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第13話 心臓のない死体
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「そうですか。まあ、そうですよね。それが安全です」
「ああ」
「それに、歴史を知るのも大切ですしね」
「そうだ。今は、色々と変わりつつあるからな」
「でしょうね。さすがにいつまでも正史しかあり得ないとは言えないでしょう。つまりあなたは、歴史認識が変わることを感じ取ってあえて日本史を専攻していると」
「ああ」
高校生相手に何の話をしているんだ。しかも、殺人事件が起きている中で。そう思ったが、日向だからいいかと思う自分もいる。
「なるほど。あなたは、とても面白い人です」
日向はそう言って、今度は本当に嬉しそうに笑ったのだった。
結局、文人は頭が混乱しただけで日向の家をすごすごと後にしたのだった。というか、そんなことを俺は考えていたのかと謎になった。
「くそっ、多分だが、日向も高田崇史を愛読しているに違いない。そうだ。それ以外に考えられない」
煙に巻かれたのだと、そう気付いたのは早乙女家の門を潜ってからだった。大体、本当に正史がどうとか、鬼は民俗学しか駄目とか、そういう区分が未だにあるのかさえ謎なのだ。今や何でも総合的にと言いたい時代。歴史学科だって、そういう変化に巻き込まれているだろう。というか、分別している意味が解らない。
「ま、多くの時代において、そうは思われて来なかったんだろうな。特に明治以降、なんかややこしくなっちゃった感じ。いや、その前からか」
何が正しく何が正しくないか。そんなもの、いつの時代だって見えやしないのだ。自分の目で確かめない限り。
「良かった。無事だったのね」
「え、うん」
玄関で靴を脱いでいると、毬が慌てた様子でやって来た。それに驚かされるが、毬が心底ほっとしているようなので、心配させて悪かったとも思う。
「悪い」
「いいえ。それにしても、しっかり巻き込まれてしまったわね」
「うっ」
横にちょこんと座って言い放たれた言葉に、文人はがっくりと肩を落としてしまう。そうだ、これで村から脱出できないことが確定してしまった。
「ひょっとして、あの繭って子が?」
「さあ。それは解らないわ。ただ、あの年頃の子は壮大なことを考えるものだから」
「――」
それってあれですか。中二病ですかと訊こうとしたが、毬の顔があまりに真剣だったので憚られた。
「ともかく部屋に行きましょう」
「え、ああ」
毬はすくっと立ち上がって先に歩き始める。それを文人は慌てて追い掛けた。目の前を歩くのは普通の高校生だというのに、凄く足が速い。困ったものだ。しかも足音がしない。追い掛ける文人なんて、どたばたと足音が立つというのに。
「ううむ。これが和風の家に慣れているか否かの差かな」
廊下は静かに歩くものだろう。特に木の廊下というのは足音が鳴りやすいし、軋む音もする。文人はこういうのも体験しないと解らない事だなと、呑気に考えていた。
「コーヒー飲む?」
「え、うん」
案内されたのは昨日も宴会が開かれた場所だった。ここが食事をする居間に該当するのかと、改めて家の大きさに驚かされる。毬は一人で奥へと消え、そしてすぐにお盆に二つのカップを載せて戻ってきた。夏だというのにホットコーヒーだ。
「そういえばこの村って、そんなに暑くないな」
しかし、キンキンに冷えたアイスコーヒーが欲しいと思うほど、暑さを感じていないのも事実だった。
「コンクリートがないから。それと、水田があるからよ」
「ああ、なるほど」
あっさりとその謎を毬が解いてくれ、文人はなるほどねえと納得した。確かにこの村、一箇所もコンクリートで舗装された道がない。つまりはどこもかしこも畦道なのだ。そして水田。これによって気化熱が発生し、周囲の温度を下げているというわけか。
「それで、芹奈の死体は?」
「あ、ああ。病院に運んであるよ。でも、鴨田さんによると心臓を抜き出されているらしく、詳しい司法解剖が必要だとか。それは、なんとか高木先生が対応してくれるらしいけど」
「心臓を?」
毬はその綺麗に整った眉を顰める。それはそうか。毬は被害者の友達なのだ。聞かせていいないようではなかった。
「あの、ごめん」
「どういうことかしら」
しかし、毬はそこから泣き出すこともせず、真剣に心臓がないことについて考えているようだった。それに、文人は予想していた反応と違うなあと困惑する。そこはほら、年頃の女の子にありがちな感情的になるところじゃないのか。
「不思議ね。繭だったら、そんな面倒な方法はやらなさそう」
しかも、さらっと妹を疑っていた発言をしちゃうのだ。やっぱり何かが違うなと、この村の環境のせいなんだろうかと、文人はコーヒーを飲んで思う。しかもコーヒー、インスタントじゃなくてちゃんとしたコーヒーだった。ああ、金持ち。
しかし、事件について考えてくれる人がいるというのは心強い。心配して見に行った日向には煙に巻かれたことだし、ここは毬にあれこれ相談してみるのも手か。そういえば、日向の発言が気になる。
「それとさ、日向君が」
