闇の残火―近江に潜む闇―

渋川宙

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第9話 謎の土砂崩れ

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「でも、えっと、何がどうなっているんですか?」
 文人は手早く着替えながらも、何がどうなっているのか今ひとつ解らないと、布団を畳んでくれている鴨田に訊く。
「それがさ。朝、いつものように村の見回りをしていたんだよ。で、村から出入りできる唯一の細い林道が、落石なのかな、大きな石と木で塞がれてて」
 びっくりしたなあと、鴨田は畳み終わった布団の上に座ってしみじみだ。
「そんなに細いんですか?」
「そうだな。人一人が通れるくらいだよ。すれ違うには、ちょっとひやっとする道でね。というのも、横が急斜面だから」
「ああ」
 それに文人は自分がごろごろと転げた斜面を思い出していた。あんな感じの斜面が、比叡山の至る所にあるというわけか。大変だ。しかも、転がったら最後、どこかにぶつかるまで転がるし、戻るのは至難の業だ。
「つまり、その唯一の歩きやすい道が消えた」
「ああ」
「――」
 あ、これ、すでに一日二日で帰れないレベルの話になっている。文人は思わずコインロッカーを思い浮かべていた。あれにいくら取られるんだろう。節約のために自転車を使ったのに、ここで首を絞める存在になろうとは。
「でね。大変だって駐在所に戻ったら、今度は娘が行方不明なんですって男の人が駆け込んできて」
「む、娘さんが」
「ああ。毬さんの同級生の江崎芹奈ちゃんって子がいないって。昨日の夜は確かに家にいて、朝、朝食に呼びに行ったらいないって言うんだよ。林道は塞がれているから、この村の中にいるはずだってなんったんだけど、見つからなくてね」
「――」
 さらにややこしい状況だと、文人は着替え終えて腕を組む。しかし、何も解らない。ともかく鴨田を手伝うしかないというわけか。
「ああ、文人さん。おはようございます」
 そこに雪が風呂敷包みを持ってやって来た。朝からばっちり和服を着ている。そして、それを鴨田に渡す。
「これでよろしいでしょうか?」 
「ああ、すみませんね、奥さん。じゃ、文人君、顔を洗ったら出るよ」
「え?」
「これ、朝ご飯だから。歩きながら食べられるようにおにぎりを雪さんに作ってもらったんだよ」
「――」
 用意周到ってこういう時に使うんだな。そう思いつつ、文人は鴨田と一緒にまず、林道へと向かうことになるのだった。




