20 / 86
第二章 聖メディアーノ学園編
20 王妃の心配事
しおりを挟む
居間となっている部屋で、王妃シェルリが忙しなく歩き回っていた。両手は祈りでも捧げるように組んで、心配そうな面持ちである。彼女は悩んだ末にそこを出て、練習場に向かった。その時に無言で出ていくので、侍女たちが慌てて後を追うことになった。
練習場ではエリオが一人で大剣を振って修練を重ねていた。シェルリが現れると彼は剣を下ろした。
「お前がこんな所まで来るとは、何があったんだ?」
「どうしても相談したいことがあって、マナのことなんですけど」
シェルリは昨日の夜にあったことを話し始めた。
マナは謁見の間に呼ばれてシェルリと会っていた。
「聖メディアーノ学園に通うにあたって、あなたに伯爵以上の爵位を与えます。王家がしかりと後ろ盾になりますから、安心して学園に行ってください」
それを聞いたマナはもじもじしていて、言いたいことがありそうだった。
「気になる事があるなら、遠慮しないで聞いていいのよ」
「あの、わたし、爵位はいりません」
それを聞いたシェルリは、マナが爵位の意味を理解していないのではと疑った。
「妃候補なのですから、それなりの身分が必要なのですよ」
「わたしは、わたしのまま学校に行きたいんです。前の世界では、わたしは普通の人でした。だから、この世界で普通の人と同じ身分にして下さい」
「……それでは、平民として学園に行くことになるわ。それはあなたにとって、とても不利になるし、辛い目に合うかもしれないわ。わたしは反対です」
シェルリがはっきり言うと、マナは恐れを抱いて黙る。そして、やや沈黙があってから、彼女は勇気を出して反駁した。
「妃殿下様、ごめんなさい。これだけは、どうしても譲れません」
この世界に来て、マナがこれほどまでに強く出るのは初めての事だった。
「何か理由があるのね。良かったら、話してくれませんか?」
「お母さんの遺言なんです」
それを聞いたシェルリは、真摯にマナを見つめて次の言葉を待った。
「決して嘘を言わずに清純に生きなさいって。だからわたしは、嘘はつきません。わたしは普通の女の子で、高い身分をもらっていいような子じゃないんです。わたしは、ありのままの姿で学校に行きたいんです」
その強い決意の前に、シェルリはマナが平民として学園に行くことを許可したのだった。
「やはり、無理にでも爵位を与えるべきじゃないかと思うのです」
シェルリの話を聞いたアルカードは、大剣を地面に突き刺して腕を組んだ。
「決して嘘を言わずに清純に生きるか、理想の過ぎる言葉だ」
だが、とエリオは続けた。
「あの子に限っては必要な言葉に思える。あの子は変わっている。悪く言えば、普通の人間と比べて純朴すぎるところがある。マナの母上は、その事をよく理解していたのだろう。その上でこの言葉を与えたのだと思う」
エリオは王妃を安心させるように笑みを浮かべて言った。
「マナの母上の心と、マナの信念を尊重しよう。だが、何が起こっても対処できるように準備はしておけ」
「はい、わかりました。やっぱり、あなたに相談してよかったわ」
「あまり気負うなよ。お前が倒れでもしたら、国が回らなくなるんだからな」
「しっかり休みは取っていますから、安心して。でも、趣味の薬の研究ができないのが辛いわ……」
「それについては申し訳ないと思っている。お前の補佐をしてくれる者でもいればいいのだがな」
エリオが言うと、シェルリが表情を硬くする。
「補佐なんて必要ありません。わたし一人で何とかできます」
国主の補佐と言えば宰相だが、シェルリはその要職に対して拒絶反応を示す。エリオはその理由を誰よりも良く知っているので、それ以上は言及しなかった。
それからエリオは顎に手を置いて考え込むような仕草をする。彼は、基本的には、シェルリのすることに口出ししないようにしているが、この時は口を開いた。
「マナの事なのだが、あの子を学園に行かせても良かったのか?」
「それは、どういう意味でしょう?」
「召喚の件もあるしな。あの子には、もっと相応しい道があるんじゃないのか?」
「それは、そうかもしれません。けれど、他の妃候補と等しい権利を与えてあげるべきだと思います。それで王妃になれなければ、別の道を考えましょう」
「そうか、余計なことを言ったな」
「余計だなんて、ロディスはあなたの国なのですから、もっと意見を言って頂いてもよろしいのに」
「俺はお前の騎士としてこの国を守ると決めている」
エリオの地面の剣を引き抜くと、目の前にいる敵を想像して一振りした。大剣の起こした風圧で、彼の前方に砂埃が立った。
練習場ではエリオが一人で大剣を振って修練を重ねていた。シェルリが現れると彼は剣を下ろした。
「お前がこんな所まで来るとは、何があったんだ?」
「どうしても相談したいことがあって、マナのことなんですけど」
シェルリは昨日の夜にあったことを話し始めた。
マナは謁見の間に呼ばれてシェルリと会っていた。
「聖メディアーノ学園に通うにあたって、あなたに伯爵以上の爵位を与えます。王家がしかりと後ろ盾になりますから、安心して学園に行ってください」
それを聞いたマナはもじもじしていて、言いたいことがありそうだった。
「気になる事があるなら、遠慮しないで聞いていいのよ」
「あの、わたし、爵位はいりません」
それを聞いたシェルリは、マナが爵位の意味を理解していないのではと疑った。
「妃候補なのですから、それなりの身分が必要なのですよ」
「わたしは、わたしのまま学校に行きたいんです。前の世界では、わたしは普通の人でした。だから、この世界で普通の人と同じ身分にして下さい」
「……それでは、平民として学園に行くことになるわ。それはあなたにとって、とても不利になるし、辛い目に合うかもしれないわ。わたしは反対です」
シェルリがはっきり言うと、マナは恐れを抱いて黙る。そして、やや沈黙があってから、彼女は勇気を出して反駁した。
「妃殿下様、ごめんなさい。これだけは、どうしても譲れません」
この世界に来て、マナがこれほどまでに強く出るのは初めての事だった。
「何か理由があるのね。良かったら、話してくれませんか?」
「お母さんの遺言なんです」
