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第29話 疑わしきは早乙女家
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そうしているうちに日向の家に到着した。川に掛かる粗末な橋の前には、相変わらず盛り塩があったが、それは多分、村の誰かが自分の気持ちに整理を付けるために置いたのだろうと、今ならば多少好意的に捉える事が出来る。
「お揃いでいらっしゃると思っていました。さ、どうぞ」
そして当の日向は、朝見たままの真っ白な着物に袴姿だった。どうやら普段、学校のない日はこの格好で過ごしているらしい。それもそのはずで、後で確認すると村人たちが毎月、新しい着物をくれるのだという。やはり、鬼というより神子として扱われているのだ。
そして寝間着はあの浴衣。つまりこの間、文人が会った時は何の身支度もしていない姿だったということだ。
あっさりと家の中に招かれ、文人はそういう事情を知ることになった。家の中もすっきりとした日本家屋で綺麗に掃除されている。違いは祭壇があったり、護摩行をする部屋があったりと、どこかお寺を思わせる造りだということだけだ。ついでに高校生らしさはゼロ。どこにも漫画やゲームはなく、無駄なものが一つもない。
「村人たちの施しで生活していますからね。生活に必要なものと、修行に必要なものしかないのは当然です。たまに沢田君が漫画を貸してくれますけど」
「へえ。そういうところは普通なんだ」
「ええ。村を出ている間は、僕も普通の高校生ですよ」
にこっと笑う日向は、やはりどこか妖艶だ。男の子の笑顔というより女の子の笑顔。どちらの性でもあるというのは、印象をこうも変えるのだろう。
「それで、わざわざいらしたからには、事件のことで相談ですか?」
「ええ、そう。早く犯人を見つけないと、この村は滅びるわ。解ってるでしょ?」
「そうですね。この事件はこの村の根幹を揺るがそうとしているようですし」
日向と毬の言葉に、文人もあちこち見物をするのを止めて座った。居間には小さな卓袱台があり、三つ湯飲みがあった。そこには日向が入れてくれた緑茶が入っている。
「この村の根幹、か。確かにね。次の世代が消えるというのは、それだけ術を伝える事が出来ない。やはり、復活の道は消える」
「ええ。特に高校生三人が消えると、次は繭さん。その下はまだ小学生で、しかも二年生と一年生ですからね。非常に伝承が難しい。しかも人数も少なくなる」
「ええ。そして上の世代は高齢化していて。うん。やっぱり村から裏を消したいと思っているのね。でも、誰が?」
「さあ。ここで消えてもいいと願うのは、意外な位置取りの方ってことでしょうね」
「意外、か。私は早乙女家の誰かが怪しいと思っているわ」
「そうでしょうね。壮大なことを考えられるのは早乙女家だけですし。他の家が総代の地位を狙うとは思えませんし、そんな力ももうないでしょうし」
「ええ」
そんな会話が交わされるのを、文人はぼんやりと聞くしかない。ううむ、やはり特殊だ。というより、この村の裏事情に深く関わる内容だから、口を挟むことが出来ない。
「でも、そうなると意外っていうほど意外じゃないわよね」
「どうでしょう?早乙女家の中に、この村の裏稼業を廃したいと願う方はいますか?」
日向の核心を突く質問に、頭のいい奴だなと文人は素直に感心してしまう。そうだ、早乙女家が頭領なのだとしたら、誰が廃業を望むのか。それは根本的な問題だろう。
「そうね。誰もいないとは言えないけど」
「焔さんは?」
文人が横から口を挟むと、毬は顎に人差し指を当てて首を傾げた。
「どうかしら。あの人って裏稼業のお金を運営して成功しているんだし」
「そうなのか」
「ええ。村の些事に関わるのが面倒であることと、裏稼業を本格的にやるのは面倒ってだけで、あの人、根本的には嫌がっていないのよ。ちゃんと技術は身につけているもの。実際、面倒ではない依頼は受けるし」
「どんだけ面倒臭がりなんだ」
