闇の残火―近江に潜む闇―

渋川宙

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第28話 守るためのシステムでもある

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「あら。毬ちゃん。お久しぶりね」
 川田は毬の姿を認めると、にっこりと笑った。それはもう、近所のおばちゃんが見せる笑顔そのものだ。
「お久しぶりです。今回は色々とお世話になります」
「いいのよ。本当にしっかりした子ね。早乙女さんのところって村の世話役だから仕方ないんだろうけど、あなたも大変ねえ」
「いえ。それでは色々とありますので。文人、手伝って」
「え、ああ、はい」
「あらあら。文人君も完全にお兄ちゃんみたいね。頑張ってね」
「はい」
 そこは恋人っぽいではなくお兄ちゃんなのか。文人は何だか複雑な気分になりつつも頷いた。いや、こんな危険な子と付き合いたいなんて思わないけど、お兄ちゃんかあ。
「何を考えているの?」
「い、いえ」
「婿に来る気なら、相当の覚悟がいるわよ」
「お断りします」
 だから人の思考を読むなよと思いつつ、文人は毬と一緒に病院を出た。そしてしばらく歩いてから、何かに気付いたのかと訊く。
「可能性として、繭が操られていたわけではなく、単独でやっていたらって考えたんだけど。でも、無理よね。いくらあの子でも、パワーが足りないし」
「ああ」
 そういうことかと文人は頷いた。確実に事件に関与している繭。彼女が単独犯だったらと考え、しかし無理かと毬は結論づけるまでやっていたようだ。しかし、繭か。
「彼女だって次の世代じゃないか」
「ええ。だから、操られていると思っているの。使い終わったら死ねと命じれば、術中だったら躊躇わずにやるもの」
「うわあ」
 すげえ話だなと、文人は何度目になるか解らないドン引きモードになる。
「ってことは、犯人は駒形さんも」
「ええ。使い終わったから捨てたってところでしょうね。繭は術にどっぷりと掛かっているようだし、真犯人としてはもう用なしだったんでしょう。私たちが調べているから、余計な情報が出る前に始末したってところかしら」
「うわあ」
 もう何が何だかと思うほどに血腥い。というか、犯人の冷血さ加減に驚かされる。
「でも、そこまでのことをするのって」
「そう。訳が解らないでしょ。しかも繭と麻央さんを手駒にして。考えられるのは――兄の焔だけど、あの男がこんな面倒なことをするとは思えないのよね」
「――」
 だから、焔の評価が低すぎないか。それが文人には気になるところだが、確かにあんまり関わってこようとしない。というか、最初に睨まれてから大して会話していない。
「あんだけ見た目は印象に残るのに、他の印象がねえなあ」
「そりゃあそうよ。話し掛けてこないだけじゃなく、家族ともほとんど喋らないのよ、あいつ」
「へえ」
 無口なのか。ますますモテ男の要素を持っているなと文人は呆れてしまう。それで人嫌いだから女子とも付き合いたくないだと。ふざけているなあ。
「じゃあ、誰だ?二人に近づきやすいのって」
 しかし、今は焔への嫉妬ではなく事件の犯人を見つけることだ。焔が犯人候補にならないのだとすれば、一体誰が繭と麻央に近づいて操ったというのか。
「いるわ」
「え?」
「兄を除いて二人に近づける人。それはうちの両親よ」
「あ――ああ、そうか。そうだな」
「調べましょう」
「――」
 あっさり家族を疑い、あっさり調べようと提案してくる毬に驚かされる。いやはや、本当に。先に歩き始めた毬は、この村に色々と不満がありつつ、でも変革しようと考えている子なわけだが、あっさりし過ぎている気がした。
 そこでふと思う。毬が犯人であっても二人に近づけるし、操れるのではないか。なんせ、志高く、みんなから慕われている。それをうざったいと考えて今回の犯行を――いや、何かが合わないな。そうだ。自分という異分子だ。
 でも、そんな自分を連れ回して事件の捜査をしているのは攪乱するためだったら。下手に動かれて、こうやって村の秘密も見抜けるだけにマニアックな知識も持っていることだし、単独で動かれたら困ると思っているからってことはないのか。
 あ、ヤバい。最も怪しいかも。そう思ったところで、毬が振り向いた。
「私を疑ってるわね」
「え?ははっ」
 咄嗟に出たのは驚きと笑い。もはや疑っていましたと白状しているようなものだ。
「疑うのは自由よ。私は必ず、潔白を証明するから」
「悪かった」
 さらっと放たれる言葉と自信、そして毬の真っ直ぐな目に、文人はすぐさま疑ったことを謝っていた。そうだ。彼女はどうあっても該当しない。その信念に揺るぎがないせいだ。しかも、この村にとっての異分子であり、いざとなれば切り捨てる対象の日向さえ気に掛けることが出来る。
「ふふっ。あなたのそういうとこ、嫌いじゃないわ」
「っつ」
 するっと寄ってきて見上げてそんなことを言う毬に、文人は不覚にもドキッとしてしまった。ヤバい、可愛すぎる。そしてとても蠱惑的だ。相手が年下の高校生だというのを忘れそうになる。
「そうだ。戻る前に日向のところに寄りましょう。今日なら、朝の様子からしても、会ってくれるでしょうし」
「そ、そうなのか。ずっと話したかったんだよな」
 まだドキドキする心臓を宥めつつ、文人は日向に会えるならばと素直に喜んだ。すると、毬は自分のことのように笑顔になる。
「よかった。日向と友達になれそうな人で」
「そ、そうか」
「ええ。村の人があの子に寄せ付けないのは、その身体の特殊さもあるのよ。下手に暴かれて、傷つくのはあの子だもん」
「あ、ああ」
 事情を知らない人間が踏み込まないように見張っているのは、何も彼が鬼だからという理由だけではなかったのか。
 確かにそうだ。文人だって下半身はどうなってんだと、すぐに思ってしまったほどだ。他の奴ら、例えば性欲満点のような奴がそれを知ったら何をしでかすか。考えただけでぞっとする。
「ええ、そう。でも、それは村人たちであっても同じよ。やっぱり、そういう興味を持っちゃう人はいるの。だから、互いに監視しているの。あいつは鬼なんだぞ。そんなことをしていいのかってね」
「な、なるほど」
 差別することで守ることにもなる、か。皮肉な話だが、おかげで日向の生活は平穏無事であるわけだ。川の向こう、彼岸に追いやられているからこそ、彼は生活する事が出来るというわけか。
 考えてみると、鬼だと嫌う割には死体の処理を日向にさせることはなかった。それはすなわち、神聖不可侵であるという意識が働いているせいでもあるのだろう。ああいう汚れ仕事をさせることはない。そういう保証も与えられているわけだ。
「日向が大丈夫だと認めているのならば、近づいても問題ないわ。もちろん、恋人関係になっても大丈夫よ」
「おいっ」
 そういう目で日向を見たことはないと、文人は思い切り毬を睨んだ。しかし、毬はくすくすと笑うだけ。遊ばれている。
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