闇の残火―近江に潜む闇―

渋川宙

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第23話 兵糧丸は美味しい

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 「さて、色々と整理が必要ね。あ、お腹が減ってるんだったらこれでもどうぞ」
 文人の部屋に入ると、毬はぺたんっと床に座り、話を進めようとする。ついでに制服のポケットからお守りのような小さな巾着を取り出して渡してきた。
「これって」
「今風に言うと栄養補助食品。歴史的な言い方をすると兵糧丸」
「ああ。あれか。って、実物を拝めることになるとは」
 巾着を開いてみると、中から饅頭ほどの茶色い丸い物体が出てきた。なるほど、これが聞きしにまさる兵糧丸かと、思わずしげしげと観察してしまった。
 兵糧丸とは戦国時代に戦場での携帯食として持ち歩くものだった。この丸っこいものには味噌や米、鰹節や梅干しやごまなど様々なものが練り込まれているのだ。高カロリー高タンパクな食べ物であり、まさしく栄養補助食品なのだ。
「あ、美味い」
 文人はその兵糧丸を恐る恐るたべたわけだが、意外と美味しくてびっくりだった。思わずばくばく食べたくなるが、その前に喉が渇く。
「ううっ」
「はい、お茶」
「お、お茶は普通」
 いつの間に入れてきたのか、麦茶が差し出された。文人は有り難く頂き、しょっぱさで渇いた喉を潤す。
「さて。状況を整理しましょう」
「は、はい」
 空腹も喉の渇きも癒やされたので、真面目に毬の話を聞くことになる。
「まず、狙われているのは高校生で間違いないわ。うち二人はすでに襲撃され、芹奈は死んでしまった」
 そこで毬は目を伏せる。やはり、気丈に振る舞っていても、そこは女子高生。悲しみが込み上げてくるのだろう。が、それはすぐに終わった。
「そして今、多聞が狙われて行方不明だわ。となると、こちらは長引きそう」
「ほう。で、後は高校生というと、君と日向君か」
「ええ。でも、日向は除外されるはずよ。私たちとは違う存在だもの」
「ああ。神子だから」
「そう」
 これもまた、裏側を知ってしまえばあっさりと納得できるのだから恐ろしい。つまり、日向は早乙女家とそれに連なる人々がやっている稼業に加わっていない。詳細は解らないものの、彼に託された役目は別であり、だからこそ忌避され、鬼とされているってわけだ。そしてこの事件はその裏側に関わることだから、日向が関わる余地はないというわけだ。
「わざわざ鬼に触れる必要はなし、か」
「そういうこと。となると、次に狙われるのは私ね」
「そんなあっさり」
 明日の天気でも話すような調子で言うなと、文人は呆れてしまう。が、おそらく狙われても自力で何とか出来る自信があるのだろう。なんといっても早乙女家の人間だ。
「ええ、そういうこと。私に勝つとなると、そうね。お父さんか焔兄さんくらいだわ」
「すげえな。杉岡さんは?」
「そうねえ。彼に本気で闘いを挑まれたら困るけど、あの人が犯人だったら、手っ取り早く早乙女家を皆殺しにするわ」
「――」
 だからそういう話題を気楽に言うなと、文人は何だかもどかしさを感じる。が、事実だから避けられない話題だ。
「だから、そう、困ってるの。繭を操って警戒対象のあなたを引き入れるのは、まあいいでしょう。そうやってこの村の情報が露見することを狙ったんだわ。でも、どうして次の世代から殺そうとしているのかしら。何か拙いことでもあったのかしら。情報を漏らして潰すだけでよかったはずなんだけど。そもそも、あんな裏稼業が未だに続いているなんて、多くの人は信じられないことだろうし」
「ああ。そうだよな。って、俺が狙われる可能性は?」
「あるから、私が常にくっついてるんでしょ」
「――」
 やっぱりあるんだ。文人はぞぞっとしてしまう。さすがに文人は生きながら心臓を抜かれるなんてことはないだろうが、殺されるのはごめんだ。というか、やりたいことが山ほどあるのに、こんなところで殺されてなるものか。
「ま、あなたは私が守るから大丈夫よ。引き入れたのが繭だし、見かけた時に中途半端にしか警告しなかった私も悪いし」
「ど、どうも」
 たしかにあの警告は解りにくかったなと、文人は溜め息を吐く。気をつけてと言ってくれたが、何をどう気をつければいいのか解らなかった。
「で、狙われる可能性が残っているのは毬ちゃんだけだってのは解った。そして、犯人に関しても誰かは特定できないってことだな」
「そうよ」
 文人がまとめるように訊くと、毬はこれまたあっさりと頷いた。ううむ、つまりはまだノーヒントに近いわけだ。誰が犯人なのか、皆目見当も付かないと。
「ただ、繭が操られているという事実。そして、そういう深層心理を操るのが上手いのは駒形だってことを考えると、繭と、そして駒形の誰かは犯人を知っているはず」
「そうだな。問い質してみたら」
「無駄でしょうね。繭は操られているって意識はないでしょうし、駒形の人も簡単に口を割るとは思えない。誰かを特定できていない以上、拷問するわけにもいかないしね」
「――」
 さらっと女子高生が拷問なんて言うもんじゃありません。と、文人は心の中だけで注意しておく。どうせ受け流されるからだ。というか、以前にやったことがあると言われても困る。
「ただ、次の世代を絶とうという手段が引っ掛かるしヒントになると思うの。そんなこと、すでに老人は考えないでしょ?」
「ああ、まあ、そうだよな。現役世代からすれば、次の担い手を失いたくないはずだし」
「ええ。私たちに世代が近い人ってことになるわ。となると、最も怪しいのは」
「麻央さんか」
「ええ。駒形の人間だし、ばっちり該当するわ。ただ、問題点もある」
「へ?」
 犯人は決まりとはいかないのかと、文人は目を丸くした。ついでにまだ残っていた兵糧丸を口に含む。
「兄と仲がいいってことよ。でも、恋人同士ではないみたいなの。麻央さんは気があるみたいだけど、兄はまったくね」
「へえ」
 それは妹としての願望なのではと思ったが、この毬に関して、それは当てはまらないように思った。ということは、客観的に見ての感想と考えるべきだろう。
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