「日向――あの子がどうしたの?」
名前を出して拙かったかなと思った文人だが、毬の反応は普通でほっとした。ということで、あの疑問をぶつけることにする。
「ああ」
「それに、歴史を知るのも大切ですしね」
「そうだ。今は、色々と変わりつつあるからな」
「でしょうね。さすがにいつまでも正史しかあり得ないとは言えないでしょう。つまりあなたは、歴史認識が変わることを感じ取ってあえて日本史を専攻していると」
「ああ」
高校生相手に何の話をしているんだ。しかも、殺人事件が起きている中で。そう思ったが、日向だからいいかと思う自分もいる。
「なるほど。あなたは、とても面白い人です」
日向はそう言って、今度は本当に嬉しそうに笑ったのだった。
結局、文人は頭が混乱しただけで日向の家をすごすごと後にしたのだった。というか、そんなことを俺は考えていたのかと謎になった。
「くそっ、多分だが、日向も高田崇史を愛読しているに違いない。そうだ。それ以外に考えられない」
煙に巻かれたのだと、そう気付いたのは早乙女家の門を潜ってからだった。大体、本当に正史がどうとか、鬼は民俗学しか駄目とか、そういう区分が未だにあるのかさえ謎なのだ。今や何でも総合的にと言いたい時代。歴史学科だって、そういう変化に巻き込まれているだろう。というか、分別している意味が解らない。
「ま、多くの時代において、そうは思われて来なかったんだろうな。特に明治以降、なんかややこしくなっちゃった感じ。いや、その前からか」
何が正しく何が正しくないか。そんなもの、いつの時代だって見えやしないのだ。自分の目で確かめない限り。
「良かった。無事だったのね」
「え、うん」
玄関で靴を脱いでいると、毬が慌てた様子でやって来た。それに驚かされるが、毬が心底ほっとしているようなので、心配させて悪かったとも思う。
「悪い」
「いいえ。それにしても、しっかり巻き込まれてしまったわね」
「うっ」
横にちょこんと座って言い放たれた言葉に、文人はがっくりと肩を落としてしまう。そうだ、これで村から脱出できないことが確定してしまった。
「ひょっとして、あの繭って子が?」
「さあ。それは解らないわ。ただ、あの年頃の子は壮大なことを考えるものだから」
「――」
それってあれですか。中二病ですかと訊こうとしたが、毬の顔があまりに真剣だったので憚られた。
「ともかく部屋に行きましょう」
「え、ああ」
毬はすくっと立ち上がって先に歩き始める。それを文人は慌てて追い掛けた。目の前を歩くのは普通の高校生だというのに、凄く足が速い。困ったものだ。しかも足音がしない。追い掛ける文人なんて、どたばたと足音が立つというのに。
「ううむ。これが和風の家に慣れているか否かの差かな」
廊下は静かに歩くものだろう。特に木の廊下というのは足音が鳴りやすいし、軋む音もする。文人はこういうのも体験しないと解らない事だなと、呑気に考えていた。
「コーヒー飲む?」
「え、うん」
案内されたのは昨日も宴会が開かれた場所だった。ここが食事をする居間に該当するのかと、改めて家の大きさに驚かされる。毬は一人で奥へと消え、そしてすぐにお盆に二つのカップを載せて戻ってきた。夏だというのにホットコーヒーだ。
「そういえばこの村って、そんなに暑くないな」
しかし、キンキンに冷えたアイスコーヒーが欲しいと思うほど、暑さを感じていないのも事実だった。
「コンクリートがないから。それと、水田があるからよ」
「ああ、なるほど」
あっさりとその謎を毬が解いてくれ、文人はなるほどねえと納得した。確かにこの村、一箇所もコンクリートで舗装された道がない。つまりはどこもかしこも畦道なのだ。そして水田。これによって気化熱が発生し、周囲の温度を下げているというわけか。
「それで、芹奈の死体は?」
「あ、ああ。病院に運んであるよ。でも、鴨田さんによると心臓を抜き出されているらしく、詳しい司法解剖が必要だとか。それは、なんとか高木先生が対応してくれるらしいけど」
「心臓を?」
毬はその綺麗に整った眉を顰める。それはそうか。毬は被害者の友達なのだ。聞かせていいないようではなかった。
「あの、ごめん」
「どういうことかしら」
しかし、毬はそこから泣き出すこともせず、真剣に心臓がないことについて考えているようだった。それに、文人は予想していた反応と違うなあと困惑する。そこはほら、年頃の女の子にありがちな感情的になるところじゃないのか。
「不思議ね。繭だったら、そんな面倒な方法はやらなさそう」
しかも、さらっと妹を疑っていた発言をしちゃうのだ。やっぱり何かが違うなと、この村の環境のせいなんだろうかと、文人はコーヒーを飲んで思う。しかもコーヒー、インスタントじゃなくてちゃんとしたコーヒーだった。ああ、金持ち。
しかし、事件について考えてくれる人がいるというのは心強い。心配して見に行った日向には煙に巻かれたことだし、ここは毬にあれこれ相談してみるのも手か。そういえば、日向の発言が気になる。
「それとさ、日向君が」
「日向――あの子がどうしたの?」
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