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時は現代、日本のどこにでもありそうな小都市。都市の大動脈の一つである大通りは仕事や用事を済ませて家路を急ぐ人や車であふれ、日中よりも賑やかだ。
時刻はまもなく夜に差し掛かっていた。太陽は傾き、温かい色をした光で街を照らしている。そんな小都市の大通りより一本奥に入った路地では、今まさに一つの事件が起きていた。
日が沈みかけていてわずかに薄暗い路地で、へたり込んで泣いている女子高校生を背後にかばうように一人の男子高校生が立っている。
“大居”と書かれた名札をブレザー仕様の制服の胸ポケットにつけている男子高校生は、俗にイケメンと呼ばれる程の整った顔立ちで、スラッと伸びた体躯は程よく筋肉がついている。仮にモデルをしていると言われても信じてしまいそうな容姿だ。
その綺麗に整った顔に怒りをにじませながら、大居乱世は目の前に立つ男を睨み上げる。
自分よりも大柄な体格をした男に怯むことなく真っ向から睨み付け、堂々と男の前に立ちふさがっているのだ。
「なんのつもりだ?」
「それはこっちのセリフかな」
「あ?」
「女の子が嫌がって泣いているのを、見て見ぬふりは出来なくてね」
「おいおい、ここまで来たのは同意の上だぜ? そもそも誘ってきたのはそいつだ」
不機嫌さ丸出しな男の問いに乱世は至極真面目に答えた。その返答に心外だと言わんばかりの男は自分は悪くないと主張する。横目でちらりと背後の女子高校生を確認すると、恐怖のあまり顔面蒼白で震え上がってぽろぽろと涙を流しているのが見て取れた。
(仕方がないなぁ)
視線を前に戻した乱世は再び男を睨み付ける。
「先に色目を使ってきたのはそいつだ。俺ははめられたんだ!」
乱世の鋭い視線にたじろぐ事無く、男はあくまで自分は被害者なのだと訴えている。
震えて泣き続けている女子高校生と、被害者は自分だと訴える男。この状況だけでは警察でも判断がつかなかっただろう。決定的な目撃者でもいなければ。
不快そうに目付きをさらに鋭くして眉間にしわを寄せた乱世は先程見た光景を思い出しながら口を開く。
「嘘はいけないなぁ」
「なんだと?」
「お前がこの子の肩に腕を回して無理矢理連れ込むのを見てたものでね」
「ちっ。ナンパしちゃいけないってのか?」
「ついに本性を現したか」
実際に現場を目撃されていたと知って舌打ちをして開き直る男に、乱世は肩をすくめながら残念な物を見るような目を向けた。
乱世の背後では、なおも女子高校生が泣き続けている。
「こんなにも女の子を泣かすなんて、本当に最低な奴だな。そんな奴は男とは呼べない。男ってやつはな、分け隔てなくいつだって女の子に温かい心を込めて優しく手を差し出すべきものなんだよ。それがよりにもよって女の子を泣かすとは、神が許しても俺が許さない」
「ごちゃごちゃうるせぇんだよ」
唐突に熱弁を振るい始めたどこかずれた乱世の演説を聞いていた男は、その言葉と共に右拳を振り上げると問答無用で殴りかかった。近付いてくる拳を左手一つで軽々と受け止めた乱世の視線の先、殴りかかってきた男の右肩辺りに黒い靄が生じる。やがて靄は集束し、漆黒のトカゲによく似た姿となった。男自身は靄から生まれたトカゲを肩に乗せている事に気付いていない。その存在を視認しているのは、この場では乱世ただ一人だけだった。
「全く、人の忠告が素直に聞けないとは本当に愚かだね」
「くそっ、離せ!!」
男が暴れて乱世の手を振り払おうとするが、全く離れる気配はない。
「……女の子には優しくってのが男の鉄則だけど、愚かな男に実力で地獄を見せるのも真の男の役目なんだよ」
呆れ混じりにため息を一つ吐いた乱世は眼差しを真剣なものへと変える。
パリッという軽い静電気のような音を立てて右手を握りこむと、男の肩にいるトカゲ目掛けて勢い良く拳を振り抜いた。
