闇の残火―近江に潜む闇―

渋川宙

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第35話 ひょっとして

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 しかし、考えなくていいわけがない。次を止めるためにも、何とか事件の様相をはっきりさせたいものだ。
「そうね。でも、解らないのよ。逆に言えば、誰も望んでいないことをやっているんだし」
「ああ。そうか。日向ですら受け入れているんだもんな」
「ええ。特殊であることが防御になることもあるのよ」
 毬は、だからこそ、今でもこの村が近代化せずに残っているのだと言い切る。その理由を、今の文人ならば解った。
「踏み込めないからな」
「ええ。普遍的である場所には人は簡単に踏み込めるわ。しかし、何もかも違う場所には踏み込めない。まあ、この村は比叡山の山腹にあって、普通の人は知らないし」
「だよなあ。俺も、どれだけ転がったのか、未だに解ってねえし」
 ごろごろと急斜面を転がったことは覚えているが、転がったおかげで距離感が掴めていない。ここは、比叡山のどの位置に当たるのだろうか。日向曰く、滋賀県であるらしいが。
「解らなくてもいいじゃない」
「まあね。というか、林道は何時になったら復旧するんだか」
「そうね。あそこが使えないと、学校に行くのが大変だわ」
「日頃は山駆けしながら行っているのか?」
「ええ。鍛錬にもなるし」
 なるほど、毬が走るのが速いわけだ。毎日のように山道を走っている相手に敵うはずがない。
「林道に関しては、事件さえなければ村人の力で何とか出来るのよ。こうやって葬儀に掛かりきりになるから出来ないだけ」
「ああ。つまりは、総て計算されているってわけか。川に死体を捨てるのも、わざと死体を発見させるためにやっているんだ」
「ええ。つまり、相当な知能犯なのよ」
 そうなると、ますます焔が怪しいんだけど。ネットで資産運用しているという焔が、馬鹿なわけないだろう。知恵が回らなきゃ、ああいうのは出来ないのではないか。 
「ええ。そうね。頭脳の面から考えても、焔兄さんが怪しいのは認める」
「でも、お前にとってそれは納得出来ない」
「そうなの。別に兄さんを庇う気持ちはないのよ」
「それはよく理解してます」
 家族に対してボロッカスに言ってるからなと、文人は苦笑いだ。しかもそれが、思春期特有の反発からではなく、冷静な視点からだというのも解っている。毬はそういう少女だ。
「どうしても、事件の性質と合わないのよ。それは父が合わないのと同じなの。ううん」
「――」
 しかし、焔を大事に思っているんだろうなというのは、言葉の端々で感じてしまう文人だ。今も巌は父で済ますのに、焔に対しては兄さんと言っている。どちらを大事に思っているかは明白だろう。きっと、当主になろうと思ったのだって焔を支えたいからだ。
「そうだわ。慎重な兄さんの性格と合わないのよね」
「慎重」
「ええ。この事件、派手でしょ」
「ああ」
 そうだなと、文人は頷く。単に死体を川に放置するだけではない。その家の特徴となる部分をくり抜き、死体をわざと損壊している。それは、慎重な性格の人がやるだろうか。そう疑問になる気持ちは解った。
「でも、事件の時まで冷静か――って、この村では愚問か」
「ええ。そういう場で冷静ではない人間は、この村では生きていけないわ」
「ううむ」
 なるほど。考えれば考えるほど、色々な場所に齟齬が出てくるわけか。しかし、村人以外だと文人か鴨田しかいないので、この可能性もない。あとは医者の高木先生と看護師の川田か。が、こちらも命の現場で生きている人たちだ。むやみに人を殺すはずもなく、また、理由も存在しない。
「まあ、高木先生は村の出身だけどね」
「そうなんだ」
「ええ。代々、この村で医者をやってるから」
「へえ」
 それもそうか。村人の個人情報を握れる立場にある人だ。そんな人が、こんな閉鎖的な村で余所者のはずがない。つい、警察官が余所から来た人だから、除外していた。
「警察は取り引きの結果だからよ。医者に握られる情報に比べたら軽いわ」
「そうなのか。ああ、病歴とか怪我に関してとか、他に知られたらヤバいか」
「ええ。それはすなわち、その人の弱点だから。この村の稼業にとっては大打撃だわ」
 そうだなと、文人はここでも村の決まりに納得してしまう。この村は無闇矢鱈に因習に囚われているわけではない。必要だからこそ生み出しているのだ。そして、それを守っていくことが自分たちを守ることになることを、よく理解してやっている。
 となると、ますます村の次の世代を狙う必要なんてないわけだ。特に高校生たちまでは、この村のシステムをよく理解して動いている。
「えっ」
「どうしたの?」
「い、いや」
 ふと、自分はどうして高校生までと線引きしたのだろう。ああ、そうか。繭はわざと禍を呼んだからだ。自分のことを禍と呼び、安易に招き寄せる子が、この村のシステムに納得しているはずがないと、どこかで思っていた。
「えっ。あれ」
 となると、総ては繭の意思ではないのか。そうすると、あの子は操られていないのか。
「ねえ。どうしたの?」
「いや、あり得ない可能性に辿り着いたんだけど」
「――」
「早乙女家って、人を操る事も出来るのか?」
「え、ええ。他家に分配しているとはいえ元締めだもの。さすがに専門家には劣るけど、出来ないことはないわ」
「じゃあ」
 あり得るんじゃないか。外観は焔がやったように見えるのも、そういうことはないのか。
 巌がすでに繭に手を出しているというのも、それは布石なのかもしれない。文人の頭の中で、散らばっていたピースがどんどん嵌まっていく。
「まさか、解ったの?」
「まだ確信はない。でも、そうかもしれないって仮説は出来た」
「え?」
「どうにか挑発できないかな。そうすれば、一気に真相は見えてくると思う」
「――解ったわ。あなたの仮説を話して」
 毬はあなたを信頼すると、真っ直ぐに文人を見つめたのだった。
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