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第16話 被害者の家へ
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「駄目ね。三日は会えないわ」
「そ、そうなんだ」
「ええ。仕方ないわ。現場を探しに行きましょう」
「は?」
現場はさっき見たじゃないか。そう文人が抗議しようとすると、冷たい目で見られる。
「あの」
「捌いたのはあそこかもしれないけど、芹奈を殺したのはあそこじゃないはずよ」
「――」
なるほど。そう思うも、捌いたなんて言わないでもらいたい。川原で包丁を持って心臓を取り抜こうとしている誰か。しかも暗闇で。もはやホラーじゃないか。文人はぞっとしてしまう。
「芹奈の家に行ってみましょう」
「え、うん」
今行っても大丈夫なのかなと思ったが、同級生の毬がお悔やみを言いに行くのは普通か。しかも、葬儀会場は早乙女家なわけだし。そう思い直し、ついて行くことになった。
「江崎さんの家って?」
「あれよ」
芹奈の家は早乙女家と川の間の真ん中くらい、棚田の一角にあった。家はいかにも農家という雰囲気たっぷりの家だ。瓦屋根も立派で凄い。
文人がどこも立派ないえばかりだなと見とれている間に、毬は躊躇いなくチャイムを押していた。すると、窶れた雰囲気満点の中年男性が出てくる。芹奈の父親だ。
「これは、お嬢様」
「おはようございます。この度は、お悔やみ申し上げます」
「いえ、わざわざありがとうございます。しかし、まだ芹奈は病院で」
「ええ、解っています。忙しいとは思いますが、芹奈の部屋を見せて頂いても?」
「もちろん。どうぞ」
そう言ってあっさり毬たちを招いてくれたが、いやはや。早乙女家の力を見せつけられている感じだ。ついでにお嬢様って呼ばれているのか。
「おば様は?」
「それが」
「いいえ。体調を崩されているのね。仕方ないわ」
「申し訳ありません」
部屋に着くまでの会話もまた奇妙な感じだった。娘が死んでそれどころじゃないと、怒鳴って当たり前のはずなのに、こんな風に毬に接している。しかも出てこれなくて申し訳なさそうなんて。いやはや、凄い。
「どうぞ」
そして奥にあった芹奈の部屋に通された。部屋の中は未だに主が生きているかのように、そのままだった。布団は僅かに乱れ、勉強机の上には広げたままの夏休みの宿題。部屋の片隅には高校の制服が掛けてあった。
「あっさりした部屋だな」
しかし、女子高生らしさのない部屋で、文人は思わずそんな感想を漏らしてしまった。もうちょっとアイドルのポスターとかぬいぐるみがあっても良さそうだが、そういうものがない。
「ポスターを貼るってのが発想として古いんじゃない?」
「そ、そう?」
毬の指摘に、そうなのかなと文人は首を傾げたが、自分も貼っていなかった事実に気づく。というより、生きている人間に興味がなかった。歴史が好きすぎて、ポスターは貼っていなかったが年表を貼っていたほどだ。
「文人ってずいぶんと固定観念に囚われているのね。芹奈はさっぱりした性格の子だったの。ちょっと男の子っぽいところもあったわね。雑貨とかに興味なし。シンプルなものが好きだったの」
「へえ」
たしかにシンプル好きだなと納得出来たのは、持ち物の多くが無印良品だったせいだ。なるほど、これは納得。というか、一つのブランドに拘っているところに、ちょっと女子っぽさが垣間見える。
「そうなの?」
「そうじゃないの?無印って女子が持ってるイメージが強いんだよな」
「へえ」
と、そんな会話をしつつ、部屋の中に何かヒントはないかと探した。が、これといったものはなさそう。
「スマホがないわ」
「あっ」
しかし、部屋の中から出てこなくて困る物を毬が指摘した。芹奈はどう見てもパジャマ姿だった。ということは、スマホは部屋にあってもおかしくないのに。
「犯人が持ち去ったのかな?」
「そうね。見られては拙い何かがあったんでしょう」
ここで拾えるヒントはそのくらいかと、毬は顎に指を当てて考えた。その間、文人は邪魔せずにあちこちに視線を巡らせるも、女子高生の部屋というより、会社員の部屋のようだなと、そんな感想しか浮かんでこない。
「ん?」
そこにスマホが震えて、鴨田からメールが入っていた。確認すると、司法解剖が終わったので遺体を早乙女家に運びたい。だから来てくれというものだった。
「あら、そうなのね。じゃあ、私も病院に行くわ」
「う、うん」
言うと思ったと思いつつ、文人は頷いた。そして部屋を出ようとして何かを踏んづける。
「いたっ」
「どうしたの?」
拾い上げてみると、やたら長い針だった。どうしてこんなものがと驚くと、毬がそれを横から掠め取っていく。
「あっ」
「証拠の一つだわ」
「え?ええっ」
あれがと思う前に、毬はその針をハンカチに丁寧に包むとポケットに仕舞ってしまった。いいのか。証拠品じゃないのか。そこは仮にも警察官の鴨田に渡すべきではないのか。
しかし、文人の抗議が聞き入れられるはずもなく、そのまま病院へと向かうことになった。その前に、遺体を移動しますと江崎の両親に報告しておく。奥さんは本当に寝込んでいて、布団の中から
