闇の残火―近江に潜む闇―

渋川宙

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第24話 日向の肉体の秘密

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 麻央は同級生である焔に好意を抱き、一方、焔は麻央を単純に同級生としか思っていないというところか。まあ、あのルックスだ。村の外に出ればモテるだろう。しかも、この村に関しては半分くらい関わっているので丁度いいと思っているのならば、村の人とは結婚したくないのかもしれない。
「焔ってどういうお兄ちゃんなんだ?」
 と、ここで焔って何者なのかが気になった。どうやら資産運用をしているらしいが、それだけなのか。
「人付き合いが悪く、愛想のない。ネット社会になって良かったわねって人よ。もちろん、裏稼業の腕も悪くないから、そっちだけで稼ごうと思えば稼げると思うわ。手段もわりとえげつないし。でも、そうはしたくないみたい。人付き合いが嫌いだから。裏稼業だと、人付き合いも込み入ってくるから余計に避けるのよ。だから農業やらないくせに会社勤めもせず、ネットで稼いでるの」
「――」
 どんだけ人付き合いが出来ないんだと思うくらいに強調されてる。それが文人の率直な感想だ。というか、そうか。あの目つきの悪さは人付き合いが悪いから、他人に家に上がり込んでほしくないってことだったのか。
「顔はいいのに」
 しかし、そのルックスを活かそうとは思わなかったのかなと、平凡な顔つきの文人は思ってしまう。別に彼女が欲しいとか思わないけど、彼女を作るのだって苦労しなさそうだ。
「だから余計になんでしょ。顔がいいから女が勝手に寄ってくる。ついでに男たちはそれに嫉妬する。そういうのに疲れちゃったのよ。おそらく」
「ああ、人気者だけが味わえる悩みだな」
 文人は羨ましいことでと、そこで焔に関して聞き出すのを諦めた。要するに、顔はいいが人と合わせるのは面倒なので付き合わず、実家にある資産を運用して老後も安泰。そういう人らしい。すでに隠居しているようなものだ。そうなると、ますます当主には相応しくない。
「そうそう。ご隠居と一緒なのよ。だから、この家はいずれ、私が継ぐことになると思う」
 なるほど、もう一人の候補は毬なのか。まだどっちか決まっていないから焔も候補扱いされているだけで、実質は毬に決まっているようなものなのだろう。しかし、長子は焔だから確定するまでは候補として扱われるというところか。
「そうか。大変だね」
「いいえ。むしろ燃えるわ。仕事が減っているって言われているけど、それは今までのネットワークに頼っているからよ。新規開拓し、海外にまで手を広げれば、ただ嘆くだけでなく、ちゃんと技術を活かせるはずよ」
「――」
 あ、凄く前向きなうえにやり手社長のようなことを言ってる。文人は平然と熱い野望を語る毬に、また意外な一面だなと思うのだった。





