楽園の天使

飛永ハヅム

文字の大きさ
上 下
5 / 14

5

しおりを挟む
「いやぁああああああああああッ!!!!!」

 その時どこからか女性の叫び声が聞こえてきた。
 商店街の路地と建物で反響していた為、皆正確な位置を掴みあぐねている。
 バラバラに散らばって動くのを避けたいのだろう。
 あっちから聞こえた、こっちから聞こえたという不毛な言い争いを始めている。

「俺らだけで勝手に動くか?」

 木立こだちの無謀な申し出に、乱世らんせは黙ったまま首を左右に振ることで否定する。

(好奇心に駆られて動いた結果、はぐれて一人きりになった所を切り裂き魔に襲われる可能性の方が高い)

 ふと誰かが走る足音が聞こえた気がして、乱世らんせは今いる商店街のメイン通りから南側にある一本奥の路地へと目を向けた。
 同じ学校のセーラー服を着た少女が奥の路地を走り抜ける姿が、南北に伸びる細い路地の隙間から覗く。
 言い争いの声に気付いたのだろう少女が、一瞬だけメイン通りに顔を向けた。
 暗闇に慣れた乱世らんせの目に少女の顔がはっきりと映る。
 その顔を見た瞬間、乱世らんせの動きが止まった。

秋葉あきはちゃん……?)

 学校を休んでいたはずの秋葉あきはが、制服であるセーラー服を着てまるで何かから逃げるかのように走り去っていく。

乱世らんせ? どうした?」

 呆然と立ち止まり、右を向いて路地の先を見つめる乱世らんせに気付いた木立こだちが顔を覗き込んでくる。
 幸か不幸か、足音に気付いたのは乱世らんせだけだったようだ。
 最悪の予想を振り払う様に乱世らんせは頭を一つ横に振る。

(まだ秋葉あきはが犯人だと決まった訳じゃない。さっきの悲鳴は切り裂き魔とは無関係かもしれないじゃないか)

 そう自身に言い聞かせていた乱世らんせは、背後から近付く足音に気付いて木立こだちの首根っこを掴むと右脇の路地へと逃げ込んだ。

「おい、らんっ」

 文句を言おうとした木立こだちの口を手でふさぐ。
 やがて、なおも言い争いを続けていた残りのクラスメイト達が、眩しいほどの懐中電灯の明かりに照らされる。
 先程の悲鳴、それに相当な大声で言い争いをしていたのが聞こえていたのだろう。
 近隣住民の誰かが警察を呼んだらしく、駆け付けた制服警官によって言い争いをしていて逃げ遅れた面々は厳重注意を受けている。
 状況を把握して大人しくなった木立こだちを解放すると、乱世らんせは一人で路地の奥へと向かっていく。
 それに気付いた木立こだちが慌てて後を追いかける。

「どうするつもりだ?」

 追いついた木立こだちが念の為に声をひそめて問い掛ける。
 答える気がないのか黙ったままの乱世らんせが向かうのは、秋葉あきはが走ってきた方向。つまりは悲鳴が聞こえた東の方角だった。
 南北に伸びる路地を一つ一つ確認しながら進んでいた乱世らんせの足が、とある一つの路地で止まる。
 同じように歩いていた木立こだちも息をのんで立ち止まった。

「これって……」
「今日の被害者だ」

 絞り出した木立こだちの声に、冷静に乱世らんせが答える。
 狭い路地の壁や道路は闇に溶けるほど黒く、その中央に倒れる傷だらけの女性の姿が際立って見えた。
 不意に空から光が差す。
 雲の隙間から隠れていた月が顔を出したようだ。
 そしてその光は、壁や道路を黒く見せていた飛び散る液体をこれでもかと照らす。
 月の光に照らし出された事件現場は、飛び散った血の色で驚くほど赤黒く染まっている。

「帰るぞ」

 言葉を失くしている木立こだちの首根っこを引っ掴むと乱世らんせは再び東へ向かって歩き始める。
 しばらく引っ張られるままに引きずられるように歩いていた木立こだちだったが、なんとか意識を持ち直すと首根っこを捕まれていた腕を引っ張り返すことで乱世らんせを立ち止まらせた。

「あの人、どうするんだ?」
「近くには警察もいた。悲鳴を聞いたあいつらもいる。俺達の出る幕はない」

 淡々とそれだけ答えると乱世らんせは一足早く路地を抜け出し、すっかり顔を出した月を見上げた。

(今日は満月だったか……)

 視線を下ろすと隠すものの無くなった満月の光に照らし出された自身の影に、何かから逃げるように事件現場方向から走り去った秋葉あきはの顔が見えた気がした。
 そして同じく月の光に照らされていた、飛び散った赤黒い血しぶきと道路に転がる傷だらけの女性の姿を思い出す。

(状況証拠は揃ってしまった。もしも一緒にいた中の誰かが秋葉あきはの姿を見ていたとしたら、警察に事情を聞かれることになるだろう)

 そうなる前にもう一度秋葉あきはに会わなければならないと乱世らんせは感じていた。
 あの事件現場で感じた違和感を確認する為にも。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

全体的にどうしようもない高校生日記

天平 楓
青春
ある年の春、高校生になった僕、金沢籘華(かなざわとうか)は念願の玉津高校に入学することができた。そこで出会ったのは中学時代からの友人北見奏輝と喜多方楓の二人。喜多方のどうしようもない性格に奔放されつつも、北見の秘められた性格、そして自身では気づくことのなかった能力に気づいていき…。  ブラックジョーク要素が含まれていますが、決して特定の民族並びに集団を侮蔑、攻撃、または礼賛する意図はありません。

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

1日1小説書けるかな(短編集)

toku
ファンタジー
短編集です。 『一話完結型』です。それぞれの話は別人による別の話となります。 ★マーク……作者おすすめ。 ジャンルごちゃ混ぜです。 一部異世界転生/転移ものがありますので『ファンタジー』カテゴリーとしました。 もともとは『1日に1つ、小説が書けるだろうか?』と言うコンセプト(?)で書き始めました。 『ハーメルン』さまでも投稿しております。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...