それを聞いたシェルリは、真摯にマナを見つめて次の言葉を待った。
「決して嘘を言わずに清純に生きなさいって。だからわたしは、嘘はつきません。わたしは普通の女の子で、高い身分をもらっていいような子じゃないんです。わたしは、ありのままの姿で学校に行きたいんです」
その強い決意の前に、シェルリはマナが平民として学園に行くことを許可したのだった。
「やはり、無理にでも爵位を与えるべきじゃないかと思うのです」
シェルリの話を聞いたアルカードは、大剣を地面に突き刺して腕を組んだ。
「決して嘘を言わずに清純に生きるか、理想の過ぎる言葉だ」
だが、とエリオは続けた。
「あの子に限っては必要な言葉に思える。あの子は変わっている。悪く言えば、普通の人間と比べて純朴すぎるところがある。マナの母上は、その事をよく理解していたのだろう。その上でこの言葉を与えたのだと思う」
エリオは王妃を安心させるように笑みを浮かべて言った。
「マナの母上の心と、マナの信念を尊重しよう。だが、何が起こっても対処できるように準備はしておけ」
「はい、わかりました。やっぱり、あなたに相談してよかったわ」
「あまり気負うなよ。お前が倒れでもしたら、国が回らなくなるんだからな」
「しっかり休みは取っていますから、安心して。でも、趣味の薬の研究ができないのが辛いわ……」
「それについては申し訳ないと思っている。お前の補佐をしてくれる者でもいればいいのだがな」
エリオが言うと、シェルリが表情を硬くする。
「補佐なんて必要ありません。わたし一人で何とかできます」
国主の補佐と言えば宰相だが、シェルリはその要職に対して拒絶反応を示す。エリオはその理由を誰よりも良く知っているので、それ以上は言及しなかった。
それからエリオは顎に手を置いて考え込むような仕草をする。彼は、基本的には、シェルリのすることに口出ししないようにしているが、この時は口を開いた。
「マナの事なのだが、あの子を学園に行かせても良かったのか?」
「それは、どういう意味でしょう?」
「召喚の件もあるしな。あの子には、もっと相応しい道があるんじゃないのか?」
「それは、そうかもしれません。けれど、他の妃候補と等しい権利を与えてあげるべきだと思います。それで王妃になれなければ、別の道を考えましょう」
「そうか、余計なことを言ったな」
「余計だなんて、ロディスはあなたの国なのですから、もっと意見を言って頂いてもよろしいのに」
「俺はお前の騎士としてこの国を守ると決めている」
エリオの地面の剣を引き抜くと、目の前にいる敵を想像して一振りした。大剣の起こした風圧で、彼の前方に砂埃が立った。
1
お気に入りに追加
332
あなたにおすすめの小説

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!
柊
ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」
ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。
「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」
そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。
(やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。
※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。
絶対婚約いたしません。させられました。案の定、婚約破棄されました
toyjoy11
ファンタジー
婚約破棄ものではあるのだけど、どちらかと言うと反乱もの。
残酷シーンが多く含まれます。
誰も高位貴族が婚約者になりたがらない第一王子と婚約者になったミルフィーユ・レモナンド侯爵令嬢。
両親に
「絶対アレと婚約しません。もしも、させるんでしたら、私は、クーデターを起こしてやります。」
と宣言した彼女は有言実行をするのだった。
一応、転生者ではあるものの元10歳児。チートはありません。
4/5 21時完結予定。

愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
だから聖女はいなくなった
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」
レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。
彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。
だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。
キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。
※7万字程度の中編です。
婚約破棄すると言われたので、これ幸いとダッシュで逃げました。殿下、すみませんが追いかけてこないでください。
桜乃
恋愛
ハイネシック王国王太子、セルビオ・エドイン・ハイネシックが舞踏会で高らかに言い放つ。
「ミュリア・メリッジ、お前とは婚約を破棄する!」
「はい、喜んで!」
……えっ? 喜んじゃうの?
※約8000文字程度の短編です。6/17に完結いたします。
※1ページの文字数は少な目です。
☆番外編「出会って10秒でひっぱたかれた王太子のお話」
セルビオとミュリアの出会いの物語。
※10/1から連載し、10/7に完結します。
※1日おきの更新です。
※1ページの文字数は少な目です。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年12月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、番外編を追加投稿する際に、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる