楽園の天使

飛永ハヅム

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 道路に倒れ伏してピクリともしない秋葉あきはにゆっくりと近付き、その顔を覗き込むように乱世らんせが膝をついてしゃがむ。
 ぼんやりとしていた秋葉あきはの視線がしゃがみ込んだ乱世らんせへと向き、か細い声が聞こえた。

「だいじょぶ、なの?」
「もう全部終わったよ」
「そっか」

 安心させるように優しく笑いかける乱世らんせに、安堵した秋葉あきはが初めてわずかにだが微笑みを浮かべた。

(やっぱり秋葉あきはちゃん、笑うと可愛いなぁ)

 しみじみとそんなことを感じ入っていた乱世らんせが助け起こそうと秋葉あきはに手を差し伸べる。

秋葉あきはちゃん、立てる?」

 しばらく呆然とその手を見ていた秋葉あきはだったが、ゼネリアが消滅し、少しずつ意識が明瞭になってきたのだろう。
 はっとした顔で乱世らんせと距離を取る。

秋葉あきはちゃん?」
「近寄らないで!!」
「へっ!?」

 突然の拒絶に乱世らんせの口から間抜けな声が漏れる。
 秋葉あきはは本当に怯えているようで、動くのすらつらいはずの身体で必死に後ずさりしている。

「悪魔とか天使とか、もう訳わかんない!! そんなの全部化物でしょ!! あなたも化物なんでしょ!? 助けて!! お願いだから近付かないで!! もう嫌!! 化物なんて大っ嫌い!!」

 秋葉あきはの言い分はもっともだ。
 悪魔も天使も人間から見れば人外の存在であることに間違いはない。
 一緒くたにするのはどうかと思うが、見る人によっては双方共に化け物と言えなくはない。

(俺が……化け物!?)

 乱世らんせがショックを受けている間に、秋葉あきはは死にもの狂いでメイン通りへと駆け出す。

「えっ!? 待ってよ、秋葉あきはちゃん!! 俺は、秋葉あきはちゃんの事が好きなんだ!! 本当に、秋葉あきはちゃんの事が大好きなんだー!!」
「嫌だ!! 聞きたくない!!」
秋葉あきはちゃーーーーん!!」

 転びそうになりながら走って逃げ去る秋葉あきはの背中に、乱世らんせは全力の告白をぶつけたが帰ってきたのは学校で聞いたのよりも酷い拒絶の言葉だった。
 取り残された乱世らんせの全力の叫びだけが虚しく路地に木霊する。

「くそっ、俺は、俺は……本当の本気で好きなんだぞーーーー!! 秋葉あきはちゃーーーーん!!」

 乱世らんせの叫びに帰ってくる声はなく、反響する声だけが虚しさを増長させる。

「これぞ骨折り損のくたびれ儲けってやつだな。ちくしょうっ!」

 向け場のないやるせない感情に乱世らんせは頭を抱えてうずくまる。
 それも束の間、乱世らんせは諦めをにじませた笑顔で秋葉あきはが走り去った方へと目を向けた。

「まぁ、あれだけ走れるならもう心配はいらないか。……で? お前はいつまでそうやって隠れてるつもりだ? 木立こだちりんなんて名乗ってた、お仲間の天使さん」
「やはりばれてましたか。改めまして、下級天使タブリスと申します。挨拶が遅れた事、お詫び致します。ですが現実世界での完全な天使化は大天使といえど、規則違反のはずでは? 私が報告した場合、貴方は力も階位も取り上げられて名ばかりの天使になってしまいますよ」

 乱世らんせの後ろ、路地の入り口の影から木立こだちが出てくる。
 見た目は見慣れた姿のままで、乱世らんせと同じ高校の制服を身に纏っているが、口調は頭がおかしくなりそうな程これまでとは違って丁寧だ。

「今回のは不可抗力だろ、見逃せよ。完全体になんないと負けてたって。それでも言うってんなら、好きにしろよ」

 秋葉あきはに完全に拒絶されたこともあり、若干のやさぐれモードに入っている乱世らんせの様子に木立こだちの顔が苦笑いへと変わる。

「……ええと、こうも言っておいてなんですが、冗談ですよ。今回の排除対象があれ程強いとは誰も考えていなかったようですから、咎められる事はまず無いでしょう。通常でしたら、とっくに完全化の許可が下りてるころですので。それに、私には貴方に対する報告の義務はありませんよ」
「人をからかうなよ、悪趣味なやつ。まあいいけどさ。で、単刀直入に聞くけど、俺を付け回してた理由は? ……だから今回は使いたくなかったんだ」

 乱世らんせは口先だけの文句を並べながら、最後の方は小声でぶつぶつとしたぼやきへと変わっていく。

「我等が主、天帝よりの命です。大天使ウリエルの補助として付き従い、今後は彼の者の指示で行動せよ。とのことです」
「要は俺の見張り役かぁ。……お前も災難だな」

 当の本人であるはずの乱世らんせに可哀想なものを見るような視線を向けられ、木立こだちの表情が引きつる。

「ちなみに、先程次の移動先の連絡が入りました」
「了解。ま、これからもよろしくな、木立こだち。俺の扱いはこれまで通りで頼むよ。敬語聞いてると頭痛くなるんでね。さぁて、次の場所にはどんな可愛い女の子がいるかなぁっと」

 つい先程、秋葉あきはに振られてしまった事など、もうすでに忘れてしまったかの様にスキップで横を通り過ぎる乱世らんせの姿に、木立こだちは本気で呆れ果てて溜め息をついた。
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