闇の残火―近江に潜む闇―

渋川宙

文字の大きさ
上 下
35 / 42

第35話 ひょっとして

しおりを挟む
 しかし、考えなくていいわけがない。次を止めるためにも、何とか事件の様相をはっきりさせたいものだ。
「そうね。でも、解らないのよ。逆に言えば、誰も望んでいないことをやっているんだし」
「ああ。そうか。日向ですら受け入れているんだもんな」
「ええ。特殊であることが防御になることもあるのよ」
 毬は、だからこそ、今でもこの村が近代化せずに残っているのだと言い切る。その理由を、今の文人ならば解った。
「踏み込めないからな」
「ええ。普遍的である場所には人は簡単に踏み込めるわ。しかし、何もかも違う場所には踏み込めない。まあ、この村は比叡山の山腹にあって、普通の人は知らないし」
「だよなあ。俺も、どれだけ転がったのか、未だに解ってねえし」
 ごろごろと急斜面を転がったことは覚えているが、転がったおかげで距離感が掴めていない。ここは、比叡山のどの位置に当たるのだろうか。日向曰く、滋賀県であるらしいが。
「解らなくてもいいじゃない」
「まあね。というか、林道は何時になったら復旧するんだか」
「そうね。あそこが使えないと、学校に行くのが大変だわ」
「日頃は山駆けしながら行っているのか?」
「ええ。鍛錬にもなるし」
 なるほど、毬が走るのが速いわけだ。毎日のように山道を走っている相手に敵うはずがない。
「林道に関しては、事件さえなければ村人の力で何とか出来るのよ。こうやって葬儀に掛かりきりになるから出来ないだけ」
「ああ。つまりは、総て計算されているってわけか。川に死体を捨てるのも、わざと死体を発見させるためにやっているんだ」
「ええ。つまり、相当な知能犯なのよ」
 そうなると、ますます焔が怪しいんだけど。ネットで資産運用しているという焔が、馬鹿なわけないだろう。知恵が回らなきゃ、ああいうのは出来ないのではないか。 
「ええ。そうね。頭脳の面から考えても、焔兄さんが怪しいのは認める」
「でも、お前にとってそれは納得出来ない」
「そうなの。別に兄さんを庇う気持ちはないのよ」
「それはよく理解してます」
 家族に対してボロッカスに言ってるからなと、文人は苦笑いだ。しかもそれが、思春期特有の反発からではなく、冷静な視点からだというのも解っている。毬はそういう少女だ。
「どうしても、事件の性質と合わないのよ。それは父が合わないのと同じなの。ううん」
「――」
 しかし、焔を大事に思っているんだろうなというのは、言葉の端々で感じてしまう文人だ。今も巌は父で済ますのに、焔に対しては兄さんと言っている。どちらを大事に思っているかは明白だろう。きっと、当主になろうと思ったのだって焔を支えたいからだ。
「そうだわ。慎重な兄さんの性格と合わないのよね」
「慎重」
「ええ。この事件、派手でしょ」
「ああ」
 そうだなと、文人は頷く。単に死体を川に放置するだけではない。その家の特徴となる部分をくり抜き、死体をわざと損壊している。それは、慎重な性格の人がやるだろうか。そう疑問になる気持ちは解った。
「でも、事件の時まで冷静か――って、この村では愚問か」
「ええ。そういう場で冷静ではない人間は、この村では生きていけないわ」
「ううむ」
 なるほど。考えれば考えるほど、色々な場所に齟齬が出てくるわけか。しかし、村人以外だと文人か鴨田しかいないので、この可能性もない。あとは医者の高木先生と看護師の川田か。が、こちらも命の現場で生きている人たちだ。むやみに人を殺すはずもなく、また、理由も存在しない。
「まあ、高木先生は村の出身だけどね」
「そうなんだ」
「ええ。代々、この村で医者をやってるから」
「へえ」
 それもそうか。村人の個人情報を握れる立場にある人だ。そんな人が、こんな閉鎖的な村で余所者のはずがない。つい、警察官が余所から来た人だから、除外していた。
「警察は取り引きの結果だからよ。医者に握られる情報に比べたら軽いわ」
「そうなのか。ああ、病歴とか怪我に関してとか、他に知られたらヤバいか」
「ええ。それはすなわち、その人の弱点だから。この村の稼業にとっては大打撃だわ」
 そうだなと、文人はここでも村の決まりに納得してしまう。この村は無闇矢鱈に因習に囚われているわけではない。必要だからこそ生み出しているのだ。そして、それを守っていくことが自分たちを守ることになることを、よく理解してやっている。
 となると、ますます村の次の世代を狙う必要なんてないわけだ。特に高校生たちまでは、この村のシステムをよく理解して動いている。
「えっ」
「どうしたの?」
「い、いや」
 ふと、自分はどうして高校生までと線引きしたのだろう。ああ、そうか。繭はわざと禍を呼んだからだ。自分のことを禍と呼び、安易に招き寄せる子が、この村のシステムに納得しているはずがないと、どこかで思っていた。
「えっ。あれ」
 となると、総ては繭の意思ではないのか。そうすると、あの子は操られていないのか。
「ねえ。どうしたの?」
「いや、あり得ない可能性に辿り着いたんだけど」
「――」
「早乙女家って、人を操る事も出来るのか?」
「え、ええ。他家に分配しているとはいえ元締めだもの。さすがに専門家には劣るけど、出来ないことはないわ」
「じゃあ」
 あり得るんじゃないか。外観は焔がやったように見えるのも、そういうことはないのか。
 巌がすでに繭に手を出しているというのも、それは布石なのかもしれない。文人の頭の中で、散らばっていたピースがどんどん嵌まっていく。
「まさか、解ったの?」
「まだ確信はない。でも、そうかもしれないって仮説は出来た」
「え?」
「どうにか挑発できないかな。そうすれば、一気に真相は見えてくると思う」
「――解ったわ。あなたの仮説を話して」
 毬はあなたを信頼すると、真っ直ぐに文人を見つめたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

