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第6話 駐在の鴨田
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「長閑だなあ」
無事に玄関に到着し、さらに大仰な門を抜け、文人は再び村の中を歩いていた。道の両側には棚田が広がり、穂を付けた稲が夏の日差しを浴びている。民家はどれも日本家屋で、日本の原風景を止めていた。瓦屋根って久々に見たなと、文人はそんな感慨にも浸ってしまう。
「にしても」
ここは一体どこなのか。文人はGPSを起動するとマップ検索をした。
「え?」
しかし、示されたのは比叡山の山中であるという情報のみ。ここに村があるという表示はない。
「え、うそ、ええっ」
地図にない村。そんな馬鹿な。ひょっとして狐に抓まれているのか。そんなことを思って思わず自分の顔を抓ってしまうが痛いだけだ。が、冷静にはなれた。
「――」
某大手検索サイトもこんな山奥まで調査していない。それが出た結論だ。比叡山というでかい山。それで一括りなのだろう。なんということだ。みーんみーんと呑気になく蝉の声が、この村の隔絶具合を示しているようで怖い。
「と、ともかく散策だ」
若者も住んでいる普通の場所なのだ。ネットのマップに載っていないくらいで何でもない。うんうん、大丈夫。
そんなことを思いつつ、早乙女家から繋がる道を下っていたら何と駐在所があった。よかった、下界と完全に繋がっていないわけではない。
「おっ」
しかも丁度良く、駐在所から警察官が出て来た。夏の制服をだらっと来た警官は、外に出てくるなり伸びをする。年齢は三十代後半くらいか。
「あっ」
で、誰もいないと油断しきっていた警官、文人と目が合ってビックリしていた。慌てて開け広げていた制服の前のボタンを留め、ごほんと咳払い。
「こんにちは」
「こんにちは。ここ、ちゃんと駐在所があるんですね。安心しました」
姿勢を正して挨拶をしてきた警官に、文人も笑顔でそう声を掛けた。すると、警官はそうだろうと頷く。
「あ、俺はここで唯一の警察官の鴨田秀之。ここ、凄いだろ?だって、僻地手当出るからね」
「や、やっぱり」
明らかに交通手段が限られている。車は一台も通っていない。納得の僻地扱いだ。
「俺は古関文人っていいます。その、あの大きな屋敷の早乙女さん。そこの娘さんを追い掛けていたらここまで来ちゃって。しかもゆっくりしていけと、早乙女さんたちに引き留められているんです」
「へえ。それ、どういう状況?」
文人の説明に、一切解らんという鴨田はめちゃくちゃ普通の人だった。よかった。この村に来て初めて現代的かつ常識的な人と出会った。ということで、かくかくしかじかだと説明する。
「ふうん。ま、俺もこの村に関してはよく解んないからねえ。俺もわりと田舎出身だけど、ここまで山に囲まれた田舎じゃなかったよ。ま、雪深い地域ではあるけど」
鴨田はまた解らんルールが出て来たなと頭を掻いた。
「あ、やっぱ、因習が多くあるんですか?」
文人がそう訊くと、そうなんだよ、聞いてくれよと鴨田は駐在所の中に招いてくれた。手前はどこにでもある警察署だが、奥は鴨田が生活するエリアなのだという。その奥から、鴨田は冷えた麦茶のペットボトルを二つ持ってきて、一つを文人にくれる。
「しばらくいるんだったら、俺の話し相手になってよ。もう、変になりそうだよ。僻地手当につられて来たけど、こんな変な村だったとは。事前に解っていれば来なかったのに。もう、毎日のようにネットに逃げる日々だね。こんな村じゃあ、事件なんてないし。とはいえ、君みたいに外からやって来る人がいるから、一応は警官がいるんだけどね」
鴨田もようやく常識の通じる人が現れたと思っているようで、一気に愚痴をまき散らした。そして、冷えた麦茶をぐびぐびと飲む。
「まあ、そうなりそうですね」
「ああ。一応は三年で交代なんだけどね。次の人が来てくれるかなあ。みんな嫌がるだろうなあ。俺も前の警官が定年で、どうしてもっていうので来たからねえ」
定年までは嫌だなあと、鴨田は頭を掻く。どうやら癖のようだ。
