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第二章 聖メディアーノ学園編

23 学園の朝

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 入学式は午前中で終わり、午後は明日から始まる学園生活の準備に充てられる。

 生徒たちはパーティー会場の講堂から寮に向かう。特別な事情がない限りは、生徒は寮に入る事になっている。それが学園の方針で、生徒の自立を促す目的があるのだ。侍女の付随は認めているが一人までだ。王女や公女にもなると最低でも五人は侍女が付くので、これはかなり少ないと言える。

 寮があるのは校舎の裏手で、徒歩でも問題ない距離だ。それでも上級貴族や王族を迎える馬車が来ていて、マナもその一つに乗る事になっていた。

 すでに到着していた馬車の前で、レクサスが待っていた。彼はマナの姿を確認すると、ドアを開けて迎え入れる。

「おかえりなさいませ、お嬢様、パーティーはどうでしたかね?」

 マナは、メラメラを抱きながら、下を向いてため息をついた。

「おや?」

 馬車は元気のないマナを乗せて動きだす。歩きで寮に向かう生徒が窓の外を流れていく。マナはまた溜息を吐いた。その様子に気を揉んだレクサスが言った。

「何かあったんですか?」
「パーティーでマナ様に無礼を働いた者があったのです」

「そんな輩は気にしなさんな。なんて言ったって、お嬢様は妃候補なんですからね」
「マナ様、あのような者たちには、決して手出しはさせません。ですからご安心下さい」

 レクサスとユリカの気持ちはとても嬉しいのだが。

 ――違うんだよなぁ。

 マナはライバルであるアルメリアとティア姫から与えられる重圧に悩んでいるのだった。さっき頑張ろうと決めたのに、もう気持ちが揺らいでいた。

「マナ~、だいじょうぶか?」

 メラメラが下からマナの頬を触った。その時、マナは何となく、メラメラだけは自分の本当の気持ちを分かってくれていると思った。

「メラメラ、ありがとうね」
 マナはメラメラの頭をなでてやるが、小さな家族はずっと心配そうな顔をしていた。


 寮は三階建ての大きな洋館で、上に行くほど部屋が広くて豪華になっていく。三階には身分の高い貴族や王族が入るのが常となっている。

 身分は平民扱いとは言え、王家の後ろ盾のあるマナには、三階の奥から二番目の部屋があてがわれていた。内装は、既に城から派遣された数人の侍女が整えていて、マナが城にいた時に使っていた部屋を模倣していた。そこにはマナが少しでも生活しやすいようにという配慮があった。

 ユリカ以外の侍女は、マナを部屋に受け入れた後に城に戻った。疲れ果てていたマナは、早めの夕食の後、すぐに就寝してしまった。

♢♢♢

 聖メディアーノ学園では、チャイムの代わりに鐘の音が響く。生徒たちは、起床を知らせる鐘と共に動き出し、始業を知らせる鐘と共に教室に向かう。
 
 始業を知らせる鐘の後に、誰かが部屋のドアを激しく叩いた。制服に着替えたマナにリボンタイを合わせていたユリカが、朝から騒々しいのに辟易しながらドアを開ける。

「マナ、一緒に教室行こう!」
 開けるなり、元気なシャルの姿がドアから飛び込んできた。

「シャル様、もう少しお静かにお願いします。そんなにドアを強く叩いたら、周りの御令嬢方に迷惑です」

「あっ、ごめんごめん、つい」
 ユリカの苦言に、シャルが済まなそうに頭を触る。

「シャル~、おはよ~っ!」

 若草色のドレス姿のメラメラが、シャルに負けじと大きな声を出した。ユリカはメラメラを睨み、抑揚のない声で注意する。

「メラメラも、静かに」

「ごめんなさい」とトーンを落として言うメラメラの姿が可愛らしい。

 マナは自分でリボンタイを付けて、出る前にユリカがその位置を少し直した。

「いってらっしゃいませ、マナ様」
「いってきます」

 マナがこんなやり取りをするのは久方ぶりで、ユリカが、いってらっしゃいと送り出してくれるのが、心の底から嬉しかった。

 廊下に出ると、護衛していたレクサスが、赤い制服姿のゼノビアと会話していた。

「お嬢様、いよいよ初登校ですね、校舎まで護衛いたしますよ」
「宜しくお願いします、レクサスさん」
「よろしく~」

 マナの近くで浮いているメラメラが流暢りゅうちょうに言った。

 マナは、廊下で待っていてくれたシャルとゼノビアに合流し、別棟の校舎に向かう。

「よーし、今日は初日だ! 気合入れていくぞ!」
「いくぞ~」

 シャルと同じように、メラメラも拳を突き出して、マナはくすりと笑った。
 外に出て歩き出し、その時にマナが庭園にある日時計を見ると、八時半頃だった。授業は九時から始まる。

 王妃候補の三人が横並びになり、その後ろから護衛のレクサスがついてくる。上級貴族の黒い馬車が、彼女らを抜き去っていった。

「あなたレクサス様を護衛に付けているのね、驚いたわ」

 ゼノビアに話しかけられて、マナは不思議に思った。

「驚くような事なんですか?」
「レクサス様は、近衛騎士団副団長ですよ。聞いていないのですか?」
「あ、そういえば聞いたような……」

 冷静に考えれば、騎士団の副団長が一人の護衛に付くなどあり得ない事だ。マナはそこのところを深く考えていなかった。ゼノビアに指摘されて、今この瞬間に、はっと気づいたのだ。

「さらに言えば、レクサス様はこの国で一、二を争う剣の使い手で、神薬革命の時には当時の王太子の片腕を務め、暴徒と化して市民に襲いかかった軍団を一人で何十人も斬り倒した伝説の騎士なのです」

「あわわわ、そ、そんなすごい人だったの!?」

 ゼノビアが神妙に深く頷くと、マナはレクサスに対して、すごく悪い気持ちになった。ゼノビアは、恨めしそうな表情を見せつつ言った。

「わたしが母の次の尊敬している騎士です。それを護衛にするなんて」

「そんなにすごい人だなんて知らなかったの。それに、レクサスさんを護衛にってお願いしたのはユリカだし……」

「それを簡単に許可してしまう王妃様も王妃様ですね……」

 その話に興味がなかったシャルは、メラメラを頭の上に乗せて遊んでいた。

「昨日のパーティーさ、ゼノビアの姿見なかったんだけど、どこいってたのさ? マナが大変だったんだよ」

「その話は聞き及んでいます。王子が近くにいても手を出してきたのですから、中心人物の身分は高いでしょうね。わたしも注意して見ておきます」

「なんだかんだ言って、マナの味方してくれるんじゃん」
「騎士として、身分を傘にして行う卑劣な行為は許せません。ただ、それだけです」

「左様ですか。で、君は昨日は何をしていたの?」
「さる有名な戦略家の伯爵がいまして、後進の為にお話しを伺っていました」

 それを聞いたシャルは何とも言えない顔になった。

「貴族のお嬢様がパーティで戦略家とお話しって、どうなのよ?」
「わたしは貴族の令嬢である前に騎士なのです」

「いやいや、それはせめて逆にしようよ」
「お母様も、自分は貴族である前に騎士だと言っています。わたしもそのように生きていきます」

「母娘そろって筋金入りか……」

 きっぱりと言い切るゼノビアに、シャルは、もはやぐうの音も出ない。そんな二人の会話の様子を、マナが楽し気に見ていた。
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