乱世の拳が直撃して実体を保てなくなったトカゲは再び靄へと戻ることなく霧散し、それと同時に男は意識を失って仰向けに倒れていく。意識のない男の体は重力に従って倒れた際に、道路に頭をしたたかに打ち付ける。
念の為、動かなくなった男が呼吸をしていることだけ確認した乱世は、男をその場に放置して女子高校生の元へと取って返す。
「大丈夫? 怪我は無さそうだけど、立てる?」
「平気、です」
背後にかばっていた涙目の女子高校生の前で道路に片膝をつくと、優しく笑いかけながら乱世が右手を差し出す。差し出された手と乱世の顔を見比べて、女子高校生は質問に答えながらおずおずと自身の右手を伸ばした。重ねられた手を握り、女子高校生を引っ張って立ち上がらせながら乱世がここぞとばかりに話しかける。
「それは良かった。よければこれから一緒にデートなんて――」
~~♪ ~~~♪
嬉しそうに話しかける乱世の言葉を遮るように軽やかな電子音が鳴り響く。
止まることなく鳴り続ける音の発生源に心当たりのある乱世はとても残念そうな顔をして、立ち上がって涙を拭った女子高校生を見送るとズボンの後ろポケットからスマートフォンを取り出した。
表示されている名前を確認した乱世の表情が見る見る不機嫌なものへと変わっていく。
(このまま切ってやろうか……)
そんなことを思いながらもしぶしぶスマートフォンの通話ボタンを押す。
「は~ぁ。何?」
あからさまなため息と共に嫌そうに乱世が電話相手に話しかける。
しかし相手は特にそれを気にした素振りもなく淡々と連絡事項を口にしていく。
『次の行き先が決まりました。それと雑魚を倒すのは構いませんが、あまりやり過ぎないようにお願いします』
「了解。さぁて、次の場所にもさっきみたいな可愛い子がいるといいなぁ」
最初こそ不機嫌極まりないといった感じの乱世だったが、相手の事務的な言葉で毒気を抜かれたのか、すぐに気を取り直すと楽しそうに呟く。
なおもナンパ男は道路上に倒れたままだ。
(まぁ、放っておいて大丈夫だろう)
そう判断して、乱世もその場を後にした。
時刻はまもなく夜に差し掛かっていた。太陽は傾き、温かい色をした光で街を照らしている。そんな小都市の大通りより一本奥に入った路地では、今まさに一つの事件が起きていた。
日が沈みかけていてわずかに薄暗い路地で、へたり込んで泣いている女子高校生を背後にかばうように一人の男子高校生が立っている。
“大居”と書かれた名札をブレザー仕様の制服の胸ポケットにつけている男子高校生は、俗にイケメンと呼ばれる程の整った顔立ちで、スラッと伸びた体躯は程よく筋肉がついている。仮にモデルをしていると言われても信じてしまいそうな容姿だ。
その綺麗に整った顔に怒りをにじませながら、大居乱世は目の前に立つ男を睨み上げる。
自分よりも大柄な体格をした男に怯むことなく真っ向から睨み付け、堂々と男の前に立ちふさがっているのだ。
「なんのつもりだ?」
「それはこっちのセリフかな」
「あ?」
「女の子が嫌がって泣いているのを、見て見ぬふりは出来なくてね」
「おいおい、ここまで来たのは同意の上だぜ? そもそも誘ってきたのはそいつだ」
不機嫌さ丸出しな男の問いに乱世は至極真面目に答えた。その返答に心外だと言わんばかりの男は自分は悪くないと主張する。横目でちらりと背後の女子高校生を確認すると、恐怖のあまり顔面蒼白で震え上がってぽろぽろと涙を流しているのが見て取れた。
(仕方がないなぁ)
視線を前に戻した乱世は再び男を睨み付ける。
「先に色目を使ってきたのはそいつだ。俺ははめられたんだ!」
乱世の鋭い視線にたじろぐ事無く、男はあくまで自分は被害者なのだと訴えている。
震えて泣き続けている女子高校生と、被害者は自分だと訴える男。この状況だけでは警察でも判断がつかなかっただろう。決定的な目撃者でもいなければ。
不快そうに目付きをさらに鋭くして眉間にしわを寄せた乱世は先程見た光景を思い出しながら口を開く。