「お世話になります」
とだけ挨拶して終わってしまった。
「そ、そうなんだ」
「ええ。仕方ないわ。現場を探しに行きましょう」
「は?」
現場はさっき見たじゃないか。そう文人が抗議しようとすると、冷たい目で見られる。
「あの」
「捌いたのはあそこかもしれないけど、芹奈を殺したのはあそこじゃないはずよ」
「――」
なるほど。そう思うも、捌いたなんて言わないでもらいたい。川原で包丁を持って心臓を取り抜こうとしている誰か。しかも暗闇で。もはやホラーじゃないか。文人はぞっとしてしまう。
「芹奈の家に行ってみましょう」
「え、うん」
今行っても大丈夫なのかなと思ったが、同級生の毬がお悔やみを言いに行くのは普通か。しかも、葬儀会場は早乙女家なわけだし。そう思い直し、ついて行くことになった。
「江崎さんの家って?」
「あれよ」
芹奈の家は早乙女家と川の間の真ん中くらい、棚田の一角にあった。家はいかにも農家という雰囲気たっぷりの家だ。瓦屋根も立派で凄い。
文人がどこも立派ないえばかりだなと見とれている間に、毬は躊躇いなくチャイムを押していた。すると、窶れた雰囲気満点の中年男性が出てくる。芹奈の父親だ。
「これは、お嬢様」
「おはようございます。この度は、お悔やみ申し上げます」
「いえ、わざわざありがとうございます。しかし、まだ芹奈は病院で」
「ええ、解っています。忙しいとは思いますが、芹奈の部屋を見せて頂いても?」
「もちろん。どうぞ」
そう言ってあっさり毬たちを招いてくれたが、いやはや。早乙女家の力を見せつけられている感じだ。ついでにお嬢様って呼ばれているのか。
「おば様は?」
「それが」
「いいえ。体調を崩されているのね。仕方ないわ」
「申し訳ありません」
部屋に着くまでの会話もまた奇妙な感じだった。娘が死んでそれどころじゃないと、怒鳴って当たり前のはずなのに、こんな風に毬に接している。しかも出てこれなくて申し訳なさそうなんて。いやはや、凄い。
「どうぞ」
そして奥にあった芹奈の部屋に通された。部屋の中は未だに主が生きているかのように、そのままだった。布団は僅かに乱れ、勉強机の上には広げたままの夏休みの宿題。部屋の片隅には高校の制服が掛けてあった。
「あっさりした部屋だな」
しかし、女子高生らしさのない部屋で、文人は思わずそんな感想を漏らしてしまった。もうちょっとアイドルのポスターとかぬいぐるみがあっても良さそうだが、そういうものがない。
「ポスターを貼るってのが発想として古いんじゃない?」
「そ、そう?」
毬の指摘に、そうなのかなと文人は首を傾げたが、自分も貼っていなかった事実に気づく。というより、生きている人間に興味がなかった。歴史が好きすぎて、ポスターは貼っていなかったが年表を貼っていたほどだ。
「文人ってずいぶんと固定観念に囚われているのね。芹奈はさっぱりした性格の子だったの。ちょっと男の子っぽいところもあったわね。雑貨とかに興味なし。シンプルなものが好きだったの」
「へえ」
たしかにシンプル好きだなと納得出来たのは、持ち物の多くが無印良品だったせいだ。なるほど、これは納得。というか、一つのブランドに拘っているところに、ちょっと女子っぽさが垣間見える。
「そうなの?」
「そうじゃないの?無印って女子が持ってるイメージが強いんだよな」
「へえ」
と、そんな会話をしつつ、部屋の中に何かヒントはないかと探した。が、これといったものはなさそう。
「スマホがないわ」
「あっ」
しかし、部屋の中から出てこなくて困る物を毬が指摘した。芹奈はどう見てもパジャマ姿だった。ということは、スマホは部屋にあってもおかしくないのに。
「犯人が持ち去ったのかな?」
「そうね。見られては拙い何かがあったんでしょう」
ここで拾えるヒントはそのくらいかと、毬は顎に指を当てて考えた。その間、文人は邪魔せずにあちこちに視線を巡らせるも、女子高生の部屋というより、会社員の部屋のようだなと、そんな感想しか浮かんでこない。
「ん?」
そこにスマホが震えて、鴨田からメールが入っていた。確認すると、司法解剖が終わったので遺体を早乙女家に運びたい。だから来てくれというものだった。
「あら、そうなのね。じゃあ、私も病院に行くわ」
「う、うん」
言うと思ったと思いつつ、文人は頷いた。そして部屋を出ようとして何かを踏んづける。
「いたっ」
「どうしたの?」
拾い上げてみると、やたら長い針だった。どうしてこんなものがと驚くと、毬がそれを横から掠め取っていく。
「あっ」
「証拠の一つだわ」
「え?ええっ」
あれがと思う前に、毬はその針をハンカチに丁寧に包むとポケットに仕舞ってしまった。いいのか。証拠品じゃないのか。そこは仮にも警察官の鴨田に渡すべきではないのか。
しかし、文人の抗議が聞き入れられるはずもなく、そのまま病院へと向かうことになった。その前に、遺体を移動しますと江崎の両親に報告しておく。奥さんは本当に寝込んでいて、布団の中から
「お世話になります」
とだけ挨拶して終わってしまった。
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