それは奇妙な町でした

ねこしゃけ日和
ミステリー
 売れない作家である有馬四迷は新作を目新しさが足りないと言われ、ボツにされた。  バイト先のオーナーであるアメリカ人のルドリックさんにそのことを告げるとちょうどいい町があると教えられた。  猫神町は誰もがねこを敬う奇妙な町だった。

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴
ミステリー
 『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。  主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。  それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。  物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。  翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?  翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!

呪鬼 花月風水~月の陽~

暁の空
ミステリー
捜査一課の刑事、望月 千桜《もちづき ちはる》は雨の中、誰かを追いかけていた。誰かを追いかけているのかも思い出せない⋯。路地に追い詰めたそいつの頭には・・・角があった?! 捜査一課のチャラい刑事と、巫女の姿をした探偵の摩訶不思議なこの世界の「陰《やみ》」の物語。

秘められた遺志

しまおか
ミステリー
亡くなった顧客が残した謎のメモ。彼は一体何を託したかったのか!?富裕層専門の資産運用管理アドバイザーの三郷が、顧客の高岳から依頼されていた遺品整理を進める中、不審物を発見。また書斎を探ると暗号めいたメモ魔で見つかり推理していた所、不審物があると通報を受けた顔見知りであるS県警の松ケ根と吉良が訪れ、連行されてしまう。三郷は逮捕されてしまうのか?それとも松ケ根達が問題の真相を無事暴くことができるのか!?

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

深淵の迷宮

葉羽
ミステリー
東京の豪邸に住む高校2年生の神藤葉羽は、天才的な頭脳を持ちながらも、推理小説の世界に没頭する日々を送っていた。彼の心の中には、幼馴染であり、恋愛漫画の大ファンである望月彩由美への淡い想いが秘められている。しかし、ある日、葉羽は謎のメッセージを受け取る。メッセージには、彼が憧れる推理小説のような事件が待ち受けていることが示唆されていた。 葉羽と彩由美は、廃墟と化した名家を訪れることに決めるが、そこには人間の心理を巧みに操る恐怖が潜んでいた。次々と襲いかかる心理的トラップ、そして、二人の間に生まれる不穏な空気。果たして彼らは真実に辿り着くことができるのか?葉羽は、自らの推理力を駆使しながら、恐怖の迷宮から脱出することを試みる。

舞姫【後編】

友秋
ミステリー
天涯孤独の少女は、夜の歓楽街で二人の男に拾われた。 三人の運命を変えた過去の事故と事件。 彼らには思いもかけない縁(えにし)があった。 巨大財閥を起点とする親と子の遺恨が幾多の歯車となる。 誰が幸せを掴むのか。 •剣崎星児 29歳。故郷を大火の家族も何もかもを失い、夜の街で強く生きてきた。 •兵藤保 28歳。星児の幼馴染。同じく、実姉以外の家族を失った。明晰な頭脳を持って星児の抱く野望と復讐の計画をサポートしてきた。 •津田みちる 20歳。両親を事故で亡くし孤児となり、夜の街を彷徨っていた16歳の時、星児と保に拾われ、ストリップダンサーとなる。 •桑名麗子 保の姉。星児の彼女で、ストリップ劇場香蘭の元ダンサー。みちるの師匠。 •津田(郡司)武 星児と保の故郷を残忍な形で消した男。星児と保は復讐の為に追う。

処理中です...