楽園の天使

飛永ハヅム

文字の大きさ
上 下
7 / 14

7

しおりを挟む
 人が死に近付く時、ほんの僅かに空気と風の流れが変わる。
 その変化を全身で感じながら、学ラン姿の乱世らんせは一人で再び夜の商店街を訪れていた。
 メイン通りを昨夜と同じく西から東へと歩きながら、左右の路地に気を配る。
 そしてお目当ての路地を見つけると、その中へと足を踏み入れていく。
 路地を進んだ先でまず見つけたのは、震える足で後ずさりをする会社帰りだと思われるスーツ姿の女性だった。

「い、いやっ、やめて……お願い、助け……っ!!」

 怯えた表情を浮かべていた女性は背後に現れた乱世らんせに気付くと、転びそうになりながらも乱世らんせの横をすり抜けて路地の出口へと走っていく。
 その姿を横目で見送った乱世らんせが視線を再び路地の奥へと目を向ける。
 そこには暗闇に溶け込むように立つ二つ分の人影があった。
 一つは乱世らんせもよく知る人物のそれで、もう一つは見覚えはないが知っている気配の存在だと感じ取る。

(やっぱりそうか……)

 その気配で全てを悟った乱世らんせは、秋葉あきはを安心させるように優しく微笑む。

秋葉あきはちゃんだよね。そっちのお姉さんは、誰?」
「なんで、ここに……」

 乱世らんせに気付いた秋葉あきはは怯えて顔面蒼白になり、質問に答える余裕はなさそうだ。
 一方、秋葉あきはの左隣に佇む女性に慌てた様子はない。
 女性は暗がりでも目立つ白銀の髪に赤い瞳を持ち、随分と魅惑的でセクシーな身体つきをしている。
 世の男性陣は十中八九、一目見ただけで視線が釘付けになるだろう。もっとも、普通の人間であればだが。
 女性の正体に見当がついている乱世らんせの目には、もはや敵としてしか映っていない。

「ねぇ秋葉あきは。誰なの、あの坊や」

 女性の問い掛けが耳に届いていないのか、秋葉あきはは答えない。

「ねぇ秋葉あきは、あれ誰?」
「……ただの転校生よ」

 語気を強めた女性の声にびくりと身体を震わせながら、秋葉あきはのか細い声が答える。

「そう。それじゃあ、ワタシの食事の邪魔をしないでくれる? 転校生の可愛い坊や」

 どう見ても食べ物とは無縁なこの場所で食事の邪魔といいながら、女性が蠱惑的な笑みを浮かべる。
 少し不機嫌でありながら楽しさも滲ませている女性とは対照的に、秋葉あきはの顔色がどんどんと悪くなっていっているのが見て取れた。
 その様子から乱世らんせは自身の予想が的中していることを確信する。

(早くどうにかしないと)

 このままでは秋葉あきはが危険であることを知っている乱世らんせは、女性を挑発するようにニヤリと口の端を上げて笑った。

「食事ねぇ。ということは、お姉さんが切り裂き魔なのかな? まさかこんなに美人なお姉さんが猟奇事件を起こしてるなんて、神様も意地悪だよなぁ」
「ちょっと坊や、ワタシの話聞いてるの? それとも死にたいの?」

 わずかに苛立ち始めた女性に乱世らんせの笑みが深くなる。
 能天気で取るに足らない、女性にとっては邪魔な存在でしかない乱世らんせの口から続いた言葉で、その後女性は至極楽しそうな笑みを浮かべることとなった。

「ちゃんと聞いてるよ。秋葉あきはの左腕に寄生している美麗な容姿の悪魔さん」



 悪魔。
 神話や伝承などに登場する空想上ものとされている存在。

 しかし、乱世らんせの言う悪魔はそれとは少し違っていた。
 人の周りに闇が生まれる。生まれた闇は寄り集まって形を持ち、現実世界に害を及ぼし始める。
 その闇が肥大化し実体を得たモノを、乱世らんせ達は通称悪魔と呼んでいるのだ。
 悪魔は総じて人間に憑りつき、その人間から生命エネルギーを得て実体化する。
 実体と一口に言っても形は様々だ。
 トカゲや魚、鳥などの様々な生き物の形を模して作られる。そして時にはこうして人型を取るものもいる。



「ワタシの正体知ってて関わりに来るなんて、坊やはひょっとして自殺志願者なのかしら。もしそうだとしたら残念だけど、他を当たって? ワタシは自分で見定めた人間にしか手を出さない主義なの。ごめんなさいね、坊や」

 楽しそうな笑みを崩すことなく、でもどこか申し訳なさそうに喋る悪魔に乱世らんせは表情を引き締めた。
 今の乱世らんせには、彼女の興味を引くだけの魅力がないらしい。
 しかし、そうですかと言って引き下がる訳にもいかないし、逃がす訳にもいかないのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

強制フラグは、いりません! ~今いる世界が、誰かの二次小説の中だなんて思うかよ! JKと禁断の恋愛するなら、自力でやらせてもらうからっ!~

ハル*
ファンタジー
高校教師の俺。 いつもと同じように過ごしていたはずなのに、ある日を境にちょっとずつ何かが変わっていく。 テスト準備期間のある放課後。行き慣れた部室に向かった俺の目の前に、ぐっすり眠っているマネージャーのあの娘。 そのシチュエーションの最中、頭ん中で変な音と共に、俺の日常を変えていく声が聞こえた。 『強制フラグを、立てますか?』 その言葉自体を知らないわけじゃない。 だがしかし、そのフラグって、何に対してなんだ? 聞いたことがない声。聞こえてくる場所も、ハッキリしない。 混乱する俺に、さっきの声が繰り返された。 しかも、ちょっとだけ違うセリフで。 『強制フラグを立てますよ? いいですね?』 その変化は、目の前の彼女の名前を呼んだ瞬間に訪れた。 「今日って、そんなに疲れるようなことあったか?」 今まで感じたことがない違和感に、さっさと目の前のことを終わらせようとした俺。 結論づけた瞬間、俺の体が勝手に動いた。 『強制フラグを立てました』 その声と、ほぼ同時に。 高校教師の俺が、自分の気持ちに反する行動を勝手に決めつけられながら、 女子高生と禁断の恋愛? しかも、勝手に決めつけているのが、どこぞの誰かが書いている某アプリの二次小説の作者って……。 いやいや。俺、そんなセリフ言わないし! 甘い言葉だなんて、吐いたことないのに、勝手に言わせないでくれって! 俺のイメージが崩れる一方なんだけど! ……でも、この娘、いい子なんだよな。 っていうか、この娘を嫌うようなやつなんて、いるのか? 「ごめんなさい。……センセイは、先生なのに。好きに…なっちゃ、だめなのに」 このセリフは、彼女の本心か? それともこれも俺と彼女の恋愛フラグが立たせられているせい? 誰かの二次小説の中で振り回される高校教師と女子高生の恋愛物語が、今、はじまる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

冬の水葬

束原ミヤコ
青春
夕霧七瀬(ユウギリナナセ)は、一つ年上の幼なじみ、凪蓮水(ナギハスミ)が好き。 凪が高校生になってから疎遠になってしまっていたけれど、ずっと好きだった。 高校一年生になった夕霧は、凪と同じ高校に通えることを楽しみにしていた。 美術部の凪を追いかけて美術部に入り、気安い幼なじみの間柄に戻ることができたと思っていた―― けれど、そのときにはすでに、凪の心には消えない傷ができてしまっていた。 ある女性に捕らわれた凪と、それを追いかける夕霧の、繰り返す冬の話。

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~

ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。 そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。 そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

処理中です...