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第三章 森の薬師編

54 シャルの来訪

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 ニイナの家の食材が昨日の夜から少なくなっていた。今朝は窯でナンを焼き、それに細かく切った牛肉を炒めたものにスクランブルエッグとレタスを添えて、別の小皿にはラズベリーのジャムを出した。

「ニイナさん、もう食べるものがありません」
「そうかそうか。こんな少ない食材でも美味いものを作るんだから、マナは大したもんだな」

 メラメラとニイナが並んで座って、具材を包んだナンに同時にかぶりついた。マナはニイナの前に座ると、ちょっと期待を込めて言った。

「やっぱりあれですか。山で猪とか狩ったり、川で魚を釣ったりするんですか?」

「お前はわたしを何だと思ってるんだ。薬師が狩りスキルまで持ってたら怖いぞ……まあ、このボロ屋を見たら、そんな考えになるのも無理はないが」

 ニイナはマナの手料理に舌鼓を打ちながら言った。

「食材は町で買ってるよ。後で買出しに行かないとなぁ」

 その後は家の掃除に取り掛かった。ニイナは掃除が大の苦手だそうだ。マナは腕まくりをして蓄積している家の汚れに果敢に挑んでいった。

 ニイナは大掛かりな器具を使って何やら始める。それと同時に、試験管で複数の薬品を合わせたり、ビーカーに入れた液体をアルコールランプで熱したり、すり鉢で薬草を潰したりと、様々な作業を並行してやっていた。
 薬師の仕事を初めて生で見るマナは、しばらく掃除の手を止めて見入っていた。

「薬作りって、材料を全部窯に入れてグツグツ煮るとかじゃないんですね」
「そりゃあ、錬金術師の仕事だな。薬師の仕事は結構細かいんだ」

 それから気合を入れなおして、マナは再び掃除に打ち込むのであった。


 お昼ごろに空に人影が現れ、次第にそれが森の家に向かって降下してくる。
 箒に乗ってきた少女が地面に降りて、家の庭を除き込んだ。

「マナがいる家って、ここかな?」

 少女は庭の畑を見て仰天し、誰の許可も得ずに中に入った。そして畑の前に蹲って目を凝らした。

「え? これ、めっちゃレアな薬草じゃん!」

 小さな家なので、快活な少女の声が隅々にまで届いた。

「どなたですか?」

 掃除を終えたばかりのマナが庭に出ていくと、見知った少女の姿に感激した。

「シャル!」
「マナーッ!」

 二人の少女は抱き合って喜び合った。

「いて良かったよ! すごく心配してたけど、何だか元気そうじゃん!」
「うん、今すごく楽しいよ」

「おや、友達かい?」
 ニイナが玄関から出てきていた。

「学園で仲良くしていたシャルです」
「お姉さんがマナの保護者?」

 ニイナは少し恥ずかし気に頭の後ろに手をやって言った。

「まあ、そんなようなもんだ。君は見たところ魔女のようだな」
「シャルは、ものすごく有名な魔女さんの娘さんなんです」
「ああ、大魔女メイルーダの娘さんか。シェルリから学園に通っているような事は聞いたな」

 ニイナは二人を家に入れて、緑茶と茶菓子を出してやった。シャルはメラメラを頭の上に乗せながら、お茶うけに出された色とりどりなチョコレートを宝石の鑑定でもするように見ていた。

「ほうほう、ほほう」
「どうしたの?」
「これって、めっちゃ高級なチョコレートだよ、学園でもお目に掛かれないレベルで」
「そんなにすごいんだ……」

「大したもんじゃないさ、どんどん食え」

 メラメラはシャルの頭の上で遠慮なくチョコをかじって幸せそうな顔をしていた。

「こんなの上級貴族の家じゃないと出てこないよ。お姉さん、只者じゃないね」
「褒めたって何にも出ないぞ」
「これ以上のものが出てきても困っちゃうよ」

 マナとシャルもチョコを口に入れて幸せそうな顔になった。

「はっ、余りの美味しさに目的を忘れるところだった」
「何かあったの?」
「あったもあった、大ありだよ!」

 シャルはずいぶん大げさな身振りで言うが、話を聞くとそれが大げさでも何でもなかった。

「ティア姫が行方不明になっちゃって、学園は大騒ぎさ」
「ティア様が行方不明!!? なんでそんな事に……」

「言い辛いんだけど、マナの事件があってからティア姫が国に帰ってさ。それから学園に戻る途中で、護衛騎士から侍女から姫まで全部丸ごと消えちゃったんだよ」

「もしかして、わたしのせいなのかな……」
「いやいや、それはないって」

 シャルがぶんぶん手を振って否定する。

「一国の姫が消えるって、そいつはえらい話だなぁ。メルビウスじゃ大事になってるだろう」

 ニイナの言う通り、メルビウス王国の城ではとんでもない騒ぎになっていた。
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