闇の残火―近江に潜む闇―

渋川宙

文字の大きさ
上 下
6 / 42

第6話 駐在の鴨田

しおりを挟む
「長閑だなあ」
 無事に玄関に到着し、さらに大仰な門を抜け、文人は再び村の中を歩いていた。道の両側には棚田が広がり、穂を付けた稲が夏の日差しを浴びている。民家はどれも日本家屋で、日本の原風景を止めていた。瓦屋根って久々に見たなと、文人はそんな感慨にも浸ってしまう。
「にしても」
 ここは一体どこなのか。文人はGPSを起動するとマップ検索をした。
「え?」
 しかし、示されたのは比叡山の山中であるという情報のみ。ここに村があるという表示はない。
「え、うそ、ええっ」
 地図にない村。そんな馬鹿な。ひょっとして狐に抓まれているのか。そんなことを思って思わず自分の顔を抓ってしまうが痛いだけだ。が、冷静にはなれた。
「――」
 某大手検索サイトもこんな山奥まで調査していない。それが出た結論だ。比叡山というでかい山。それで一括りなのだろう。なんということだ。みーんみーんと呑気になく蝉の声が、この村の隔絶具合を示しているようで怖い。
「と、ともかく散策だ」
 若者も住んでいる普通の場所なのだ。ネットのマップに載っていないくらいで何でもない。うんうん、大丈夫。
 そんなことを思いつつ、早乙女家から繋がる道を下っていたら何と駐在所があった。よかった、下界と完全に繋がっていないわけではない。
「おっ」
 しかも丁度良く、駐在所から警察官が出て来た。夏の制服をだらっと来た警官は、外に出てくるなり伸びをする。年齢は三十代後半くらいか。
「あっ」
 で、誰もいないと油断しきっていた警官、文人と目が合ってビックリしていた。慌てて開け広げていた制服の前のボタンを留め、ごほんと咳払い。
「こんにちは」
「こんにちは。ここ、ちゃんと駐在所があるんですね。安心しました」
 姿勢を正して挨拶をしてきた警官に、文人も笑顔でそう声を掛けた。すると、警官はそうだろうと頷く。
「あ、俺はここで唯一の警察官の鴨田秀之。ここ、凄いだろ?だって、僻地手当出るからね」
「や、やっぱり」
 明らかに交通手段が限られている。車は一台も通っていない。納得の僻地扱いだ。
「俺は古関文人っていいます。その、あの大きな屋敷の早乙女さん。そこの娘さんを追い掛けていたらここまで来ちゃって。しかもゆっくりしていけと、早乙女さんたちに引き留められているんです」
「へえ。それ、どういう状況?」
 文人の説明に、一切解らんという鴨田はめちゃくちゃ普通の人だった。よかった。この村に来て初めて現代的かつ常識的な人と出会った。ということで、かくかくしかじかだと説明する。
「ふうん。ま、俺もこの村に関してはよく解んないからねえ。俺もわりと田舎出身だけど、ここまで山に囲まれた田舎じゃなかったよ。ま、雪深い地域ではあるけど」
 鴨田はまた解らんルールが出て来たなと頭を掻いた。
「あ、やっぱ、因習が多くあるんですか?」
 文人がそう訊くと、そうなんだよ、聞いてくれよと鴨田は駐在所の中に招いてくれた。手前はどこにでもある警察署だが、奥は鴨田が生活するエリアなのだという。その奥から、鴨田は冷えた麦茶のペットボトルを二つ持ってきて、一つを文人にくれる。
「しばらくいるんだったら、俺の話し相手になってよ。もう、変になりそうだよ。僻地手当につられて来たけど、こんな変な村だったとは。事前に解っていれば来なかったのに。もう、毎日のようにネットに逃げる日々だね。こんな村じゃあ、事件なんてないし。とはいえ、君みたいに外からやって来る人がいるから、一応は警官がいるんだけどね」
 鴨田もようやく常識の通じる人が現れたと思っているようで、一気に愚痴をまき散らした。そして、冷えた麦茶をぐびぐびと飲む。
「まあ、そうなりそうですね」
「ああ。一応は三年で交代なんだけどね。次の人が来てくれるかなあ。みんな嫌がるだろうなあ。俺も前の警官が定年で、どうしてもっていうので来たからねえ」
 定年までは嫌だなあと、鴨田は頭を掻く。どうやら癖のようだ。
「ネットの地図にもないですもんね」
「まあね。でもあれって、車で走り回ってデータを取ってるんでしょ。ここは無理だね。車は途中までしか入れないんだ」
「ま、マジっすか」
 そんなに田舎なんだと、転げてやって来た文人は仰け反ってしまう。
「いや、俺も初めて来た時はびっくりの連続だったね。本当に。ここって明治くらいから時間が止まってるって感じだろ?常識が違うんだ。君も、あの早乙女さんにお世話になるんだったら、ここは別次元と思い込むことだね」
「はあ」
 それは、すでに何となく実感していると、文人は曖昧に頷いた。というか、村の駐在さんがそう思っちゃうレベルなんだ。大変すぎるだろというのが正直なところである。
「それで、繭さん。彼女のせいでここに来たんだって?」
「ええ。それも禍がどうとか」
「へえ。禍って何だろう。天変地異とか」
「いや、どうでしょう」
 それはこっちが聞きたいことなんですよと、文人はより曖昧に答えるしかない。なぜだ、なぜ誰も理解できない状況なんだ。
「あの、早乙女さんのところって、女子高生もいますよね?」
 それよりもと、文人は助けてくれそうなあの少女を思い出して訊ねる。
「ああ、いるいる。たしか毬さんだろ?あそこの一族、みんな名前が漢字一文字なんだ」
「へえ。そう言えば、お兄さんは焔さん」
「そうそう。めっさ怖い感じの綺麗な人ね。モデルでもやってるのかと思ったら、青年実業家ってやつらしいよ。株とかで儲けてるんだって」
「へえ」
 そんな個人情報を警察が喋っていいのかと思いつつ、ここは別次元カウントだからいいかと思い直す。
「あの、早乙女一族以外にもここには住んでいる人がいるんですよね。日向君って子に会いましたし」
 こうなったら鴨田から聞き出せるだけ聞き出そう。そう思って質問してみると、ああ、あの子ねと頷いてくれた。
「あの子って、性別はどっちなんですか?」
「さあ。俺も確認してねえなあ。でも、今ってそういうの、あれこれ認めろって流れだし、何もないのに聞き出すのはセクハラだからねえ。俺も曖昧にしておくべきかなって思ってるんだよ」
「そこは常識的対応なんですね」
 意外にも日向に対して気を遣っている鴨田に、文人は苦笑したが、鴨田は真剣だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