「へえ、これが本来の入り口なんだ」
「そう。斜面を転がらなくても来れるんだよ」
「放っておいてください」
 鴨田のからかいに、文人は顔を赤くして反論した。それにしても、林道とはよく言ったものだ。いや、山道の最も細いやつと思うべきか。
 村を下り、川を渡るのではなく川沿いに東へと歩いて行くと、この林道と出会うようになっていた。やはり、日向の家は別枠になるんだな。そんなことを思いながら、おにぎりを頬張りつつここにやって来たわけだが、いやはや。
 途中まではあった林道は、岩と木と土砂に覆われていた。まるで土砂崩れだ。しかし、不思議なことに、どこかが崩れている様子はない。斜面は綺麗なままだった。それなのに、まるで通せんぼするかのように、道があった場所だけが埋まっている。
「人為的なわけはないですよね」
「そう信じたいところだね。一応、県警に連絡を入れてあるから、土砂を除ける手配をしてくれるはずだ。問題は、この下に行方不明の江崎さんがいないか。それが心配だよ」
「ああ。朝、ここを歩いていて巻き込まれた、みたいな」
「可能性としてはゼロじゃないだろ?」
「たしかに」
 もしこれが自分の上に降ってきたら。そう思うとぞっとする。おそらく窒息死するだろう。
「で、でも、まだこの下にいるって決まったわけじゃないですよね」
「も、もちろん」
 鴨田も想像してしまったのか、青い顔をしつつ頷く。そうだ。一応は捜索したというが、もう一度、丁寧に探してみるべきだろう。もしかしたら同級生の毬の部屋に入り込んでいるのかもしれない。
「まあ、江崎さんの行方も気になるんだが、この土砂崩れも気になるだろ?というか、土砂崩れなのか」
「そうだと思いたいですけど」
 人為的ではないと口で否定してみても、どうにも不自然さが拭えない。これをどう説明すればいいのか。まるで上から土砂を流し込んだかのようだが、そんなこと、夜の間に出来るはずがない。文人は安全を確認しながら近づいてみた。
「ん?」
 土砂に挟まるように何か布が見えている。何だろうと引っ張ってみると、スカーフのようだった。細長い薄手の布である。
「何でしょう?」
「さあ。女性の持ち物って感じはするね。ひょっとして江崎さんの」
 と言って、鴨田はどうしようと、ムンクの叫びのようなポーズを取った。確かに、この下にいる証拠だったら困る。
「と、ともかくご両親に確認を」
「そ、そうだね」
 鴨田は制服のポケットからビニール袋を取り出し、文人から受け取ったスカーフを仕舞った。証拠品として扱うためのようだ。
「それと、この木。伐採されたものみたいですね」
「え?あ、ホントだ」
 文人の指摘に、鴨田は慌てていて気付かなかったと、土砂に混ざっている木を真剣に見つめる。いくつか混ざっているそれらはチェーンソーで切られた跡があった。断面も綺麗に直線になっている。
「ひょっとして、林業をされている方が積んでいた木が、上から落ちてきたんでしょうか?」
「ああ。転がっている間に石や土を巻き込んでってことかい?なるほど、それだとやっぱり自然のせいだな」
「鴨田さん。あくまで自然のせいにしたいって感じですね」
「まあね。俺一人しかいないのに事件なんて止めてもらいたいよ。ただでさえ、行方不明とか、事件になりそうなことが起こってるのに」
「そうですね」
 確かに、ここに警察官は一人しかいない。駐在所にいる鴨田以外にここに頼りになる人はいない。しかも、道が塞がれてすぐには応援を呼べない状況だ。
「ともかく、ここは県警に任せるのが妥当っぽいな。もし林業関係者のせいだとしても、今、俺たちに調べる方法がない。うん。林業関係者かもしれないって報告だけ上げておこう」
 鴨田は最低限の仕事はしているからと、うんうん頷いている。確かにそうだ。いくら警官とはいえ、一人で出来ることは限られている。文人もそれは雑な捜査ではとツッコめるはずがなかった。
「じゃあ、江崎さんを探しに行きますか」
「ああ」
 二人がそう頷き合って来た道を戻ろうとした時――
「鴨田さん!」
 向こうから大声で鴨田を呼びながら近づいてくる人がいた。男の声だ。二人が振り向くと、高校生らしいスウェット姿の少年が猛ダッシュしてくる。
「ああ。沢田君。こっちだ」
 鴨田はやって来た少年、沢田多聞を手招きした。多聞は昨日、宴会の時に両親とともに挨拶にやって来ていたので、文人もすでに知っている。毬の同級生の一人だ。
「あっ、古関さんまで。大変なんです」
 多聞はわたわたと手を振って説明しようとするが、言葉が出てこないらしい。それだけ異常事態が発生したということだろう。
「な、何があったんだ。ともかく落ち着きなさい」
「そうそう。深呼吸」
 二人で宥めて、多聞はようやく荒い息を整えた。しかし、宥めつつも二人だって焦りを覚える。一体何があったのか。多聞が落ち着いて話せるのをじりじりと待つ。
「せ、芹奈が、江崎が川に」
「川?川ってあの」
「そう。ともかく、来てください」
「あ、ああ」
 これはただの行方不明者が発見されたという報告ではない。文人と鴨田は大事件が起きてしまったらしいぞと、青ざめながらも急いで村へと戻ったのだった。
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