闇の残火―近江に潜む闇―

渋川宙

文字の大きさ
上 下
26 / 42

第26話 村のシステムは完璧

しおりを挟む
「おおい。古関君」
「はい」
 その間に鴨田も早乙女家から駆けつけた。後ろには大八車を引っ張る杉岡の姿もある。ということはやっぱり、この三人であの死体を高木病院まで運ばなければならないようだ。
「禍の種かもしれんが、いてくれて助かったな」
「そうだな」
 そんな声が聞こえてきて、文人は額に青筋が浮かぶのを自覚した。が、声を荒げたところでどうしようもない。この村はそういう村だ。郷に入っては郷に従へとの言葉通り、余所者が他の場所のルールを口にしたところで、ここでは受け入れられない。
 秘密の、歴史の闇の血脈の中の人々。彼らはその業を背負い、そこから逃げられないのだ。そう思うと、理不尽な役目だろうとやってやろうじゃないかと思う。が、今回の死体はちょっとなあと思う。
「先に顔を隠しましょう」
 杉岡が文人の顔色が悪いことに気付き、率先して死体に近づくと顔に小さな筵を掛けてくれた。怖いおじさんだが、彼もまた村人たちよりは下位に位置する者というわけか。
こうしてようやく死体を川から引き上げることになった。この川がどこから流れ込み、どこに流れていくのか知らないが、村人からは忌避されている川だということは確かだ。
「よいしょっと」
 無事に川から引き上げて川岸に立つと、向こう側からこっそり日向が覗いているのに気付いた。軽く手を挙げて挨拶すると、ぺこっと頭を下げて帰っていく。無事に処理してくれたことのお礼を言いたかったようだ。
「普通なんだよな」
 身体には大きな秘密があり、過去に悲しいことがあったというのに。文人はいつしか日向を逞しく思っていた。
「さ、行きましょう。さっき県警に連絡を入れたんですけど、何カ所も土砂が埋まっている場所があって、なかなか来れそうにないみたいです。死体の処理や保存に関してはこちらに一存するってことのようで」
 鴨田もやれやれと腰を伸ばし、そう文人に説明した。そういえば、鴨田はこの村の秘密にはまだ気付いていないようだ。あの土砂崩れが人為的であることも、共有しないままだった。
「警察は当てにならないってことですか?」
 しかし、これからもこの村に関わらなければならない鴨田を怖がらせるのもあれなので、そう苦笑して訊いておくに留めた。
「まあ、自分も警察なんでそう言っちゃうのは問題なんですけど、そうですね。こんな小さな村で、しかも外からの出入りが難しいでしょ?犯人はこの中にいるのは確実だから、あんまり急ぐ気もないんでしょうね。どうせ村人の間で起った金銭トラブルなり親族間の争いなりって思っているでしょうし」
 鴨田も苦笑しつつ、まあ、事実ですけどと付け加える。たしかに、容疑者は村人二百人ほどに絞られているし、事件の動機はこの村に関わることだ。大筋では間違っていない。
「行きましょう。昨日に引き続きとなってしまいましたが、葬儀も行わなければなりません」
 杉岡は意見を述べず、そう言って先に大八車を押し始めた。だから二人も慌ててそれを手伝う。
「葬儀か。また長いんだろうな」
「そうですねえ。ここの葬式、長いですね」
 大八車の後ろを二人で押しつつ、思わずそう愚痴を零してしまった。死者には悪いが、都会であんな長丁場の葬式はないと、そう言いたくもなる。
「ここの葬儀は、亡くなった者に勤めが終わったことを告げるためでもありますから」
 そんな愚痴に、杉岡は静かにそれだけ言った。勤めが終わった。それは仏教的に現世での修行が終わったと取ることもできるし、裏稼業での役目が終わったとも取れる。どちらにしろ、苦行であったことは変わりがないんだろうなと思う。そして、ふとここが比叡山の中なのだと思い出した。なるほど、やはり苦行というのが合うかもしれない。
 比叡山は言わずと知れた天台宗の総本山。そこで行われる修行は厳しく、さすがは密教というものが多い。比叡山を見て最初に思い出した千日回峰行もその一つだ。悟りを開くための努力というのは凄いもんだなと思わされる。
「あっ」
 そして、だからこの村の秘密も生まれたのかと気付いた。密教は山岳修行と密接に結びついている。だからこそ、ここの人たちも大きなネットワークを持って仕事が出来ているのだ。つまり、ここの人たちもまた山岳修行を行う山伏と変わりない。
 そして、だからこそ比叡山の山の中に住むことが許されているに違いないと、ようやく色々と頭の中で繋がり始めた。修行僧という扱いになっているからこそ、おそらく境内の敷地内であるはずのこの村も存在できている。そして、その村を束ねる巌が坊主の資格を持っているのも然り。
「いやはや、寸分の無駄もないな」
「え?どうかしたの?」
 思わず感心して声に出した文人に、何も知らない鴨田はきょとんとしていた。
「いえ」
 教えると面倒になるので、というか理解できないだろうしと、文人は曖昧に笑っておいた。そうしている間に高木病院へと到着する。
「あらあら。二人目だなんて。しかもまた女の子が」
 そして、高木病院の玄関でストレッチャーと一緒に待っていた川田が、嘆かわしいと溜め息を吐く。その様子に、何故かほっとしてしまって文人は緊張していたことに気付いた。
 そう、色々と村の謎は解けてきたものの、目の前で殺人事件が起っている現状は緊張状態を継続させている。しかも、芹奈にしても麻央にしても無残な死体となって川に放置されていた。その異常さに、神経がきりきりと張り詰めている。
「文人君も大変ね」
「ええ、まあ。でも、お役に立てているようなので」
「そうよねえ。この村の人って何をしているのかしら?見ず知らずの文人君に任せっぱなしなんて」
 川田はいくわよと、ストレッチャーに手早く死体を移動させ、一昨日もお世話になった診察室へと運び込む。さすがに今回の死体は二度と見たくないという気持ちがあって、文人は待合室で待つことにした。
「まあ、あれじゃあ仕方ないよね。俺も気持ち悪いし」
 鴨田も杉岡もそんな文人を咎めることなく、むしろ悪かったとばかりに謝って診察室へと消えていった。それだけでもどっと疲れが襲ってくる。
「ああ、もう」
 どうなってしまうんだろう。そんな漠然とした不安が、疲れもあって急に押し寄せてくる。村から脱出する方法はなく、謎の殺人事件まで起って、しかもそれがとんでもない秘密に絡んでいるなんて。
「歴史を知るって、こんなにも大変なのかな」
「そうね。本質を見ようとすればするほど、しんどい思いをするわ」
「ぎゃっ」
 独り言に返事があって、文人は飛び上がってしまった。いつの間に現れたのか、背後に毬の姿があった。
「そんなに驚かなくてもいいでしょ」
「わ、悪い。あれ、どうして」
「多聞から連絡があったわ。襲われた人の顔は見ていないけど、本気でこの村を殲滅する気だろうって」
「せ、殲滅」
 また過激な言葉がと、文人は目をひん剥く。
「もちろん、それはある程度の下の世代よ。もう引退している人も多いし、狙っているのは次の世代と今、つまり、麻央さんの世代ってこと」
「じゃ、じゃあ、焔さんも危ないんじゃ」
「ええ、そうなるわね」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