毬の言葉の中に何度も面倒が登場して、それだけでも面倒な性格だと解る。
「そう。焔兄さんは最も早乙女らしい人間なのよ。実際、早乙女が総代と呼ばれるように、指示する立場であって自分からあれこれする立場じゃなかったのよね。まあ、それでは示しが付かないから自分たちもやるってだけで。司馬遼太郎が好きなら、そのあたりも解るでしょ?」
「ああ。なるほど。『梟の城』か」
「ええ。『最後の伊賀者』とかね」
こんな会話が高校生とさらっと出来るなんてと、妙な感動を覚えてしまう文人だ。が、重要なのはそこではない。司馬遼太郎談義は後だ。
「つまり、焔さんは怪しいような怪しくないようなってところか」
「そうね。繭と麻央さんを操れるという点から考えると、一番怪しいのは焔兄さんになるから、除外するのは間違っているわ」
毬はそう言って文人の意見に同意してくれる。
「でも、後は両親だろ?」
「ええ。その中で怪しいといえば父ね。引退も見えてくる時期だし、引き際だと考えているのかもしれないわ」
「でも、だからって」
同い年の子どもを持つ親なのに。という常識的な言葉はここでは通用しないのか。ううむ、解らん。
「巌さんに関しては、ある秘密がありますよ」
「え?」
「何?」
急に日向がそう言うので、どういうことかと二人の視線が向く。
「あの方は、毬さんには言えないことをやっています。僕が知ったのは、今はたまたまと申し上げておきましょうか」
「一体何だ?」
この場においても伏せたいことなのか。文人は訝しむ。それは毬も同じだったようだ。
「日向。あなたまさか」
「大丈夫ですよ。逃げましたから。言っておきますけど、両性具有とはいえ、僕は男としての部分の方が大きいんです。だから背も高いし、筋力もそれなりにあります」
「ああ、そうだったわ。ということは、まさか、繭と」
「ええ」
伏せられていたが、それは文人でもあっさり理解できる内容だった。が、この村に来て、事件以上の衝撃を覚えた。
「ちょっとまて。自分の娘を手籠めにしてるってのか?」
「言い方が古くさいですが、そうですね」
「いや、お前に古くさいって指摘されたくないって、ええっ!?」
日向があっさり肯定してくれるので、文人は一人でそんな悶えた状態に陥った。ツッコミと驚きが同時に出てくると、こんな奇妙なことになる。
「お揃いでいらっしゃると思っていました。さ、どうぞ」
そして当の日向は、朝見たままの真っ白な着物に袴姿だった。どうやら普段、学校のない日はこの格好で過ごしているらしい。それもそのはずで、後で確認すると村人たちが毎月、新しい着物をくれるのだという。やはり、鬼というより神子として扱われているのだ。
そして寝間着はあの浴衣。つまりこの間、文人が会った時は何の身支度もしていない姿だったということだ。
あっさりと家の中に招かれ、文人はそういう事情を知ることになった。家の中もすっきりとした日本家屋で綺麗に掃除されている。違いは祭壇があったり、護摩行をする部屋があったりと、どこかお寺を思わせる造りだということだけだ。ついでに高校生らしさはゼロ。どこにも漫画やゲームはなく、無駄なものが一つもない。
「村人たちの施しで生活していますからね。生活に必要なものと、修行に必要なものしかないのは当然です。たまに沢田君が漫画を貸してくれますけど」
「へえ。そういうところは普通なんだ」
「ええ。村を出ている間は、僕も普通の高校生ですよ」
にこっと笑う日向は、やはりどこか妖艶だ。男の子の笑顔というより女の子の笑顔。どちらの性でもあるというのは、印象をこうも変えるのだろう。
「それで、わざわざいらしたからには、事件のことで相談ですか?」
「ええ、そう。早く犯人を見つけないと、この村は滅びるわ。解ってるでしょ?」
「そうですね。この事件はこの村の根幹を揺るがそうとしているようですし」
日向と毬の言葉に、文人もあちこち見物をするのを止めて座った。居間には小さな卓袱台があり、三つ湯飲みがあった。そこには日向が入れてくれた緑茶が入っている。
