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第三章 森の薬師編

56 薬王局長アリア

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 マナが薬科試験に受かって安心したのは束の間で、妙な事件が起きてしまった。

 その日、二人の男が訊ねてきた。騎士とは様子が違うが、帯剣していて厳しい表情を浮かべていた。ニイナは彼らの姿を見ると、いつもの余裕のある感じが抜けて緊張していた。ニイナが男たちを話し合っている姿を、マナは少し離れて見ていた。とても心配だった。

 話し合いが終わるとニイナが言った。

「参ったなぁ」
「何があったんですか?」
「薬王局にお呼び出しだ、お前も一緒に来いとさ」
「薬王局??」
「お前は知らないよな。まあ、行けば分かる」

 外には馬車が止まっていた。マナが今まで乗っていたものとは全く違っていて、窓の部分には格子があり、ドアには鍵などが付いていて物々しかった。

 マナはメラメラを抱いてニイナの背中から恐々とその馬車を除き込んだ。どう見ても普通ではなかった。

「何もあんな馬車に乗せなくても良くないか?」
「あれでもましな方です。あなたでなければ、問答無用で連行するところですよ」

 ニイナと男の会話も不穏な空気を纏っていた。

 ニイナとマナは馬車に乗せられ、馬車のドアが閉じて鍵をかける音が耳に残る。マナは何だか罪人になったようで気分が落ち込んだ。

 馬車が走り出し、森を抜け、町に入ってなお進み、マナが見慣れた貴族街まで来ると大通りの十字路を右に曲がって半環の道をひた走る。その辺りでずっと黙っていたニイナが言った。

「いいか、お前は絶対に何も言うな」
「あの、何が起こってるんです?」
「まあ、ちょっと失敗しちまったんだよ。これから怒られに行くんだ」
「失敗って?」
「お前は気にしなくてもいい。とにかく何も言わないで話を聞いてるんだ、いいな」

 ニイナに強く念を押されて、マナは何度か頷いた。

 やがて湖が見えてきて、畔に立派な建造物が現れる。石造りの直方体の建物で、その大きさな薬学院の2倍はある。馬車はその前で止まった。

 マナが外に出てメラメラと一緒にそれ見上げる。地上7階建て、この世界は似つかわない近未来的な建物だ。これより城を挟んで反対側には学園と薬学院がある。

「これが薬王局だ、薬師の総本山みたいなところだ。いつか連れてこようとは思っていたが、こんな形になっちまうとは、お前に申し訳ないよ」

「そんな、謝らないで下さい。何があったのかは分からないですけど、わたしはニイナさんと一緒にいられて幸せですから」

「いい子だなぁ、お前は!」
「あう~っ!」

 ニイナに抱きしめられ間に挟まれたメラメラが迷惑がっていた。こんな状況でもマナは嬉しかった。

「お早くお願いします」

 付き添ってきた男の一人に促され、ニイナとマナは薬王局に入った。

 二人は帯剣した男たちに前と後ろを固められて階段を上がっていく。完全に警官に連行されている図だった。やがて最上階へと至り、いくつもある部屋の中で一番大きな扉の部屋の前に立った。

 ――あれ? 何だか見覚えのある扉だなぁ。
 マナはこれと良く似た感じの場所を知っている。

 男の一人がノッカーを叩いて音が廊下に響いた。

「局長、ニイナ・エインをお連れしました」
「お入りなさい」

 マナが部屋に入ると、自分が知っている場所と似た空間がそこに広がっていた。両サイドの壁に並んでいる本棚の配置と、広い部屋の窓側にぽつんとある執務机は殆ど同じイメージだった。

「え? アリアさん?」
「お前、局長に向かって失礼だぞ!」

 思わず声を出して、マナは怒られてしまった。マナがそこにいる事に、アリアも驚いているようだった。

「ご苦労様でした。後はニイナと二人で話します」

 マナ達を連れてきた男たちは一礼して出て行った。

「さて、怒られタイムだ」

 ニイナが誰にも聞こえないように小声で言って、アリアの前に進み出た。マナも横にくっついていた。アリアの執務机の上には、円平な木製のケースに入った薬が数個置いてある。マナはそれに見覚えがあった。

 マナが嫌な予感に苛まれた時に、アリアがニイナをまっすぐに見て言った。

「これはどういう事なのか、説明して頂けますか?」
「どうもこうも、間違っちゃったんですよ。すみませんでした」

 ニイナが頭を下げると、アリアが怒って机を叩いた。

「真面目に答えなさい! この薬のせいで被害がでてるんですよ!」
「回収までしてくれたんですね」
「当たり前です!」

 アリアが大声で怒鳴って、マナは震え上がった。マナはアリアの優しい姿しか見た事がないので、受けた衝撃は計り知れない。

「この薬を使用した方に炎症が起こりました。良く調べた結果、毒草のセンバ草が混入していました。問題は薬王局の方で対応済みですが、この責任は重大ですよ」

 それを聞いた瞬間に、マナには全てが分かった。途端にそわそわしだして、ニイナがその背中に手を触れて落ち着かせようとする。

「分かっています。どんな処罰でも受けますよ」
「本当に分かっているのですか? 降格くらいでは済みませんよ」
「分かってますって」

 軽く言うニイナと隣にいるマナを、アリアが交互に見て困惑していた。二人の間にある違和感が容易に伝わったのだ。

「……役員の薬師達が、あなたの称号を剥奪するようにと大騒ぎしています」
「まあ、わたしの事を疎ましく思ってる奴はいくらでもいるでしょうからね」
「クリエイターのあなたが、こんなミスをするわけないでしょう。本当の理由を言わないと、称号が無くなるどころか薬師ですらなくなるのですよ」
「いいですよ、一からやり直しますから」
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