「ネットの地図にもないですもんね」
「まあね。でもあれって、車で走り回ってデータを取ってるんでしょ。ここは無理だね。車は途中までしか入れないんだ」
「ま、マジっすか」
そんなに田舎なんだと、転げてやって来た文人は仰け反ってしまう。
「いや、俺も初めて来た時はびっくりの連続だったね。本当に。ここって明治くらいから時間が止まってるって感じだろ?常識が違うんだ。君も、あの早乙女さんにお世話になるんだったら、ここは別次元と思い込むことだね」
「はあ」
それは、すでに何となく実感していると、文人は曖昧に頷いた。というか、村の駐在さんがそう思っちゃうレベルなんだ。大変すぎるだろというのが正直なところである。
「それで、繭さん。彼女のせいでここに来たんだって?」
「ええ。それも禍がどうとか」
「へえ。禍って何だろう。天変地異とか」
「いや、どうでしょう」
それはこっちが聞きたいことなんですよと、文人はより曖昧に答えるしかない。なぜだ、なぜ誰も理解できない状況なんだ。
「あの、早乙女さんのところって、女子高生もいますよね?」
それよりもと、文人は助けてくれそうなあの少女を思い出して訊ねる。
「ああ、いるいる。たしか毬さんだろ?あそこの一族、みんな名前が漢字一文字なんだ」
「へえ。そう言えば、お兄さんは焔さん」
「そうそう。めっさ怖い感じの綺麗な人ね。モデルでもやってるのかと思ったら、青年実業家ってやつらしいよ。株とかで儲けてるんだって」
「へえ」
そんな個人情報を警察が喋っていいのかと思いつつ、ここは別次元カウントだからいいかと思い直す。
「あの、早乙女一族以外にもここには住んでいる人がいるんですよね。日向君って子に会いましたし」
こうなったら鴨田から聞き出せるだけ聞き出そう。そう思って質問してみると、ああ、あの子ねと頷いてくれた。
「あの子って、性別はどっちなんですか?」
「さあ。俺も確認してねえなあ。でも、今ってそういうの、あれこれ認めろって流れだし、何もないのに聞き出すのはセクハラだからねえ。俺も曖昧にしておくべきかなって思ってるんだよ」
「そこは常識的対応なんですね」
意外にも日向に対して気を遣っている鴨田に、文人は苦笑したが、鴨田は真剣だった。
無事に玄関に到着し、さらに大仰な門を抜け、文人は再び村の中を歩いていた。道の両側には棚田が広がり、穂を付けた稲が夏の日差しを浴びている。民家はどれも日本家屋で、日本の原風景を止めていた。瓦屋根って久々に見たなと、文人はそんな感慨にも浸ってしまう。
「にしても」
ここは一体どこなのか。文人はGPSを起動するとマップ検索をした。
「え?」
しかし、示されたのは比叡山の山中であるという情報のみ。ここに村があるという表示はない。
「え、うそ、ええっ」
地図にない村。そんな馬鹿な。ひょっとして狐に抓まれているのか。そんなことを思って思わず自分の顔を抓ってしまうが痛いだけだ。が、冷静にはなれた。
「――」
某大手検索サイトもこんな山奥まで調査していない。それが出た結論だ。比叡山というでかい山。それで一括りなのだろう。なんということだ。みーんみーんと呑気になく蝉の声が、この村の隔絶具合を示しているようで怖い。
「と、ともかく散策だ」
若者も住んでいる普通の場所なのだ。ネットのマップに載っていないくらいで何でもない。うんうん、大丈夫。
そんなことを思いつつ、早乙女家から繋がる道を下っていたら何と駐在所があった。よかった、下界と完全に繋がっていないわけではない。
「おっ」
しかも丁度良く、駐在所から警察官が出て来た。夏の制服をだらっと来た警官は、外に出てくるなり伸びをする。年齢は三十代後半くらいか。
「あっ」
で、誰もいないと油断しきっていた警官、文人と目が合ってビックリしていた。慌てて開け広げていた制服の前のボタンを留め、ごほんと咳払い。
「こんにちは」
「こんにちは。ここ、ちゃんと駐在所があるんですね。安心しました」
姿勢を正して挨拶をしてきた警官に、文人も笑顔でそう声を掛けた。すると、警官はそうだろうと頷く。
「あ、俺はここで唯一の警察官の鴨田秀之。ここ、凄いだろ?だって、僻地手当出るからね」
