闇の残火―近江に潜む闇―

渋川宙

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第15話 総てに含みがある

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「葬式はするんだよな?」
「ええ。でも、私たちにやることはないからいいのよ」
 現場を確認したいという毬とともに出掛けることになった文人は、屋敷の中があれこれと忙しそうなので、何も手伝わなくていいのかと訊いた。すると、先ほどの答えを頂戴することになった。
「やることはないんだ」
「ええ。葬式をする広い場所がこの家しかないから、葬儀会場として座敷は貸すわ。でも、後は輪番制なのよ。それに、早乙女家は手伝わずに仕切るだけがいつものことだし」
「へえ。そういえば、坊さんは君のお父さんなんだっけ」
「ええ」
 つまり、ここはお寺も兼ねているということか。別に本尊があったり修行する場みたいなのはなさそうだが、というか、どう見ても武家屋敷でしかない家だが、そういう寺の役割も担っているというわけだ。
「おはようございます」
 二人揃って玄関を出ようとすると、向こうから村人たちがやって来た。葬式の輪番に当たっている人たちらしい。
「おはよう。台所は母が仕切っていますので、指示は母から。他は寺岡に聞いてください」
「はい」
 一応は家の者としての役目だからと、毬はそう説明した。すると、村人たちは解りましたと笑顔で家の中に入っていく。
「いやあ、こういうのを見ると昔の光景って気がする」
「そうでしょうね。町中では家で葬式、しかも他人の家を借りて葬式なんて考えられないでしょうし」
「う、うん」
 あっさりと村の人間である毬にそう言われると困るところだ。文人は頷きつつ、ひょっとして毬ってこの村が嫌いなのだろうかと、そうぼんやりと考える。
 村の中は凄惨な殺人事件があろうと、外見上はとても長閑だった。相変わらず夏の日差しが降り注ぎ、さらに蝉が大合唱をしていた。山の中だからか、まさに蝉時雨というに相応しい大合唱だ。しかも色んな蝉の鳴き声が混ざっていて、都会とはえらい違いだなと思わされる。
「この村は取り残されているのよ」
 早乙女家から現場の川へと下りながら、毬はぽつりと言う。それに、文人はどういうことかと訊いたが無視された。おいっ。
「そういえばこの村って名前は」
 しかし、無視されただけでは腹立たしいので、答えが返ってきそうな疑問を投げかける。
「笹目村よ」
「へえ」
「早乙女が訛ったんでしょうね。ま、他にも意味はあるけど」
「――」
 相変わらず、何を訊いても含みのある答えしか返ってこない。もはや、普通の答えを期待するのが馬鹿なんじゃないかと思えるほどだ。
 そんな少ない会話を交わしていたら、現場の川へと到着した。先ほど日向に会うときにも見たが、今やいつもの川だ。周囲に盛り塩が置かれている以外、ここで何かあったかを示すものはない。
「ここに放置されていたのよね」
「ああ」
 毬の確認に、文人は頷いた。確かに放置が正しいのだろう。必要だったのは心臓だけなのか。
「いいえ。必要なものは何もないわ。心臓を抜いたのは、復活を防ぐためでしょうね。ああ、復活という言い方は正しくないわ。本人だと間違いないという証拠が欲しかったというところね。まあ、ともかく、よほど嫌っていたのね。もしくは他に理由があるか」
「――」
 あなたの言葉が暗号のようですと、文人は遠い目をする。何だ、心臓を抜くことが生まれ変わりを防ぐって。それ、日本の話じゃねえだろと、遠い目しかできない。
「身体をぼろぼろにしたのも同じ。たぶん、目的はそれ」
「え?まさか入れ替わることがあるとでも?」
「ええ。そういうこと。そうじゃないなら、これは呪いだわ」
「――」
 そういうこと、じゃないよ。文人はそう思ったものの、これもこの村の常識なんだと受け入れることにしておく。うん。しかし、呪いってのはすんなり受け入れられるなと、そう思う自分もどうかと思う。多分、死体をぼろぼろにしなければ本人と確認できない、なんて理論よりはすんなりと受け入れられる。
「日向に意見を求めましょう」
「え?」
 しかし、次に毬がそんなことを言うので、びっくりしてしまう。村人たちは、日向と会話をすることさえ厭わしいと感じているようなのに。
「びっくりしなくてもいいでしょ。私はあの子を認めているの」
「はあ」
 そういえば、毬は日向を重要視しているみたいだった。これもまた不思議な話だが、日向が誰からも顧みられていないわけではなくほっとする。
 こうして再び日向の家に向かったのだが、家の前には何やら紙が貼ってあった。
「何だ?お札?」
「あら、困ったわね。どうやらお籠りに入っちゃったみたい」
「――」
 またきた、変なワード。お籠りって、日向はやはり超能力とか予言者とか、そういうポジションの人なのか。まあ、不思議な雰囲気は満点だし、民俗学に精通しているようではあるけど。
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