楽園の天使

飛永ハヅム

文字の大きさ
上 下
9 / 14

9

しおりを挟む
「お願い、ゼネリア……もうやめて……」

 秋葉あきはは泣きながら、息も絶え絶えの絞り出したような声で悪魔ゼネリアに懇願する。
 そんな秋葉あきはに向けられたのは、ゼネリアの酷薄とした冷たい視線だった。

「何を言っているの? ほら、もっとちゃんと見て! あんたの所為で傷付いてる様を見て、苦しみなさいよ!!」
「も……やめ……」

 秋葉あきはの目の前で、ゼネリアの両腕が乱世らんせ目掛けて振り下ろされ続ける。
 致命傷だけは回避しようと全力で避け続けていた乱世らんせだったが、その息も徐々に上がり始めている。
 悲しくて、つらくて、苦しくて。
 乱世らんせを見つめる秋葉あきはの顔はそんないろいろな感情が混ざったような表情と、流れ続ける涙でぐしゃぐしゃになっている。
 悪魔が実体を保つのに必要なのは生命エネルギーだが、生まれ出る本来の要因は人間の負の感情だ。
 秋葉あきはの生命エネルギーが無くなりつつあることに気付いていたゼネリアは、罪悪感などによる負の感情までもエネルギーに変えようとしているのだ。

「大丈夫だよ、秋葉あきはちゃん」
「ごめ……なさい……」
「大丈夫だから」

 ゼネリアの攻撃をかろうじて避けながら、乱世らんせ秋葉あきはに優しく笑いかける。
 その隙が命取りになった。
 ザシュッという鋭い刃物で肉と骨が断ち切られた音と同時に、ゼネリアの右手が乱世らんせの身体を貫通する。

(しまった……!)

 ごぽっという音をさせながら乱世らんせの口から血が吐き出されると、ゼネリアはゆっくりと右腕を引き抜いた。
 支えるものが無くなった乱世らんせの身体は、重力に従ってうつ伏せに道路に倒れ込む。
 その体を中心にじわじわと血だまりが広がっていく。

「随分と頑張ってくれたけど、ここまでのようね。行くわよ、秋葉あきは

 両腕を五指の状態に戻したゼネリアは、浅い呼吸を繰り返す秋葉あきはの腕を掴んで立ち上がらせると、倒れ伏す乱世らんせに背を向ける。
 その時微かに、パリッと何かが爆ぜる音がした。
 怪訝そうな顔をしたゼネリアが後ろを振り返ると、その目に映ったのは信じられないものだった。
 たった今、ゼネリアの右手でお腹に風穴を開けられて、死は目前という状態で道路に倒れ伏していたはずの乱世らんせが腹部の傷口を押さえて立ち上がっているのだ。

「まだ、終わらないよ」

 誰がどう見ても瀕死の重傷な乱世らんせが、瞳に力強い光を宿して不敵に笑う。
 さすがのゼネリアも動揺を隠せずうろたえる。

「……坊や? 今の攻撃でどうして生きているのかしら?」
「俺が特別だから、かな?」
「答えになってないのだけれど!?」

 疑問に疑問で返されたゼネリアは苛立ちを隠すことなく、掴んでいた秋葉あきはの腕を乱暴に離した。
 そして再び両手を刃へと変える。

「今度こそ、息の根を止めてあげるわ!」
「そういう訳にもいかないんでね」

 駆け出したゼネリアの目の前で、乱世らんせの身体が光に包まれる。
 パリパリと外へ向けて爆ぜる光の中から乱世らんせの声が届く。

「お姉さん達悪魔と違ってさ、俺達は人間として生まれてくるんだ。天帝の命を帯びて新たなる天使として、ね」



 この世には人々の暮らす現実世界の他に、知られざるもう一つの世界が存在している。
 天界と呼ばれるその場所は、天帝と呼ばれる王が君臨し天使達を従えている。

 ここまでは神話などとさほど変わりはない。
 違うのはここから。
 天使は人間を親とし、人間として生を受ける。
 成長と共に天使としての力に目覚め、天界と天帝の存在を知ることとなるのだ。
 力に目覚め、天帝より階位と名を冠された天使達は人として生活しながら魔を払う。
 そう、かの有名な悪魔を。
 自らの欲望のままに人を傷つけ、時には殺めることもある悪魔を退治するのが天使達に与えられた使命であった。
 そして、大居おおい乱世らんせもその使命を持って生まれた一人である。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

強制フラグは、いりません! ~今いる世界が、誰かの二次小説の中だなんて思うかよ! JKと禁断の恋愛するなら、自力でやらせてもらうからっ!~

ハル*
ファンタジー
高校教師の俺。 いつもと同じように過ごしていたはずなのに、ある日を境にちょっとずつ何かが変わっていく。 テスト準備期間のある放課後。行き慣れた部室に向かった俺の目の前に、ぐっすり眠っているマネージャーのあの娘。 そのシチュエーションの最中、頭ん中で変な音と共に、俺の日常を変えていく声が聞こえた。 『強制フラグを、立てますか?』 その言葉自体を知らないわけじゃない。 だがしかし、そのフラグって、何に対してなんだ? 聞いたことがない声。聞こえてくる場所も、ハッキリしない。 混乱する俺に、さっきの声が繰り返された。 しかも、ちょっとだけ違うセリフで。 『強制フラグを立てますよ? いいですね?』 その変化は、目の前の彼女の名前を呼んだ瞬間に訪れた。 「今日って、そんなに疲れるようなことあったか?」 今まで感じたことがない違和感に、さっさと目の前のことを終わらせようとした俺。 結論づけた瞬間、俺の体が勝手に動いた。 『強制フラグを立てました』 その声と、ほぼ同時に。 高校教師の俺が、自分の気持ちに反する行動を勝手に決めつけられながら、 女子高生と禁断の恋愛? しかも、勝手に決めつけているのが、どこぞの誰かが書いている某アプリの二次小説の作者って……。 いやいや。俺、そんなセリフ言わないし! 甘い言葉だなんて、吐いたことないのに、勝手に言わせないでくれって! 俺のイメージが崩れる一方なんだけど! ……でも、この娘、いい子なんだよな。 っていうか、この娘を嫌うようなやつなんて、いるのか? 「ごめんなさい。……センセイは、先生なのに。好きに…なっちゃ、だめなのに」 このセリフは、彼女の本心か? それともこれも俺と彼女の恋愛フラグが立たせられているせい? 誰かの二次小説の中で振り回される高校教師と女子高生の恋愛物語が、今、はじまる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

冬の水葬

束原ミヤコ
青春
夕霧七瀬(ユウギリナナセ)は、一つ年上の幼なじみ、凪蓮水(ナギハスミ)が好き。 凪が高校生になってから疎遠になってしまっていたけれど、ずっと好きだった。 高校一年生になった夕霧は、凪と同じ高校に通えることを楽しみにしていた。 美術部の凪を追いかけて美術部に入り、気安い幼なじみの間柄に戻ることができたと思っていた―― けれど、そのときにはすでに、凪の心には消えない傷ができてしまっていた。 ある女性に捕らわれた凪と、それを追いかける夕霧の、繰り返す冬の話。

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~

ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。 そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。 そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

処理中です...