」
「え? 戦場って……」
「あの方が何を考え、何を成そうとしているのかは分かりません。確かな事は、相当な覚悟をもって戦場にいるという事です」
あの優しいティア姫が戦場にいる。マナは、たまらなく姫に会いたくなった。一国の姫でありながら、平民のマナに分け隔てなく接し支えてさえくれた。そんな彼女が戦場で何を見ているのか、マナはどうしても知りたい。
「あの、わたしも一緒に連れて行って下さい」
「連れて行くのは構いませんが、覚悟をして下さい。貴方は今までに知らない惨状を見る事になるでしょう」
マナは逡巡はしたが、はっきりと言った。
「ゼノビア様と一緒に、行きます」
ゼノビアは頷くと、マナを自分の前に乗せる。
「おい、どこに行くつもりだ!」
「ごめんなさいニイナさん、友達を迎えに行きます」
ニイナにろくに説明できないまま、マナを乗せた馬が走り出す。後に残されたメラメラは飛翔すると、勢いの増した馬に簡単に追いついて、マナの手に拾われていた。
一日近く走って、最前線に近い森まで来ると、先に空を覆い尽くす程に濃い煙が見えた。焼け焦げる臭いまでマナの鼻に付いてくる。
「あれって、火事?」
「帝国軍が森を焼き払っているのです。ロディス同盟軍は、度重なる戦いで森の地形を利用し、帝国軍に対して優位に戦ってきました。それをさせまいとする苦肉の策です。この作戦のせいで戦いが長引き、敵味方共に犠牲が増えています」
「そんな、森を焼くなんて、酷い……」
「帝国軍は大陸統一を目指す余り暴走しているようです」
黒煙に曇る空を見上げるマナは、いよいよ戦場の匂いを感じて緊張してくるのだった。
♢♢♢
魔女が魔法の箒で空を駆けて、風が寄越した煙に巻かれる。
「ゲホッ、ゴホッ、まったく酷いなぁ」
シャルはぶつくさ言いながら、戦場に程近い小高い丘に急行した。そこには魔法使いや魔女が集まって、先頭にいる漆黒の魔女が、瑠璃色の長い髪を風になびかせ、瑠璃色の目を光らせて煙の上がる戦場を見下ろしていた。
「うわ、こんなに集まってんの!?」
上からの声に皆が振り仰ぐと、たちまち空気が変わって親しみのある声が上がった。
「お嬢! お久しぶりです!」
魔法使い達が、次々とそんな言葉を発してシャルを迎える。先頭の黒い魔女だけは、黙してシャルを気に入らないような目で見ていた。
「いやあ、みんな元気そうだね」
「……あんた、何で魔法の箒もってんの? 学園に行く前に取り上げたはずだけど」
「あ、お母さん、これには深い訳がありまして……いいっしょ、この箒のおかげでこうして間に合ったんだからさ」
シャルに厳しく言う黒い魔女が、母親のメイルーダである。彼女は言い訳する娘に強い眼差しのままで言った。
「それもそうね。でも、この仕事が終わったら取り上げるから」
「えーっ、そりゃないよぉ」
シャルは、この箒だけは絶対に死守しようと思いながら、母と同じように戦場を見つめる。
「こんなに魔法使い集めて、何するつもり? ってか、お母さんが動くって相当だよね」
「公爵令嬢のお願いじゃあ、無下には出来ないからね」
「公爵令嬢!? もしかして、あいつか!?」
「あいつなんて言うんじゃない、失礼だよ」
「お母さんでも、身分とか気にするんだねぇ」
「当たり前だよ。常識も弁えられないようじゃ、一人前の魔女には程遠いね」
母に痛い所を突かれて、シャルは嫌な顔で黙った。
「何をするつもりと言ったね。これから、わたし達の魔法で戦争を終わらせる」
「えええぇっ!!? まさか、ここから敵の陣地に向けて魔法を撃つとか!?」
「馬鹿っ、そんなの論外だ! 天気を変えるんだよ!」
「天気を変える!? マジで!? ……それでこの面子かぁ」
納得したシャルが、すぐに意味不明という顔になった。
「天気を変えて何で戦争が終わんの?」
「それは現場次第だねぇ。わたし達はやれる事を全力でやる。シャルも手伝いなさい」
「わかった! 何か良くわかんないけど、燃えてきたよ!」
「よし! やるよ、お前たち!」
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