闇の残火―近江に潜む闇―

渋川宙

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第4話 謎の村

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 我が主人。その言い方に、文人はきょとんとしてしまう。あまりに時代錯誤な言い方だというのに、日向の態度からか、そういう人がいてもおかしくないなと思ってしまうから怖い。
「導いた少女というのは、ひょっとして高校生ですか?」
「いえ。中学生くらいだと」
「ふむ。では、繭様でしょうな。これは不思議なことですが、よいでしょう。あの方も本家の自覚が出たということで」
「――」
 色々と疑問が湧き出てくるが、本家。そしてこの現代から取り残されたような村。それらを総合的に考えると、ここは昔ながらのしがらみが息づく場所ということか。
 今でも地方の、それも親族がメインのような村や町では、まるで横溝正史の世界かとツッコみたくなることが罷り通っていたりする。それは文人の大好きな高田崇史だって扱っていたりするのだが、しかし、現実にそのような場所に巡り会おうとは。
「では、参られよ。日向、貴様はさっさと家に帰れ」
「はい」
 あまりに日向に冷たい態度にびっくりしてしまうが、こういう因習たっぷりの村で他人の、しかも数分前に出会ったばかりの自分が何か言えることはない。文人はこっそりありがとうと言うに止めた。取り敢えず、あこれこ教えてもらって帰り道を聞かなければ。
 一方、日向は文人の礼ににこっと笑って、男性のことは気にしていないという態度だった。つまりは、日常茶飯事なのだろう。何だかそれに胸が締め付けられる文人だが、男性に従って歩き出した。
 村の中はまさしく昔ながらの田舎の村だった。田んぼがあって、かなり距離を開けて民家が建っていて、という感じ。電線があることから、こんな山の中でもちゃんと電気が通っているのだと解る。こそっとスマホを確認すると、電波も来ていた。
 つまりは、山の中にある小さな村に、知らないうちに迷い込んでいたというわけだ。しかし、色々と引っ掛かるところがあるのだが。
「あの」
「何でしょう?」
 付いて来いと言われて歩いているわけだが、色々と解らない。そこで質問しようとしたのだが、名を知らないおじさんが怖い。
「あの、どこへ?それに、おじさんは?」
 しかし、勇気を振り絞って訊ねると、そうだったと男性は頷く。
「私は杉岡伸郎と申します。ここを束ねる早乙女家の使用人をしております」
「さ、早乙女家」
「左様。ここは昔は早乙女家の所領でした。明治を過ぎ、ここは滋賀県の一部となりましたがね、それでも、ここは早乙女が治める土地なのです」
「――」
 よ、予想に違わぬ因習たっぷりだ。文人は若干引きつつも、これは想像の世界でしか知らなかったしがらみを知るいい機会だと思い直す。
 というのも、文人は都会っ子だ。そもそも田舎というものを知らない。だから、小説で読むような閉鎖的な村というのが、本当にあるのかと疑っていたほどだ。
 それがどうだ。今、ここの村は早乙女という一族に支配された土地だという。もう、ぞくぞくしてしまう。今ここで高田崇史の本を読み返したいくらいだ。QEDシーリズではなくカンナシリーズかな。もしくは、横溝正史の『八つ墓村』や『犬神家の一族』でもいい。ともかく、不謹慎にも胸が高鳴る。
「その、早乙女さんのところのお嬢さんが」
「ええ。あなたをお招きしたのだと思います。この村の標の一つが、紀貫之公の墓です。あの方も、なかなかに不思議な方ですからな」
 不思議。まあ、『土佐日記』を読む限りには不思議だけどと、文人は首を傾げる。なんせまあ、あの本だけでも色々と深読みが出来てしまう。それにだ。どうして彼は土佐守になったのか。さらにはさほど身分が高くなかったのに歌の選者に選ばれているのはなぜか。あれこれと疑問が湧き起こる人物でもある。
 そうしているうちに、村で一番大きな家へと到着した。奥まった場所にでーんと構えられたその家は、さながら武家屋敷だった。大きい。
「さすがという感じですね」
 ここを治めるということは、一大地主だったのだろう。となれば、家がこれだけ大きいのも納得か。
「それほどでもありません。どうぞ」
 しかし、杉岡はもっと凄かったのだとばかりに首を振り、文人を正面玄関へと案内した。門だけでも凄い。江戸時代から変わらずにあるのだろう。そう思わせられる。
「あら」
 そして、門を潜って庭を進んでいると、一人の和服姿の女性が向こうからやって来た。その顔は、あの二人の少女にどことなく似ている。ということは、母親か。
「雪様。どちらへお出かけですか?」
 杉岡は恭しく腰を曲げるとそう訊ねた。
「ええ。お買い物にね。そちらの方は」
「はっ。繭様に導かれ、この村にやって来た客人です」
「まあ」
 そんな会話を、文人は目を丸くして聞いた。もはや時代劇じゃないか。そんなレベルだ。戦後もう七十年以上の時間が流れているというのに、完全にその時間軸から取り残されている。
「それはそれは。繭はお転婆の盛りで困ってるのよ。たぶん、珍しかったのね」
「――」
 お、俺は珍獣ですか。そんなツッコミが出かかったが、何とか飲み込んだ。いやいや、珍しくないでしょう。一般的な大学生ですけど。
「でしたら、ごちそうを買って来ねばなりませんね」
「い、いえ、そんな」
「いいのよ。えっとお名前は」
「あ、古関文人です」
 そういえば名乗ってなかったと、慌ててぺこりと頭を下げた。
「私は早乙女雪と申します。いいのよ、ゆっくりなさって。せめて今晩はお泊まりになって。ここを出るには、色々と慣れていないと難しいのよ」
「――」
 な、なんか今、怖いことを言わなかったか。文人は恐怖を感じたが、しかし、繭という少女は出入りしている。それにあのそっくりな女の子だって、そうだろう。ここから大津市の高校に通っているはずだ。
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