聖女の如く、永遠に囚われて

white love it
ミステリー
旧貴族、秦野家の令嬢だった幸子は、すでに百歳という年齢だったが、その外見は若き日に絶世の美女と謳われた頃と、少しも変わっていなかった。 彼女はその不老の美しさから、地元の人間達から今も魔女として恐れられながら、同時に敬われてもいた。 ある日、彼女の世話をする少年、遠山和人のもとに、同級生の島津良子が来る。 良子の実家で、不可解な事件が起こり、その真相を幸子に探ってほしいとのことだった。 実は幸子はその不老の美しさのみならず、もう一つの点で地元の人々から恐れられ、敬われていた。 ━━彼女はまぎれもなく、名探偵だった。 登場人物 遠山和人…中学三年生。ミステリー小説が好き。 遠山ゆき…中学一年生。和人の妹。 島津良子…中学三年生。和人の同級生。痩せぎみの美少女。 工藤健… 中学三年生。和人の友人にして、作家志望。 伊藤一正…フリーのプログラマー。ある事件の犯人と疑われている。 島津守… 良子の父親。 島津佐奈…良子の母親。 島津孝之…良子の祖父。守の父親。 島津香菜…良子の祖母。守の母親。 進藤凛… 家を改装した喫茶店の女店主。 桂恵…  整形外科医。伊藤一正の同級生だった。 秦野幸子…絶世の美女にして名探偵。百歳だが、ほとんど老化しておらず、今も若い頃の美しさを保っている。

尖閣~防人の末裔たち

篠塚飛樹
ミステリー
 元大手新聞社の防衛担当記者だった古川は、ある団体から同行取材の依頼を受ける。行き先は尖閣諸島沖。。。  緊迫の海で彼は何を見るのか。。。 ※この作品は、フィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。 ※無断転載を禁じます。

推理の果てに咲く恋

葉羽
ミステリー
高校2年生の神藤葉羽が、日々の退屈な学校生活の中で唯一の楽しみである推理小説に没頭する様子を描く。ある日、彼の鋭い観察眼が、学校内で起こった些細な出来事に異変を感じ取る。

ミステリH

hamiru
ミステリー
ハミルは一通のLOVE LETTERを拾った アパートのドア前のジベタ "好きです" 礼を言わねば 恋の犯人探しが始まる *重複投稿 小説家になろう・カクヨム・NOVEL DAYS Instagram・TikTok・Youtube ・ブログ Ameba・note・はてな・goo・Jetapck・livedoor

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

あの人って…

RINA
ミステリー
探偵助手兼恋人の私、花宮咲良。探偵兼恋人七瀬和泉とある事件を追っていた。 しかし、事態を把握するにつれ疑問が次々と上がってくる。 花宮と七瀬によるホラー&ミステリー小説! ※ エントリー作品です。普段の小説とは系統が違うものになります。   ご注意下さい。

孤独の旅路に伴侶をもとめて

spell breaker!
ミステリー
気づいたとき、玲也(れいや)は見知らぬ山を登っていた。山頂に光が瞬いているので、それをめざして登るしかない。 生命の息吹を感じさせない山だった。そのうち濃い霧が発生しはじめる。 と、上から誰かがくだってきた。霧のなかから姿を現したのは萌(もえ)と名のる女だった。 玲也は萌とともに行動をともにするのだが、歩くにしたがい二人はなぜここにいるのか思い出していく……。 ※本作は『小説家になろう』さまでも公開しております。

処理中です...