闇の残火―近江に潜む闇―

渋川宙

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第38話 焔の心

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「これじゃあ埒が明かないわ。文人、繭を確保するわよ」
「え、ええ!?」
「多聞、日向。後をお願い」
「ラジャー」
「早めにお願いします」
 二人からの返事を聞くと、毬はどんっと床を蹴り、一足飛びで文人のいる縁側へとやって来た。そして、まだ転がっている文人の襟首を掴んで走り出す。
「ぎゃああ」
「待て!」
 悲鳴を上げる文人を追い掛けようとするので、日向が足払いを掛ける。
「ぐっ」
「お前の相手は俺たちだぜ」
 転がったところを多聞が蹴りを入れ、武器を弾き飛ばして宣言した。
「邪魔するな。まずはお前からだ」
「あれ?敵認定は俺だけ」
「みたいですね」
 多聞に切り替わった殺意に、だって、君は狙われていましたからと、日向の冷静なツッコミが入る。
「うるせえ」
「鬼は常に対象の外なんです。さ、頑張って逃げますよ」
 日向がするんと多聞の前に立ち、両手にくないを構えたのだった。




「どこにいるか解ってるのか?」
 何とか自分で走る体勢に戻してもらってから、文人は毬を追い掛けつつ訊く。
「ええ。大体の見当は付いているわ。ただ、道なき道を走ることになるわよ」
「うげえ」
「大丈夫よ。あの子が家を出たのは十時半くらいだったわ。だから、向こうもまだ着いていない可能性がある」
「そ、そうなのか?」
「おおい。そんなに慌ててどうした?」
 そこに見回り中の鴨田が声を掛けて来た。もの凄い勢いでダッシュする二人に何か事件かと慌てているようだ。
「どうする?」
文人が問うと同時に毬は行動を起こしていた。ふっと何かを鴨田に向けて噴き出す。すると、鴨田はその場にごろんと転がった。
「ええっ!?」
「殺してないわ。半時ほど意識を失うだけ」
「――」
 忍者の本領を発揮すると本当に怖い。文人は鴨田を気の毒に思いつつ、今は高校生忍者たちが心配なので無視して走る。この村で転がっていても追い剥ぎに遭う心配はなし、夏場なので大丈夫だろう。多少、蚊に刺されるくらいだ。
「繭に術の放棄をさせなきゃ、焔兄さんは暴れ続けるわよ」
「そ、そんなにどっぷり」
「ええ。ほぼ引きこもり、他人との接触は嫌い、そして、家族が総てだという人だとすれば、操るのは簡単だもの」
「――何だろう。いい人なのか?」
 焔の場合は普通の引きこもりに該当しないしなと首を傾げる。おおよそ、引きこもりは家族と上手くいっていないし、家族なんて大嫌いというパターンが多い。が、焔は別に本当の意味では引きこもりではないし、ちゃんとネットで稼いでいる。ううむ、難しい。
「基本はいい人というか、根は正直な人だわ。だからこそ、裏稼業に向いていないの。忍者なんて欺してなんぼ。そして、依頼主とは信頼関係を保ちつつも、こちらがどっぷりと信頼は出来ない。そんなの、正直な心の人には無理なのよ」
「でしょうね」
 つまり、焔が斜に構えているのは、自分の心が負けないようにするためか。ということは学生時代は色々と痛い目に遭っているのだろう。女子と付き合いたくないというのも、そういうのが関係しているのか。イケメンも大変だ。
「そんなところに、妹が危機だって嘘を吹き込まれたらどう?しかも繭から、私が大変なのだと訴えられたら?まあ、その辺はどういう術を使ったのか、まだ解らないけど。下衆いやり方だと、身体の関係に持ち込んで暗示を掛けるってのもあるわ。あの子がもし父に復讐したいんだったら、これかしら。兄との関係を結び、さらに兄によってあれこれ破壊する」
「ああ」
何だかもう、総てが複雑で嫌になる。しかもドロドロ。本当に横溝正史の世界だ。もしくは、繭の心情はかつてあった昼ドラか。どちらにしろ、いいものではない。
「繭が何かおかしいと気づいていて放置した私にも落ち度があるわ。だって――私だって手一杯だったし」
 そこで初めて毬が悔しそうに唇を噛んだ。それは精一杯背伸びをして、頑張ってこの村を、早乙女家を守ろうとした少女の顔だ。
「自分の修行があるもんな」
「ええ。それを、役目から逃げた焔兄さんのせいにはしたくなかった。だって、人には向き不向きがあるもの。中学高校と、どんどん変わっていく兄さんを見ていたんだから、余計にね。面倒臭がりにも拍車が掛かっていくし」
「でしょうねえ」
 そこでこじらせて立ち直れないと辛いもんなと、文人だって解る。多感な時期に受けた傷というのは、かなり深く心に残るものだ。特に、あの焔は全部を背負い込みそうな性格をしていそう。
「もともと、人付き合いの得意な人じゃなかったしね。まあ、色々あったんでしょうね」
 同じく中学高校と進んだ毬も、何か思うところがあるのだろう。何にせよ、日本の公立学校で目立つというのは大変なのだ。それを振り切れる奴はいいが、みんながみんな、そうじゃない。
「俺もまあまあ浮いてたしなあ」
 読書好きの男子というだけで、結構浮く。しかも今、若者の読書離れが著しい。スマホで総てという奴が多い中、スマホに割く時間を読書につぎ込む文人というのは、かなりクラスで浮いていた。それでも捻くれなかったのは、たぶん、本に集中していたせいだろう。
「あんた、友達少ないでしょ?」
「少ないね。だからどうしたって思うタイプだから」
「――兄さんにその図太さがあればよかったのよ」
「いや。それはどうだろう。俺と違って、焔さんの場合は周囲が放っておかないでしょ。運動神経もいいわけだし。何やっても目立つからさ。無視されるってのはないでしょ」
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