聖女の如く、永遠に囚われて

white love it
ミステリー
旧貴族、秦野家の令嬢だった幸子は、すでに百歳という年齢だったが、その外見は若き日に絶世の美女と謳われた頃と、少しも変わっていなかった。 彼女はその不老の美しさから、地元の人間達から今も魔女として恐れられながら、同時に敬われてもいた。 ある日、彼女の世話をする少年、遠山和人のもとに、同級生の島津良子が来る。 良子の実家で、不可解な事件が起こり、その真相を幸子に探ってほしいとのことだった。 実は幸子はその不老の美しさのみならず、もう一つの点で地元の人々から恐れられ、敬われていた。 ━━彼女はまぎれもなく、名探偵だった。 登場人物 遠山和人…中学三年生。ミステリー小説が好き。 遠山ゆき…中学一年生。和人の妹。 島津良子…中学三年生。和人の同級生。痩せぎみの美少女。 工藤健… 中学三年生。和人の友人にして、作家志望。 伊藤一正…フリーのプログラマー。ある事件の犯人と疑われている。 島津守… 良子の父親。 島津佐奈…良子の母親。 島津孝之…良子の祖父。守の父親。 島津香菜…良子の祖母。守の母親。 進藤凛… 家を改装した喫茶店の女店主。 桂恵…  整形外科医。伊藤一正の同級生。 秦野幸子…絶世の美女にして名探偵。百歳だが、ほとんど老化しておらず、今も若い頃の美しさを保っている。

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

無限の迷路

葉羽
ミステリー
豪華なパーティーが開催された大邸宅で、一人の招待客が密室の中で死亡して発見される。部屋は内側から完全に施錠されており、窓も塞がれている。調査を進める中、次々と現れる証拠品や証言が事件をますます複雑にしていく。

ミステリH

hamiru
ミステリー
ハミルは一通のLOVE LETTERを拾った アパートのドア前のジベタ "好きです" 礼を言わねば 恋の犯人探しが始まる *重複投稿 小説家になろう・カクヨム・NOVEL DAYS Instagram・TikTok・Youtube ・ブログ Ameba・note・はてな・goo・Jetapck・livedoor

【毎日更新】教室崩壊カメレオン【他サイトにてカテゴリー2位獲得作品】

めんつゆ
ミステリー
ーー「それ」がわかった時、物語はひっくり返る……。 真実に近づく為の伏線が張り巡らされています。 あなたは何章で気づけますか?ーー 舞台はとある田舎町の中学校。 平和だったはずのクラスは 裏サイトの「なりすまし」によって支配されていた。 容疑者はたった7人のクラスメイト。 いじめを生み出す黒幕は誰なのか? その目的は……? 「2人で犯人を見つけましょう」 そんな提案を持ちかけて来たのは よりによって1番怪しい転校生。 黒幕を追う中で明らかになる、クラスメイトの過去と罪。 それぞれのトラウマは交差し、思いもよらぬ「真相」に繋がっていく……。 中学生たちの繊細で歪な人間関係を描く青春ミステリー。

ヘリオポリスー九柱の神々ー

soltydog369
ミステリー
古代エジプト 名君オシリスが治めるその国は長らく平和な日々が続いていた——。 しかし「ある事件」によってその均衡は突如崩れた。 突如奪われた王の命。 取り残された兄弟は父の無念を晴らすべく熾烈な争いに身を投じていく。 それぞれの思いが交錯する中、2人が選ぶ未来とは——。 バトル×ミステリー 新感覚叙事詩、2人の復讐劇が幕を開ける。

【R15】アリア・ルージュの妄信

皐月うしこ
ミステリー
その日、白濁の中で少女は死んだ。 異質な匂いに包まれて、全身を粘着質な白い液体に覆われて、乱れた着衣が物語る悲惨な光景を何と表現すればいいのだろう。世界は日常に溢れている。何気ない会話、変わらない秒針、規則正しく進む人波。それでもここに、雲が形を変えるように、ガラスが粉々に砕けるように、一輪の花が小さな種を産んだ。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...