楽園の天使

飛永ハヅム

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 その場にいた全員の視線が、笑い声の主である天帝へと向かう。
 唖然とした表情の乱世らんせを前に、天帝はひとしきり涙が出るほど笑うと先程とは違う楽しそうな視線を乱世らんせに向けた。

「はーっ。いいな、お前。気に入った。名前は?」
大居おおい乱世らんせ。連れてきたくせに名前も知らないのか?」
「生憎、ここへ呼び込むのに名前は必要なくてな。それでだ、乱世らんせ。お前は自分が人と違うことに気付いているか?」
「は?」

 乱世らんせの口から思わず零れた、返答とも言えない失礼極まりない声に再び両側の大人達がざわめきだした。
 天帝はそれを片手を上げることで黙らせると説明を始めた。



 曰く、この場所は天界と呼ばれる現実世界とは異なる世界であるということ。
 ここへ来れるのは人として生れ落ちるより以前に、ある使命を受けた選ばれし存在だけであるということ。
 その存在は天使と呼ばれているということ。



乱世らんせ、お前にも天使としての名と階位を与える。拒否権はない。しっかり使命に励めよ?」

 人の悪い笑みを浮かべた天帝が、乱世らんせに天使としての名と階位を告げる。
 嫌そうな顔をした乱世らんせの口から文句の一つが飛び出すよりも早くその空間は消え去り、気付いた時には自室のベッドで目を覚ましていた。



     *     *     *



「そう、天使なの。本当に忌々しい坊やね」

 ゼネリアの美麗な顔が言葉通り忌々しげに歪む。
 ゼネリアに支えられて何とか立っていた秋葉あきはは、腕を離されたことで呆然とした顔で再び道路に座り込んでいる。

(一体、何が起きてるの……?)

 この場で唯一状況についていけていない秋葉あきはの心の問いに答えてくれるものはいない。
 そんな秋葉あきはを置いてけぼりにしたまま、乱世らんせとゼネリアは話し続ける。

「でも秋葉あきはちゃんが排除対象じゃなくて本当に良かったよ。一度好きになった人をこの手で消すなんて、耐えられないからね。だから余計に、お前の事は許せない」

 乱世らんせの声と口調が途中で低く、鋭いものへと変化した。
 それと同時に光の膜が弾け飛ぶ。
 先程まで乱世らんせが立っていた場所には、乱世らんせよりも頭一つ分ほど大きな男が立っていた。
 その見た目は、微かな光にすら反射して煌めく金髪と全てを見透かすような澄んだ碧眼を持ち、日本人離れした顔立ちと筋肉質な体をしている。

「ワタシ、一度天使の血ってモノを味わってみたかったの。大人しくワタシに食べられてくれないかしら?」
「それは無理な相談だ。俺にも大天使としてのプライドがあるからな、そう易々と悪魔に倒される訳にはいかない」
「大天使、ですって!?」

 さっきまでの動揺はどこへやら。
 欲望の向くまま気の向くまま、楽しげに舌なめずりをしていたゼネリアだったが、乱世らんせだったはずの男の発言に驚きを露わにする。

「大天使ウリエル。それが俺が天帝から与えられた名前さ。そんじょそこらの天使とは一味も二味も違うから、きっと色々楽しめるぜ」

 ウリエルと名乗った男はその顔に不敵な笑みを浮かべて、ゼネリアを挑発する。
 元より悪魔は欲望に忠実な存在だ。
 興味を引くものがあれば、全てを投げうってでも得ようとする性質がある。
 それは人型を取ったゼネリアであっても同様だった。

「いいわね、大天使ウリエル。あんたの命、ワタシが戴くわ」
(大天使といえば天界の幹部クラス。倒せばワタシの名前にますます箔が付くわ)

 打算と欲望に彩られた瞳をしたゼネリアが、ウリエルに飛び掛かる。
 その後ろで秋葉あきはが道路にうずくまるように倒れ込む。
 ゼネリアの黒光りする両腕の刃が、ウリエルの皮膚をかすめて引き裂かれた皮膚から鮮血が伝った。

「天使も赤い血をしているのね。それにとても甘美な味がするわ」

 楽しそうに刃に付いた血を舐めとったゼネリアが興奮気味に攻撃を再開する。
 ゼネリアの攻撃はとどまる所を知らず、道路に倒れ込んでいる秋葉あきはの顔はついに土気色になっている。
 乱世らんせの姿の時と変わらず防戦一方となってしまったウリエルの身体は、ほんの数秒の間に傷だらけになった。

「そうだ、ウリエルにだけワタシのとっておきを見せてア・ゲ・ル」

 そう言ったゼネリアの両手が五指の状態に戻り、右手に赤黒く光るムチが出現した。

「せいぜい頑張って抵抗して見せてちょうだい!!」
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