 結局、夜になっても多聞の行方は解らないままだった。葬儀の総ては夕方にはようやく終わり、では解散となった時には村人たちも酒で出来上がり、祭りの後の余韻のようなものだけが残っていた。
「多聞君の両親は心配してないのか?」
 おにぎりを食べながら縁側で星空を見つつ、文人は毬に確認する。先ほど、毬はぐるっと村を一周してきたところなのだ。その間、文人はすることがないので星を見ていたというわけだが、いやはや、さすがは山の中。邪魔される光源がないため、星が恐ろしいほど見える。天の川さえくっきりだ。
「心配はしているけど、大丈夫だろうとも思っているみたいね。ま、息子の実力はよく理解している人たちよ。むざむざやられるはずがないって思ってるわ」
「へえ」
 それは凄いこってと、文人には理解できない世界だ。そう、どういう秘密があるかに気付いたものの、未だにその世界は現実離れしているし、自分には理解できない範囲のことだった。
「実際、多聞の姿は村にないわけだから、逃げられたと考えるのが妥当だわ。怪我をして動けないんだったら、何らかの方法で連絡してくるでしょうし」
「ううん。気を失ってるとかは?」
「だったら、犯人がとっくの昔に捕まえて殺しているでしょうね」
「――」
 その場合、死体は川に放置されるはずだということか。しかし、この毬のさらっと死ぬとか殺すとか言う感覚にはついていけない。いや、裏稼業を考えれば、そういう言葉を忌避する意味はないのだろうけど。
「あっ、日向は?」
「まだお籠り中みたいね。でも、感じからして明日の朝には出てきそうよ」
「へえ」
 日向に関しても謎が大きなままだが、まあ、籠もって修行中だというのならば邪魔するわけにもいかない。しかし、謎だらけだ。この村そのものが大いなる謎で構成されているわけだけれども、やはり異分子だからか、日向のことが最も気になる。
「そういえば、日向君って男だよね?」
 ふと、その最も気になる中でも謎のまま残せないところを訊ねてみる。
「いいえ」
 すると毬はひょいっと文人が持っていた皿からおにぎりを掴んで一言。しかも否定。
「え?女?」
「でもないわ。あの子は両性具有だもの」
「――」
 凄い事実が出てきたと、文人は持っていたおにぎりを危うく落としそうになる。今日の晩ご飯がアリの餌になるところだった。しかし、それだけの衝撃がある。
「戸籍はどっちか選ばなきゃいけないから、男で出しているはずね。ま、股間にあれがあるし」
「と、年頃の女の子がそういうことを言うんじゃない」
 さらっと股間にあれとか、聞いている文人が恥ずかしくなる。ちょっとは羞恥心を持った方がいい。
「でも、中学の頃から生理も来てるのよ。ま、両性具有であることはこの村に来た段階で知ってたから、仕方ないわよねって話したのを覚えてる」
「――」
 いやもう、だから。男子相手に生理とか、さらっと言わないでくれ。文人は顔を真っ赤にして、心の中で悲痛な声を上げる。いくら大学生とはいえ、つい半年前までは高校生だったわけで、そういうことへの免疫はまだないのだ。
 しかし、両性具有って実際にあるんだなと、文人はあの不思議な雰囲気の理由に納得。どおりで男でも女でもある印象を受けるわけだ。というか、その場合、下半身はどうなってるんだろうと素朴な疑問も浮かぶが、毬の口から詳しく説明されるのは恥ずかしいので避けたい。
「そりゃあ、神子だな。納得」
「でしょ。そして鬼でもある」
「そうだな」
 人とは違うモノ。その総称が鬼だ。男女どちらでもある日向はまさに該当するだろう。
「あれ?そういえば日向君のご両親は?」
「いないわ」
 再びさらっと、毬は衝撃の事実を告げてくれる。いないとは、死んだということか。
「いいえ。あの子は川に流されたのよ。そう、本当に鬼なの。あの子は生まれながらにして鬼としての業を背負わされたのよ。流した両親はきっと、あの子の性を受け入れられなかったのね」
「――」
 川に流された。つまりは捨てられたということか。死んでも構わない。運が良ければ誰かが拾ってくれるだろう。そう託して流す風習がかつてこの国にはあった。それが、今も実行されていたということか。
「じゃあ」
「ええ。村で保護し、一応は鬼として飼うことになった」
「――」
 ぐさぐさと突き刺さる言葉の数々だ。村八分どころの騒ぎじゃないし、日向には守ってくれる人もいない。しかも飼うって。養うではない事実がとてつもなく重い。
「荒井ってのは」
「昔いたお巡りさんの名字よ。一応、その人の養子って形になったけど、早乙女家が多額のお金で納得してもらっただけ。だから、養育義務はその人にはないの。いえ、責任は一切負わなくていいようにしてあるわ」
「――」
 どこまでも凄いことの連続だ。なるほど、日向が冷たく扱われても受け入れているわけだ。そしてその理由は自分の身体にあることをよく理解しているからこそ、総てを受け入れている。
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