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第三章 森の薬師編

58 新しいお仕事探します

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 アリアの言った通り、三日後に薬王局から報せが届いた。結果はお咎めなしだった。

「ハハ、お咎めなしとは驚いたな。良くても降格と思っていたが」
「本当に良かったです!」
「アリア先生も、マナの事を気にしていたからな。お前の為に、うるさい役員の薬師共を黙らてくれたんだろうよ」
「わたしの為に、ですか」
「そうだ、間違いなくな」

 このフェアスティアという世界に来てから、マナは様々な人間の恩情にあずかり、母のような愛情まで注いでくれる人までいる。以前は居場所もなく世界がマナを拒んでいると感じていたが、今は真逆だ。フェアスティアはマナを温かく包み込んでくれている。

「さてと、一つ相談をしよう」

 ニイナは改まった様子で、マナと向かい合って話し始めた。

「最初に言っておくが、お前を傷つけようってわけじゃない。お前にとって必要な事だから、はっきりと言わせてもらう。とにかく話を聞いててくれ」

「はい……」

「お前は薬師にはなれない。あの傷薬を作る時、お前はセンバ草が混じってないか何度も確認し、それでも事故を防げなかった。一度のミスくらいは仕方ないと言いたいところだが、お前のはうっかりミスなんてものじゃないんだ」

 ニイナは、どう説明したものかと少し考えて、

「あのミスは、マナの性質や性格からくるものだ。こういうのはいくら注意しても直せない。一生付き合っていくしかないんだ。これは間違いの許されない薬師には致命的だ」

 ニイナがの言っている事は、マナには痛いほど分かる。今までにもこういう事があって、ずっと悩んできた。どうして自分はこう間抜けなのかと思わずにはいられなかった。

「お前のそういう性格に合っている仕事があるはずだ。薬師は諦めて、別の仕事を探すんだ」

 ニイナは、しょんぼりしてしまったマナの頭に手を置いて言った。

「なに、安心しろ。お前の帰ってくる場所はここにある。だから、時間をかけてお前のやるべき事を見つけるんだ」

 それを聞いたマナが顔を上げて明るい笑みを咲かせる。ニイナさんがいてくれるから大丈夫、心の底からそう思うことが出来た。

♢♢♢

 マナはニイナと一緒にワークギルドに向かった。ワークギルドは一般的な仕事の斡旋を専門に行うギルドである。他にも冒険者ギルドや薬師ギルドなどもある。

 ギルドには多くの人間がいて活気があった。受付嬢と就活者の話し声がそこかしこから聞こえてくる。そんな喧噪の中でマナは緊張していた。

「受付にやりたい仕事とか希望を言えば探してくれるぞ」
「そんな簡単にお仕事探せるんですね」
「便利だろ」
「昨日、ニイナさんと一緒に行ったお店とかどうかな」
「ああ、宵の兎停か。いいんじゃないか、何でもやってみろ」

 早速聞いてみると、お店の従業員、絶賛募集中だった。忙しい店なので、いつでも人手が足りていないのだという。

♢♢♢

 その夜、マナは仕事をする事の大変さを思い知る事になった。

「3番テーブル、ビールと葡萄酒もってって!」
「は、はい!」

 マナは大きい声を出すのが苦手なので、返事の度に一々緊張しておかしな感じになっていた。酒を客に届ける時に、いきなり足を滑らせて転倒してしまった。派手な音と一緒に酒を盛大に零して客たちの注目を集めてしまう。

「あわわ、ごめんなさい!」
「馬鹿っ、なにやってんだ!」
「ごめんなさい! ごめんなさい!」

 店長の激が飛ぶ。

「フェアリーちゃん、あっちの席にお願いね」
「は~い」

 店員のお姉さんに指示を受けたメラメラが、トレイを頭の上に乗せてマナの横をすり抜けて客に酒を届けて大絶賛されていた。

「おい、注文したメニューと違うの来てるんだけど!」
「注文取ったの誰だ!」
「わたしです、ごめんなさい!」

 頭を下げているマナの近くを、料理を持ったメラメラがまた通り過ぎた。可愛らしいフェアリーのウェイトレスは女性に大人気で、マナから店員の言う通りにするように命令されていたので、それを忠実に守って的確に酒や料理を運んでいく。一方、マナの方は失敗ばかりで散々であった。



