闇の残火―近江に潜む闇―

渋川宙

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第12話 僕は鬼ですから

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「葬儀の手配のため、私は戻りますが、文人様はどうされますか?」
「え、ああ。たぶん戻っても邪魔になると思うから、もう少し鴨田さんの手伝いをしておくよ」
「畏まりました」
 杉岡は頷くと、飲み終わったカップを川田に渡して去って行った。相変わらずの無愛想っぷりだ。
「杉岡さんって、使用人っていうより召使いよね」
「はあ」
 そんな杉岡が去ってから、川田は変でしょとそんなことを言う。召使いって、家来より下に思うのは自分の感覚が間違っているだろうか。いや、日本史に合わせれば下人扱いで、やっぱり格下か。何だか変なことを拘って考えてしまう。
「私もこの村に初めて来た時はびっくりしたわ。なんだかんだで辞め時がなくってね。ずるずるといるんだけど」
「へえ」
「それにお給料もいいのよ。他にも村の人が色々とくれてね。なんか、この村から去りにくくなっちゃたっていうか」
 川田も村の人から色々ともらっているのか。これって田舎あるあるなのだろうか。
「じゃあ、川田さんはここの出身じゃないんですね」
「ええ。京都の出身よ。とはいえ、大原の方だから田舎よねえ。行ったことある?」
「いえ、まだ。三千院のあるところですよね」
「そうそう。いいところだから、是非行ってみて。こことは違ってちゃんと市バスも走ってるし」
「ははっ」
 確かにここはバスどころか車も入って来れないらしいしと、文人は引き攣った笑顔を浮かべる事しか出来ない。そうしている間に、鴨田が診察室から出てきた。
「いやはや、参ったよ」
「どうしたんですか?」
「それがね、心臓を取り出されているんだ」
「は?」
 あまりの言葉に、文人だけではなく川田も絶句している。心臓を?あの悲惨な死体からさらに心臓を取り出しているだと。
「弱ったなあ。どうやら司法解剖に回さなければならないレベルだったらしい。まあ、高木先生が何とかしましょうと言ってくださってるけど。ともかく、交番に戻ってあれこれ連絡しなきゃ」
「わ、解りました」
「ああ、それと。文人君、悪いけど日向君の様子を見てきてくれるか。あの様子から、危なそうだし」
「了解です」
 こうして、川田に頑張ってねと応援されながら病院を後にしたのだった。




 日向の家は特段変わりはなかった。いや、ますます誰も近づかないようにしているということか。あの貧弱な橋の前には、盛り塩が置かれていたほどだ。
「荒井君」
 チャイムを押して文人が呼びかけると、旅館で見るような浴衣姿の日向が現れた。その予想外の格好に驚きつつ、やっぱり男の子かなと、薄い胸に目をやる。しかし、胸元はきっちり締まっているし、帯の位置は男子にしてはちょっと高い。ううむ、解らん。
「おや、昨日の。どうしました?」
 その日向は困惑気味に文人を見た。まさか訪ねてくる人がいるとは思わなかったのだろう。
「いや、その、今朝の事件は知ってるか?」
 あまりに平然としている日向に、文人の方がどぎまぎとしてしまう。
「ああ。江崎さんが亡くなったというやつですね。もちろん知ってますよ。というより、知らないと思います?」
「え、いや」
「ですよね。家の前で起こった事件だし、ここの人たちが、僕を放っておいてくれるはずないから」
「――」
 すでに何かあったのか。文人は瞬時に顔が引き攣った。それを見て、日向は楽しそうに笑う。
「おいっ」
「大丈夫ですよ。彼らは僕を忌み嫌うものの、僕に害をなすことはないですから」
「えっ」
 ますます謎だと、文人は唖然としてしまう。一体どういうことなのか。
「だって、僕は鬼ですから」
「――」
 本人の口から聞くと、衝撃はまた違って大きい。ぞわっと、心臓を鷲掴みされたかのような不快感があった。当たり前に受け入れていいはずがないことを受け入れてしまっている。その異常さが怖い。
「この村に来られたばかりで、僕が鬼と呼ばれているのに違和感があるのは解ります。でも、事実なんで」
「じ、事実って」
「僕はこの村で唯一、服わぬものですから」
「ま、まつろわぬ」
「そう。早乙女家と縁がないともいいます」
「それって」
 縁者じゃないから鬼と呼ばれているということか。それとも、他の意味を含んでいるのか。いや、今までの村人の態度からしても、縁者じゃないというニュアンスだけで鬼と呼んでいるのではないだろう。
「彼らもまた、鬼の一族なのに不思議なことですよ。まあ、違いは大きいんですよね。僕はあまりに特殊なんで」
 日向はにこっと微笑んで、変な村でしょと笑う。その笑みはどこか毒々しくて、頷いていいのか解らなかった。というより、一体日向にどんな秘密があるというのか。ちょっと恐ろしくなる。
「というわけで、僕は江崎さんとは関係のない者ですので、死のうが殺されようが知ったことじゃない」
「それは、君が犯人じゃないってことだよな」
「さあ、どうでしょう」
「おいっ」
 こんな時にふざけている場合かと、文人は思わず怒鳴る。すると、日向は不思議そうな顔をしたが、今度は嬉しそうに笑った。
「古関さんはいい人ですね」
「はあっ?」
「では、忠告しておきます。僕ではないのは確かですが、この事件、これだけでは終わらないでしょうね」
「え?」
 日向の目は真剣だ。だから、聞き流しては駄目だと解る。
「それって、繭って子が言っていた禍と関係あるのか?」
「ええ」
「じゃあ」
「あなたを招いたのは口実ですよ。見知らぬ客が来ると禍が訪れる。もちろん、逆のパターンもありますが、それって神か、もしくは六部殺しの結果でしょうからね」
「君は」
 ひょっとして日本史に、それも民俗学的な部分に詳しいのか。そう言おうとして、なぜか口には出来なかった。というより、それで鬼云々を平然と語れるのかと納得してしまった。ということは、鬼という単語をそのまま考えない方がいい。これはただのイジメなんてものじゃない。
「そうそう。そうやって色々と知っているから、あなたはここに招かれたんですよ。今のぼんやり生きている大学生じゃあ、まず、目を付けられなかった」
「あのなあ」
「そうでしょ?鬼とは何か。それを正確に語れる人の、なんと少ないことか。ま、そういうことです。この村は、あなたの知っている民俗学がどっぷりですよ」
「――」
「日本史専攻は止めて、民俗学に変えてはいかがですか?」
「――そっちは、趣味だから」
 笑い飛ばせたら良かったのだろうが、日向はあれこれと知っている。下手な嘘は吐かない方がいい。
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