「や、やっぱり」
明らかに交通手段が限られている。車は一台も通っていない。納得の僻地扱いだ。
「俺は古関文人っていいます。その、あの大きな屋敷の早乙女さん。そこの娘さんを追い掛けていたらここまで来ちゃって。しかもゆっくりしていけと、早乙女さんたちに引き留められているんです」
「へえ。それ、どういう状況?」
文人の説明に、一切解らんという鴨田はめちゃくちゃ普通の人だった。よかった。この村に来て初めて現代的かつ常識的な人と出会った。ということで、かくかくしかじかだと説明する。
「ふうん。ま、俺もこの村に関してはよく解んないからねえ。俺もわりと田舎出身だけど、ここまで山に囲まれた田舎じゃなかったよ。ま、雪深い地域ではあるけど」
鴨田はまた解らんルールが出て来たなと頭を掻いた。
「あ、やっぱ、因習が多くあるんですか?」
文人がそう訊くと、そうなんだよ、聞いてくれよと鴨田は駐在所の中に招いてくれた。手前はどこにでもある警察署だが、奥は鴨田が生活するエリアなのだという。その奥から、鴨田は冷えた麦茶のペットボトルを二つ持ってきて、一つを文人にくれる。
「しばらくいるんだったら、俺の話し相手になってよ。もう、変になりそうだよ。僻地手当につられて来たけど、こんな変な村だったとは。事前に解っていれば来なかったのに。もう、毎日のようにネットに逃げる日々だね。こんな村じゃあ、事件なんてないし。とはいえ、君みたいに外からやって来る人がいるから、一応は警官がいるんだけどね」
鴨田もようやく常識の通じる人が現れたと思っているようで、一気に愚痴をまき散らした。そして、冷えた麦茶をぐびぐびと飲む。
「まあ、そうなりそうですね」
「ああ。一応は三年で交代なんだけどね。次の人が来てくれるかなあ。みんな嫌がるだろうなあ。俺も前の警官が定年で、どうしてもっていうので来たからねえ」
定年までは嫌だなあと、鴨田は頭を掻く。どうやら癖のようだ。
「ネットの地図にもないですもんね」
「まあね。でもあれって、車で走り回ってデータを取ってるんでしょ。ここは無理だね。車は途中までしか入れないんだ」
「ま、マジっすか」
そんなに田舎なんだと、転げてやって来た文人は仰け反ってしまう。
「いや、俺も初めて来た時はびっくりの連続だったね。本当に。ここって明治くらいから時間が止まってるって感じだろ?常識が違うんだ。君も、あの早乙女さんにお世話になるんだったら、ここは別次元と思い込むことだね」
「はあ」
それは、すでに何となく実感していると、文人は曖昧に頷いた。というか、村の駐在さんがそう思っちゃうレベルなんだ。大変すぎるだろというのが正直なところである。
「それで、繭さん。彼女のせいでここに来たんだって?」
「ええ。それも禍がどうとか」
「へえ。禍って何だろう。天変地異とか」
「いや、どうでしょう」
それはこっちが聞きたいことなんですよと、文人はより曖昧に答えるしかない。なぜだ、なぜ誰も理解できない状況なんだ。
「あの、早乙女さんのところって、女子高生もいますよね?」
それよりもと、文人は助けてくれそうなあの少女を思い出して訊ねる。
「ああ、いるいる。たしか毬さんだろ?あそこの一族、みんな名前が漢字一文字なんだ」
「へえ。そう言えば、お兄さんは焔さん」
「そうそう。めっさ怖い感じの綺麗な人ね。モデルでもやってるのかと思ったら、青年実業家ってやつらしいよ。株とかで儲けてるんだって」
「へえ」
そんな個人情報を警察が喋っていいのかと思いつつ、ここは別次元カウントだからいいかと思い直す。
「あの、早乙女一族以外にもここには住んでいる人がいるんですよね。日向君って子に会いましたし」
こうなったら鴨田から聞き出せるだけ聞き出そう。そう思って質問してみると、ああ、あの子ねと頷いてくれた。
「あの子って、性別はどっちなんですか?」
「さあ。俺も確認してねえなあ。でも、今ってそういうの、あれこれ認めろって流れだし、何もないのに聞き出すのはセクハラだからねえ。俺も曖昧にしておくべきかなって思ってるんだよ」
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