 マナの仕事が終わる頃にニイナは迎えに来た。仕事初日なので心配だし、マナをあまり一人にはしたくない。仕事をするにしても、これからどうするべきかとニイナか考える。しかし、悪い意味でそんな心配は必要ないのであった。

 マナはすっかり生気が抜けてふらついていた。頭の上にいるメラメラは元気いっぱいで、二人の醸すコントラストがちょっと面白かった。

「お、おい、大丈夫か?」
「はうぅ、疲れました……」

 家に帰るなり疲れ切ったマナはテーブルの上に伏せった。そんなマナに、ニイナは結果を予想しつつ話しかけた。
 
「どうだったんだ?」
「駄目でした、明日からもう来なくていいって言われちゃいました……」
「そうか……まあ、そう落ち込むな。他にもっといい仕事があるさ」
「でもでも!」

 とマナが急に元気に起き上がり、頭に付いてるメラメラを抱き上げる。

「メラメラも一緒に頑張ってくれて、メラメラだけお店に来てほしいって言ってもらえたんですよ! ほんっとに良く出来る子で、わたし嬉しくって」

 マナが涙目になって言うと、ニイナの顔が引きつった。

「そういうのは親馬鹿って言うんだぞ」
「いいんです、メラメラが褒めてもらえたら、わたしなんてどうだって」
「はぁ、メラメラが可愛いのは結構だが、お前が頑張らないと意味がないぞ」

 そういうわけで、マナの仕事探しが始まった。花屋、パン屋、魔法道具屋、ギルドの掃除係など色々やったがどれも駄目だった。ニイナはいつでもお気楽で、焦らず仕事を探すようにと言ってくれる。城に助けを求めれば、仕事を見つけるのは簡単だ。しかし、マナはそれだけはしたくなかった。自分の力で、自分のやるべき事を見つけたかった。

♢♢♢

 仕事を探し始めてから一ヶ月が経った頃、マナは心身ともに疲れ果て、安らぎを求めてエリアノ教会に訪れていた。

「はあぁ、世知辛いなぁ」

 マナはメラメラを抱きながら、世の中の厳しさをひしひしと感じていた。祈るべくもなく、ただただ女神像を見上げる。

「主よ、妖精の女王よ、人の従者の創造主よ、我らを導き給え」

 神父の文言など全く頭に入ってこない。ただ落ち着ける場所にいたくて、ずっと女神像を見上げていた。

 ――アルカード様、どうしてるかな。

 不意にアルカードの事を思い出して涙が滲んだ。もう忘れようと思っても、ふとした瞬間に彼の事を考えて悲しくなってしまう。

「おや、あなたは以前お会いしましたね」

 王太子の事を考えていたマナは、話しかけられるまで神父が近づいているのに気付かなかった。

「あ、こんにちは神父さん」
「少々、お疲れのように見えますが」
「実は、仕事探しに疲れていまして……」

 それから神父に詳しい話をすると、

「そういう事ならば、教会で仕事をしてみませんか?」
「え、いいんですか?」
「はい、あなたはフェアリーを持っていますし、教会で働くにはうってつけの人材ですよ。こちらからお願いしたいくらいです」
「あ、あの、是非お願いします! ここで働かせて下さい!」

 ちょっと憧れていたシスターになれると思うと、今までの仕事は忘れてやる気がみなぎってきた。
「では、明日から教会に来て下さい。お待ちしていますよ」
「はい、よろしくお願いします!」

 思わぬところで仕事が決まって、マナは希望を胸に意気揚々と帰っていくのであった。
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