「この村の根幹、か。確かにね。次の世代が消えるというのは、それだけ術を伝える事が出来ない。やはり、復活の道は消える」
「ええ。特に高校生三人が消えると、次は繭さん。その下はまだ小学生で、しかも二年生と一年生ですからね。非常に伝承が難しい。しかも人数も少なくなる」
「ええ。そして上の世代は高齢化していて。うん。やっぱり村から裏を消したいと思っているのね。でも、誰が?」
「さあ。ここで消えてもいいと願うのは、意外な位置取りの方ってことでしょうね」
「意外、か。私は早乙女家の誰かが怪しいと思っているわ」
「そうでしょうね。壮大なことを考えられるのは早乙女家だけですし。他の家が総代の地位を狙うとは思えませんし、そんな力ももうないでしょうし」
「ええ」
そんな会話が交わされるのを、文人はぼんやりと聞くしかない。ううむ、やはり特殊だ。というより、この村の裏事情に深く関わる内容だから、口を挟むことが出来ない。
「でも、そうなると意外っていうほど意外じゃないわよね」
「どうでしょう?早乙女家の中に、この村の裏稼業を廃したいと願う方はいますか?」
日向の核心を突く質問に、頭のいい奴だなと文人は素直に感心してしまう。そうだ、早乙女家が頭領なのだとしたら、誰が廃業を望むのか。それは根本的な問題だろう。
「そうね。誰もいないとは言えないけど」
「焔さんは?」
文人が横から口を挟むと、毬は顎に人差し指を当てて首を傾げた。
「どうかしら。あの人って裏稼業のお金を運営して成功しているんだし」
「そうなのか」
「ええ。村の些事に関わるのが面倒であることと、裏稼業を本格的にやるのは面倒ってだけで、あの人、根本的には嫌がっていないのよ。ちゃんと技術は身につけているもの。実際、面倒ではない依頼は受けるし」
「どんだけ面倒臭がりなんだ」
毬の言葉の中に何度も面倒が登場して、それだけでも面倒な性格だと解る。
「そう。焔兄さんは最も早乙女らしい人間なのよ。実際、早乙女が総代と呼ばれるように、指示する立場であって自分からあれこれする立場じゃなかったのよね。まあ、それでは示しが付かないから自分たちもやるってだけで。司馬遼太郎が好きなら、そのあたりも解るでしょ?」
「ああ。なるほど。『梟の城』か」
「ええ。『最後の伊賀者』とかね」
こんな会話が高校生とさらっと出来るなんてと、妙な感動を覚えてしまう文人だ。が、重要なのはそこではない。司馬遼太郎談義は後だ。
「つまり、焔さんは怪しいような怪しくないようなってところか」
「そうね。繭と麻央さんを操れるという点から考えると、一番怪しいのは焔兄さんになるから、除外するのは間違っているわ」
毬はそう言って文人の意見に同意してくれる。
「でも、後は両親だろ?」
「ええ。その中で怪しいといえば父ね。引退も見えてくる時期だし、引き際だと考えているのかもしれないわ」
「でも、だからって」
同い年の子どもを持つ親なのに。という常識的な言葉はここでは通用しないのか。ううむ、解らん。
「巌さんに関しては、ある秘密がありますよ」
「え?」
「何?」
急に日向がそう言うので、どういうことかと二人の視線が向く。
「あの方は、毬さんには言えないことをやっています。僕が知ったのは、今はたまたまと申し上げておきましょうか」
「一体何だ?」
この場においても伏せたいことなのか。文人は訝しむ。それは毬も同じだったようだ。
「日向。あなたまさか」
「大丈夫ですよ。逃げましたから。言っておきますけど、両性具有とはいえ、僕は男としての部分の方が大きいんです。だから背も高いし、筋力もそれなりにあります」
「ああ、そうだったわ。ということは、まさか、繭と」
「ええ」
伏せられていたが、それは文人でもあっさり理解できる内容だった。が、この村に来て、事件以上の衝撃を覚えた。
「ちょっとまて。自分の娘を手籠めにしてるってのか?」
「言い方が古くさいですが、そうですね」
「いや、お前に古くさいって指摘されたくないって、ええっ!?」
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