「嘘はいけないなぁ」
「なんだと?」
「お前がこの子の肩に腕を回して無理矢理連れ込むのを見てたものでね」
「ちっ。ナンパしちゃいけないってのか?」
「ついに本性を現したか」
実際に現場を目撃されていたと知って舌打ちをして開き直る男に、乱世は肩をすくめながら残念な物を見るような目を向けた。
乱世の背後では、なおも女子高校生が泣き続けている。
「こんなにも女の子を泣かすなんて、本当に最低な奴だな。そんな奴は男とは呼べない。男ってやつはな、分け隔てなくいつだって女の子に温かい心を込めて優しく手を差し出すべきものなんだよ。それがよりにもよって女の子を泣かすとは、神が許しても俺が許さない」
「ごちゃごちゃうるせぇんだよ」
唐突に熱弁を振るい始めたどこかずれた乱世の演説を聞いていた男は、その言葉と共に右拳を振り上げると問答無用で殴りかかった。近付いてくる拳を左手一つで軽々と受け止めた乱世の視線の先、殴りかかってきた男の右肩辺りに黒い靄が生じる。やがて靄は集束し、漆黒のトカゲによく似た姿となった。男自身は靄から生まれたトカゲを肩に乗せている事に気付いていない。その存在を視認しているのは、この場では乱世ただ一人だけだった。
「全く、人の忠告が素直に聞けないとは本当に愚かだね」
「くそっ、離せ!!」
男が暴れて乱世の手を振り払おうとするが、全く離れる気配はない。
「……女の子には優しくってのが男の鉄則だけど、愚かな男に実力で地獄を見せるのも真の男の役目なんだよ」
呆れ混じりにため息を一つ吐いた乱世は眼差しを真剣なものへと変える。
パリッという軽い静電気のような音を立てて右手を握りこむと、男の肩にいるトカゲ目掛けて勢い良く拳を振り抜いた。
乱世の拳が直撃して実体を保てなくなったトカゲは再び靄へと戻ることなく霧散し、それと同時に男は意識を失って仰向けに倒れていく。意識のない男の体は重力に従って倒れた際に、道路に頭をしたたかに打ち付ける。
念の為、動かなくなった男が呼吸をしていることだけ確認した乱世は、男をその場に放置して女子高校生の元へと取って返す。
「大丈夫? 怪我は無さそうだけど、立てる?」
「平気、です」
背後にかばっていた涙目の女子高校生の前で道路に片膝をつくと、優しく笑いかけながら乱世が右手を差し出す。差し出された手と乱世の顔を見比べて、女子高校生は質問に答えながらおずおずと自身の右手を伸ばした。重ねられた手を握り、女子高校生を引っ張って立ち上がらせながら乱世がここぞとばかりに話しかける。
「それは良かった。よければこれから一緒にデートなんて――」
~~♪ ~~~♪
嬉しそうに話しかける乱世の言葉を遮るように軽やかな電子音が鳴り響く。
止まることなく鳴り続ける音の発生源に心当たりのある乱世はとても残念そうな顔をして、立ち上がって涙を拭った女子高校生を見送るとズボンの後ろポケットからスマートフォンを取り出した。
表示されている名前を確認した乱世の表情が見る見る不機嫌なものへと変わっていく。
(このまま切ってやろうか……)
そんなことを思いながらもしぶしぶスマートフォンの通話ボタンを押す。
「は~ぁ。何?」
あからさまなため息と共に嫌そうに乱世が電話相手に話しかける。
しかし相手は特にそれを気にした素振りもなく淡々と連絡事項を口にしていく。
『次の行き先が決まりました。それと雑魚を倒すのは構いませんが、あまりやり過ぎないようにお願いします』
「了解。さぁて、次の場所にもさっきみたいな可愛い子がいるといいなぁ」
最初こそ不機嫌極まりないといった感じの乱世だったが、相手の事務的な言葉で毒気を抜かれたのか、すぐに気を取り直すと楽しそうに呟く。
なおもナンパ男は道路上に倒れたままだ。
(まぁ、放っておいて大丈夫だろう)
そう判断して、乱世もその場を後にした。
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